プロ野球ファンは、この10年間で16%、約1000万人が減少したという。そんな厳しい環境下で、球団売上げを2004年と比べて約3倍に成長させたのが、千葉ロッテマリーンズ。12球団で下から2番目にファン数が少ないと言われる千葉ロッテは、どのようにして経営改革を成し遂げたのか。
連載「スポーツで学ぶMBA講座」の番外編として5月27日に開催された、Number Web×グロービス特別公開セミナー「『千葉ロッテマリーンズの挑戦』~顧客満足度を高めるマーケティング戦略~」。ゲストの千葉ロッテマリーンズ事業本部企画部・部長代理の原田卓也氏によるチーム経営状態の改善への取り組みを2回にわたってお届けしてきた。このプレゼンテーションを受けて、後半は「スポーツで学ぶMBA講座」の著者である葛山智子氏と原田氏の対談、そして参加者との質疑応答へと展開していった。
葛山 今回のお話をうかがって強い印象を受けたのは、ファンというものがあってこそという考え方です。私が見に行った際には5、6人の大学生くらいの女の子たちが観戦に来ているなど、川崎時代に比べると球場の雰囲気の良さ、明るさを感じます。
原田 僕は'05年入社なので古株の社員に聞くと、川崎時代は人がいない中で酔っ払ったオジさんがヤジを飛ばすという……ある意味、昔のパ・リーグの特権と言うか違うエンターテイメントだったわけです(苦笑)。ただ、新フランチャイズに移ったことでチーム自体にも変化の必要があったのです。その明るい球場の雰囲気やお客さんの数の増加は有藤(通世)さんをはじめとしたOBからも凄くうれしいと言われています。
どんなに強いチームでも10回に4回は負ける
葛山 昔のイメージから変わった中で、球場に通っているファン層はどんなタイプが多いのでしょう?
原田 20~30代のカップル、もしくは夫婦が子供と一緒に来ているのが多いですね。ロッテの応援は他にはないスタイルで、若いファンにとっては馴染みやすいものでした。友達に対して「面白い応援だから一緒に行こうよ」と言いやすくなりますよね。また、4、5歳の子供がその応援を真似てピョンピョンはねている姿をよく見かけます。そのような流れを見ると良いスパイラルに入っているのだと思います。
葛山 確かに、キッズを意識したイベントも多くありますね。
原田 土日のデーゲームは子供たちが来やすいということで、必ず試合後にグラウンドに出てもらうイベントをやります。そこでベースランニングやキャッチボールなど、親子で楽しんでもらいます。このグラウンドを使った企画は、球団にとってもコストがかからないのです。
上記のキッズベースランニングだけではなく、他球団とは一味違うファン層を作り上げた中で、様々なイベント企画を仕掛けている。試合以外の所に力点をいれるのは、球団経営の考え方に変化があるからだ。その変化のポイントについて葛山氏は、「プロ野球『地域密着』型経営の秘訣。顧客満足に必要な前提条件とは?」で書いたような顧客満足に必要なターゲットとコンセプトの決定方法にあるのではないかと注目する。
葛山 (千葉ロッテは)来場していただいたお客様に対して、球場でどのような貴重な体験をしてもらおうか? という点を重要視して、スポーツビジネスにおけるサービスのコンセプトを変えてきたのかな、と感じました。やはりその変化は従業員の立場として意識しているのでしょうか。
原田 もちろんチームの勝敗は最重要なのですけれど、野球ではどんな強いチームでも10回試合したら4回は負けてしまうものです。お客様が運悪く負け試合に当たってしまったとしても、例えば美味しいものが食べられた、ファンサービスが面白い、スタッフ対応が素晴らしかったなどチームの要素以外の部分で私たちが頑張って、気持ち良く帰れて「また来よう」という気持ちにさせることが重要なんですね。
葛山 ちなみにそのファンサービスなのですが、これは“効く!”といったものはあったりするんでしょうか?
受け入れられるファンサービスとは何か?
