人の考え方・動き方を変えようとするとき、人事制度や教育などに手を打つことが多い。例えば、顧客ニーズの変化を捉えた新製品を増やすことが戦略上の課題だとしよう。極めてよく目にするのが、「開発担当者の能力アップ」「組織再編」といった「人、組織」の議論にいきなり飛んでしまうことだ。
しかし、本来まず考えるべきなのは、以下のような具体的な活動方法である。
● 顧客接点での営業やマーケティング活動において、どのように顧客のニーズや購買決定要因などの価値ある情報を収集するか
● 集めた情報をどのように解釈し、開発者にどのような形で伝達するか
● 製品開発プロセスに、その情報をどのように生かしていくか
ここを考えるのが、「経営の全体像」の中の(5)価値を生み出す活動の仕組みだ。
価値を生み出すために、「どのような活動を」「誰が」「どのように」行うか?
ここでは、顧客に合った提供価値を生み出すために、企業がどのような活動をどのように行うのかを考える。
製品・サービスを生み出す企画・研究・開発をどのように進めるのか[創る]、そして実際にその価値を生み出す活動(生産活動)をどのように行うのか[造る]、そしてその価値をどのように顧客に提供していくのか[売る]この「創り、造り、売る」という活動が、それぞれ、また全体としてどのように行われるのかを見ていく。
これらを具体的に考えることは意外に難しい。日々普通に行っていることなので、あらためて意識して考えることが少ないからだ。一つの企業に長く属していると、そのやり方が自社特有のものなのかどうか、そしてあるべき活動になっているのか分からなくなってくる。さらに、各部門、機能の中で判断、活動することに注力していると、生産管理や販売といった専門分野には詳しいが、「顧客に価値を提供する、企業全体の活動の連鎖」を捉える視点が持ちづらいのだ。
しかし、たとえ経験がない活動分野でも、「成果(アウトプット)」「プロセス」「投入資源(インプット)」という3つの視点、順番で考えることでかなりのことが分かる。経験による思い込みがない分だけ、あるべき姿を考えやすい面もあるくらいだ。ここでは、(1)活動によって生み出される成果の量、質、スピードはどうなっているのか、(2)その成果を生み出すまでの、手順、工程、意思決定の流れは効率的に適切なアウトプットにつながっているか、そして(3)プロセスを進めるための人、モノ、カネ、情報といった経営資源はどうあるべきかという流れで考えていく。
価値を生み出す活動の仕組み
例えば、これまで製品機能の核となる技術の進化が続き、最先端の技術を製品に取り入れ、機能の充実や性能向上を実現する製品設計が求められていたとしよう。技術進化が行き着いてしまい、製品機能もほぼ網羅され、性能、品質面で顧客がおおむね満足するレベルになると、開発部門が出すべきアウトプットも変わってくる。
この段階では、機能や性能の充実より「低価格を実現するための低コスト生産に適した設計をスピーディーに行うこと」が求められる。すると成果を生み出す開発業務のプロセスも、技術研究の結果から出発し、それを製品に反映する流れではなく、調達生産の都合や制約条件を出発点に行うものに変わる。そうなると、研究者に求められる資質も、技術的な知見の深さよりも、さまざまな制約条件の中で最適解を導き出す能力に変わるだろう。アウトプットが変わればプロセスが変わり、そしてインプットも変わるのだ。
プロセスを考えるためのさまざまな視点
プロセスを考える際に注目すべきなのは、「情報の流れと意思決定方法」だ。例えば製品・サービスの企画、開発で、市場・顧客のニーズに関する情報がどのように集められ、どのように開発チームに伝わるのか。一方で社内の技術やノウハウがどのように共有、利用され、それらがどのように具体的な製品・サービスに結実していくのか。情報の収集、共有と検討、意思決定のプロセスを丁寧に紐解いていく必要がある。
そして、活動の効果、効率を考える際、「活動に係るコストの裏にある経済性の原理」を考えるとよい。例えば以下のようなものだ。
● 規模の経済性:売り上げや生産量、処理量の増加に伴い固定費が分散され、単位当たりコストが下がる
● 経験曲線:習熟により生産性や歩留まりを上げる
● 密度の経済性:さまざまな活動を近い場所で行うことで、ヒト・モノのやり取りの効率を高める
● 範囲の経済性:情報を多重利用することでやり取りの効率を高める
● 調整コスト・取引コスト:分業に伴う調整や、交渉に係るコスト
