リーダーシップ開発で大切なのは「経験から学ぶ」こと
前述のように、求められるリーダーシップの力点は時代によって変わる。またリーダーの置かれたポジションや期待される役割によっても一様ではない。例えば、同じ会社の役員でも、生産担当と企画担当の役員で求められるリーダーシップが異なっていても不思議はない。また、同じ生産担当であっも、歴代の役員をその時期の事業環境と対比させながら比較すれば、生産拠点立ち上げの時期と安定稼働の時期、あるいは他社も含めた統廃合を推進する時期などの局面ごとに、異なるリーダーシップが求められていたというケースもあるだろう。求められるリーダーシップは、リーダーのポジションや、組織がその局面でとるべき戦略によって変わる。
一方、リーダーが成長していく過程には共通点もある。リーダーシップ開発論の第一人者といわれる米国の経営学者ウォーレン・ベニスは、ビジネス分野だけでなく、作家、科学者、政治家など、多方面で活躍しているリーダーを対象としたインタビューを通じ、彼らの人間形成の過程を丹念に調査したところ、リーダーとして成功した人に共通して見られる要素が二つあったという。一つは、人間形成の過程において、それまでの行動や考え方を一変させるような決定的な出来事、困難な経験をしていること。もう一つは、自らの経験から謙虚に学び、より高い次元に自身を成長させようとする高い学習意欲があることだ。状況を認識しチャンスと見ればつかみ取る能力、あるいは変化や敗北をものともせずに生きていく「適応力」といってもよい。
その一方で、IQや家庭の裕福さ、学歴、民族、人種、性別等の個人的な因子がリーダーとしての成功を決定づけることは稀だった。ベニスは、困難な経験から学び、自己成長に繋げていく「適応力」こそがリーダーには必須であり、「人間はリーダーに生まれつくのではなく、リーダーになるのだ」と結論づけている。
「経験から学ぶ」というのは、リーダーシップ開発のキーコンセプトだ。そこで求められるのは、試練を乗り越える過程で失敗したとしても、リーダーとして不適格と判断するのではなく、成長のための学習機会と捉えよう、という発想だ。『ハイ・フライヤー』(プレジデント社) の著者である米国の経営学者モーガン・マッコールが提唱したのは、冒頭に見た「適者生存」ではなく、「適者開発」のスタンスでリーダーシップ開発を考えることだった。すなわち、リーダーに必要な特性は経験から学ぶことで後天的に獲得できるものであり、企業が人材開発を推進する上でするべきことは、そうした経験の機会の付与と経験から学ぶ力を高めることだとしている
【図表2】リーダーシップ開発の見解の対比
資料出所:モーガン・マッコール『ハイ・フライヤー』(プレジデント社)
日本企業におけるリーダーシップ開発の課題
冒頭に紹介したデロイトの調査には、グローバルでの集計とは別に日本における集計結果もある。「次世代のリーダーシップ」が最上位の課題となっているのは、グローバルの傾向と同じだが、興味深いのは、「自社の人事およびタレントに関するプログラムの現状」の評価が、グローバルに比べ日本は著しく低いことだ。自社のプログラムが、少なくとも一部では「世界一流」のレベルにあると考えている日本のエグゼクティブは、わずか4.5%しかいない。過半数(67%) の日本企業では、自社の人事プログラムには大幅な改善が必要であるとしている。
【図表3】自社のリーダー育成の取り組みはうまくいっているか?
資料出所:デロイトトーマツコンサルティング「グローバルヒューマンキャピタルトレンド2013」
では日本企業におけるリーダーシップ開発には、どんな課題があるのだろうか。リーダー育成でのアプローチ対象は大別して、スキル面での能力向上とマインド面での意識覚醒がある。この両者が伴ってこそ、ビジネスの現場で適切なリーダー行動を実践できるようになると考えられる。それぞれについて、経営大学院および企業研修など、数多くのリーダー人材との接点で筆者の感じる課題を述べてみたい。
■スキル面での分析能力向上
まずスキル面については、この20年の間に多くの企業で社内MBA研修が導入され、ビジネス分析に有用なフレームワークの名前を知っている人は珍しくなくなった。ただし、実践的な活用度合いでは、かなりの濃淡があるのが現実だろう。欧米企業のマネジャーたちの多くが、若くしてMBAで学び、仕事での実践を積んだ後、さらにエグゼクティブ・プログラムに参加するのが当たり前になっているのに比べると、日本では経営スキルを体系的に学ぶ機会が圧倒的に少ない。「もっと若いうちから必須事項として習得しておいてほしかった」と思うことが少なくないのが、筆者の実感値だ。
■マインド面での精神的成長
他方、マインド面については、いまだ模索段階ではないだろうか。先進的な企業の中には、スキル面でのインプット機会は充実したので、さらにその次のチャレンジに手応えを得ているところもあるが、多くはその手前で試行錯誤しながら悩んでいるところだろう。合理的に成功確率を上げるスキルのインプットでは、MBAカリキュラムのように、お手本となる標準的なコンテンツがあるのに対し、マインド面の刺激を、いかに実践に繋げるかは、自社文脈に合わせ独自に考える必要があるからだ。自社の組織的制約や対象となるリーダー予備軍の気質や特性も考慮しなければならない。
一方で、日本人の気質に大きな課題を見いだす見方もある。長年GEでHRの要職を歴任していた現LIXILグループ執行役副社長の八木洋介氏は、海外のリーダー人材との比較において、日本人リーダーには個の強さが圧倒的に不足していることを問題視している。ハイパフォーマンスな人材はたくさんいるが、その多くは与えられた課題に対処する“フォロワー” の域を出ず、さらに業績を伸ばしていっても、あるいは高度なリーダーシップ教育を受けたとしても、残念ながらリーダーに育ってはいかない。何の不自由もない環境で育ってきた現代の日本人にはハングリー精神が欠如しており、「自分は何としてでもこうしたい」という強烈な願望、こだわり、それらに根差した個人の「軸」を持てていないからだという。そこで、リーダーシップ開発の第一歩として“Lead the Self(自分自身の成長を推進するエンジンを持つこと)”がまず必要となる。
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。