原田 ファンに受け入れられるものって“スポンサー臭”がしないものなんですよね。先ほどのプロポーズナイターがそうなんですが、これから結婚する2人がすごく楽しそうで、観衆も共感する。そしてプロポーズの際には結婚指輪が必要なので、(ブライダルリング専門店の)アイプリモさんがスポンサーでもまったく唐突感がないわけです。球団やスポンサーからの一方通行ではなく、集まる仲間の中でどんな波及効果が生まれるかが大事かと思います。
これらのイベントでファンを楽しませながら、購買行動につなげていく。その重要なファクターになるのがCRMというわけだが、葛山氏は「熱心なファンは新しいファンを育てる!? 顧客同士が満足度を高めあう好循環。」で触れた、「顧客にいかにロイヤルカスタマーへの階段を上ってもらうか」という視点から質問を投げかけた。
葛山 CRMを導入して、ロッテはプラチナ、ゴールド会員と自分たちで上り詰めるロイヤリティのシステムがあります。「2:8の法則(パレートの法則)」というものがあるのですが、千葉ロッテの会員の中でも上位20%の方が売り上げの80%を占めているのでしょうか?
原田 それはデータではっきりと出ています。常に来てくれるプラチナ、ゴールド会員はチケットを複数枚買って友人を球場に連れてきてくれて、自らアフィリエイト役となってくれています。私は、口コミは一番強いマーケティングツールと考えているので、このお客様の存在は大きなものです。
マリナーズまで調査に行ったCRMの導入
千葉ロッテの経営を支えるCRM。しかし実際にCRMのシステムを導入した企業のビジネスマンからは、「リピート率を増やして売り上げを高めたいのだが、導入したツールを生かし切れていない」という悩みの声も聞かれた。それに対して原田氏はデータの設定の重要性を指摘して、話は発展していく。
原田 例えば野球で言うと購入データだけではなく、当日の先発投手や相手、天気などのパラメータをインプットしています。そのデータを“どう分析するか”という部分が重要なのではないでしょうか。
葛山 その分析において、参考にしたものはあったのですか?
原田 実は'05年にシアトル・マリナーズがCRMを使用しているという情報があったので、実際に聞きに行きました。しかしマリナーズの場合はファンクラブ組織がなく、シーズンチケット購入者を対象としたもので、ロッテの場合と少し違ったわけです。最終的に参考にしたのは、世界中でCRMが有名なのは航空会社なので、全日空さんに話を聞いたりしていました。先行事例がなかったので、非常に苦労しましたね。
葛山 そのCRMの膨大なデータベースをどのように生かしているのでしょうか?
原田 プロスポーツのCRMの場合、シーズン中の約6カ月で売り上げを回収しなければならないので、活躍する選手やチームの成績は変化します。いかに効率的にアプローチをするかが重要です。その意味ではピンポイントでマーケティングする必要性を感じますね。
サッカーとプロ野球のビジネス的な違いとは?
2人の対談に続いて行なわれた、参加者からの質疑応答も熱を帯びた。まず、人気が下落気味と言われる野球に対して、何かと比較されるのがサッカーである。「プロ野球はJリーグのようにもっとチームが増えていく方がいいのか。それとも少ないほうがいいのか」という質問に対する原田氏の回答は明確だ。
原田 実はJリーグとプロ野球だと、根本的にビジネスモデルが違います。Jリーグはひと月に行うホームゲームは約2、3試合です。それに対してプロ野球は主催試合を約15、16試合こなさなければいけません。またJリーグは基本的にフランチャイズの概念が都市ごとなので、規模が小さくてもビジネスとして成立できる要素は持っているのですが、プロ野球の場合は都道府県、もしくは東北や九州地方など大きな捉え方になります。もしプロ野球が球団を増やすと球団ごとのビジネスの規模が小さくなるため、単純な比較はできないのです。
年間50試合ほど足を運ぶという熱烈なファンからは、「'08年をピークに、本拠地の観客動員が下がっています。違うアプローチも必要なのではないでしょうか?」という提言が出た。原田氏はその現状を認めながらも、大事なのは“対応力”だと力説する。
原田 爆発的に観客動員を増やすためには、フランチャイズの移転、新球場の設立、そして優勝の3つしかありませんし、大抵はプラスマイナス5%の中で推移していきます。その数値の中でいかにとどめながらビジネスをしていくかが、継続的な球団経営に繋がるのだと考えています。急に観客数が増加する“魔法”はないので、ファンの数を少しでも増やしていく、中長期的な観点で経営するのがベターなのかなと思います。
日本のスポーツビジネスは“Dream job”になれるか?