こうした原理を意識しながら、どこにどのようなコストが存在し、何かの変数が変化すると、それに伴い、どのコストが変動するのか(変動しないのか)、そしてそれに影響を与える要因は何なのかを具体的に見極めていく。
こうした「活動の効果と効率を高めること」と同時に、「全体の活動をどのように統合するか」を考える必要がある。具体的には、以下のことが論点となる。
● 顧客のニーズと技術・ノウハウ等のシーズを結び付けていくために、それぞれの活動(機能)間で情報の共有と意思決定をいかに早く、的確、効率的に行うか
● 各種の活動によって生まれた価値を、各活動・工程間でいかに正確、迅速に受け渡ししていくか
● 限られた資源を、どこにどのように配分するか、それをどうやって決定するか
「コア活動」は何か
さらに、企業全体を俯瞰した時に考えるべき重要な問いがある。それは、「コア活動は何か?」という点だ。これには「バリューチェーン全体でのコア活動」という階層と、「自社の中でのコア活動」という2つのレベルがあり、これは相互に深く関連している。
どんなに優れた経営を行う企業でも、属する業界が最終製品・サービスに付加できる価値割合が小さければ、大きな売り上げ、利益を獲得することは難しい。逆に最終製品の価値において核となる価値を生み出している部分(バリューチェーン全体でのコア活動)を押さえていれば、大きな収益を得るとともに、バリューチェーン全体をコントロールすることができる。
一方、企業の内部を見てみると、自社が行う開発、生産、販売、管理などの活動の中で、顧客に提供する価値に対し大きな影響を及ぼし、他社に対して優れた価値を生み出せる、もしくは他社よりも効率的に、高いコスト競争力を実現できる活動がある。これが自社の中でのコア活動だ。これに対し、生み出す価値自体の違いには直接つながらないが、企業を運営する上で必要な「ノンコア活動」も存在する。
コア活動は他社・他業界よりも高い価値が効果的に実現するための方法、技術、知識、ノウハウを明確に意識し、十分な資源投入、投資を行うことで強みを維持強化することが必要だ。一方、ノンコア活動では、いかに効率を高め、コストを削減するかがテーマとなる。この区分を正確・明確にせず、一律に資源投入を絞ってしまうと、コア活動の持つ強みを毀損してしまったり、コアでない活動にエネルギー・コストをかけ続けてしまうことが多いので注意が必要だ。
さらに、自社の活動の範囲自体を変えることもある。開発、製造、販売すべて自社内で行っている状態を見直し、開発と販売マーケティングというコア活動に絞り込み、製造を外部に委託するファブレス(工場を所有せずに製造業としての活動を行うこと)化やアウトソーシングを進めることなどがその代表例だ。
逆に、金属精錬会社が“川上”である鉱山開発事業に進出したり、部品製造企業が“川下”のシステムモジュール生産まで行うといった事業領域の拡張もある。この“Make or Buy(内製か外注か)”の意思決定は、企業全体の活動だけでなく、ある部品を自社で内製するか、外部調達するかといった議論の中にも頻繁に現れる。
コア活動の変化を俯瞰し備える
原理的には、「バリューチェーン全体の中でのコア活動」を「自社のコア活動」と位置付けて資源を投入し、技術・ノウハウの蓄積や習熟による効率性の向上、ノウハウや規模を生かした低コストを実現できると理想的だ。一方、ノンコアの活動は積極的に外部化を進め、能力、規模、コスト面で優位な外部の力を活用すべきだ。人材、資金等の投入(インプット)に対する効果(アウトプット)を最大化し、社会全体で見ても投下資本に対する収益性を最大化できる。
しかし実際はより複雑だ。顧客ニーズの変化や技術の変化、製品のライフサイクルによって「バリューチェーン全体の中でのコア活動」「自社におけるコア活動」が変化するからだ。さらに、コアでない活動の外部化は、そこに対する知識・ノウハウ、もしくは「バリューチェーン全体がどのように価値を生み出していくか」という「全体に係る知識」を失うことにもつながる。故に、バリューチェーン全体の長期的変化を俯瞰した上で、自社の強み、ノウハウを、どの活動において獲得、深化、進化させていくべきなのか、慎重に見極めていくことが必要だ。一般にコア活動の技術・ノウハウの蓄積には長い時間を要するため、変化に気づいてから慌てても間に合わなくなってしまう。
次回は、(6)資源・組織とマネジメントシステム、活動に必要な資源・能力をどのように獲得・構築・運用するか?について
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。