プロスポーツビジネスやファンサービスの現状については、こんな質問が飛んだ。
「アメリカではスポーツ業界で働くことを“Dream job”と呼びますが、日本の場合だと大学生のアルバイト等を使わざるを得ないことが多く、サービス面で満足ができない対応が多いかと思います。その雇用に対して今後どうしていくべきなのでしょうか?」
原田氏は米国との比較は難しいと前置きしながら、将来への展望を語る。
原田 米国の場合、大学スポーツが日本のプロ野球くらいのボリュームを持つビジネスとなっています。そのため、大学のスポーツビジネスを経験してからプロスポーツを目指すキャリアステップのプランが明確にあるのです。一方で日本の場合はプロ野球、Jリーグともになかなか人を雇えないという現状です。「その状況でもいいから働きたい」という人たちの雇用をいかに創出していくかが大事です。あとはNPB全体で考えるのならば、そのようなやる気のある人材を共通化していくことができるか、というのがポイントなのかなと思います。
プロ野球球団の経営は難しいながらも、原田さんをはじめとした球団職員にはチームを支えている充実感がある。そこには、一般的なビジネスにも共通するポイントがある。
ファンからの「ありがとう!」が従業員の満足度に
球団経営は前述したCRMだけで成り立っているわけではない。試合以外で球場に訪れた人の心を掴む大きな要素は、従業員のサービスである。「強いチーム? やる気のある従業員? スタジアムを満杯にするのは誰か。」で触れたように、従業員がより良いサービスをするためには、その人たちのモチベーションを高く保つ必要性がある。
葛山 ジェームス・ヘスケット氏が「エンプロイー・サティスファクション(ES)」という観点で分析しているのですが、顧客満足度を上げるためには、サービスやモノを作る従業員の満足度をいかに上げるのかも非常に大きな要素です。従業員の満足度が高いと、自分の受け持っている業務以上のことをこなしてくれるケースが実際にあります。離職率が低くはないこの業界で、原田さんがやりがいを感じる原動力とはどこにあるのでしょうか?
原田 例えばプロ野球はメディアで扱われる機会が多く、自分が勤める会社名が「千葉ロッテが勝った」などと毎日報道されるのは、他の企業ではそうそうないことだと思います。逆にもし変なことをすればメディアから叩かれ、ファンからもお叱りの声を受けるなど、熱い感情がダイレクトに来ます。その意味では非常に刺激的で、成功、失敗ともにやりがいを感じるのだと思います。
葛山 今の話を聞いて面白いなと感じたのは、企業・顧客・従業員の3つがいかに良い関係を築くかという「サービストライアングル」に通じているからです。それは従業員の立場として、自分たちの企業が報道されることで誇りが持てる、そして顧客であるファンから直接「ありがとう!」と言われることで満足度を高められる。それが好循環を生み出すのです。
“やりがい”を持って球団改革に取り組む原田氏。講演の最後には千葉ロッテでの今後について、力強く語った。
「プロ野球を一つのビジネスとして、勝った負けたを超えた部分で成功させたいです。それがプロスポーツ事業に関わるものとしてのミッションだと思います」
'05年の入社から二度の日本一を経験した原田氏は、今季三度目の美酒を味わいたいと笑顔で話した。それは、チームを愛する1人のファンとしての本心だったのだろう。