市場・顧客の選択(「どこで」「誰の」「どんなニーズに」応えるのか?)
経営戦略の大きな方向を決めるのは、「戦うフィールドの選択」だ(下図)。どの事業領域、市場で戦うのかによって、企業の長期的な収益性はかなりの部分で規定される。このため、この判断は極めて重要だ。
市場・顧客の選択
全体と部分を同時に見る
現在、自社が圧倒的に強い市場でも、今後市場自体が衰退縮小していくのであれば、競争は激化し、長期的には収益性が低下していく。しかし多くの企業は自社に馴染じみがあり、強みを持つ既存の市場、顧客層に固執しがちで、結果的に大きな成長、高い収益獲得機会を逃してしまう。特に、マネジメント層の日々の関心や、社内で意思決定に用いられている情報等が、自社の短期の売り上げ推移、既存の市場シェアなど自社視点に偏っている企業は要注意だ。
自社の目線、自社の現在の顧客だけでなく、大きく世の中全体の変化を捉え、外からの視点で市場の規模、成長性、収益性を俯瞰し、どこに魅力的な戦う場があるのか、常に目を配ることが重要だ。
さらに、市場について考える際に重要なのは、「全体と部分を同時に見る」ことだ。市場全体の規模や伸び率の合計値、平均値だけでなく、顧客のタイプ、製品種別(タイプやグレード)、地域、チャネルなど、いくつかの切り口で市場を分け、どこのボリュームが大きいのか、どこが成長しているのか、それぞれどのような特徴を持っているかを丁寧に見ていく。どのような企業のどのような製品・サービスが市場のどこで受け入れられているのかを比較していくと、市場の状況をより詳細に理解できる。
市場の大きな動きと特徴を把握したら、選択した市場の中で自社がターゲットとする顧客層を選択し、そこを徹底的に掘り下げ深く理解する。まず押さえるべきは、‶どこに、どれくらいの顧客がいるか"、つまり顧客の数と集中度だ。少数の大きな顧客を相手にするのか、多数の小さな顧客を相手にするかでビジネス特性は大きく異なり、顧客と自分たちとの力関係も決まってくるからだ。
そして、顧客理解の核心は顧客の「ニーズとウォンツ」の把握だ。顧客に提供される具体的な製品やサービスである「ウォンツ」と、顧客がそれにより得る便益である「ニーズ」を安易に混同、同一視しないよう注意が必要だ。よく用いられる例だが、顧客がドリルを買う際、ウォンツは「ドリル」という工具だが、ニーズ(求めている便益)は「簡単に、正確な穴が得られること」だ。しかしドリルを売っている企業は「自分たちが提供するのはドリルだ」と考え、その切れ味や耐久性の向上といった点にフォーカスしがちだ。「顧客が求めている穴」というニーズからの発想を持つことで、ドリルをどうするではなく、「顧客はどのような穴が欲しいのか」から考えることができる。それは開発の方向性をより的確にするとともに、ドリル以外で穴をあける道具、穴があいた素材自体を提供するなど「正確な穴を簡単にあける、得るというソリューション提供」への事業領域の拡張も可能になる。
産業財の場合は特に、「顧客の顧客」を認識し、彼らの製品・サービスにおける「顧客の製品・サービスの位置づけ」を考えるとよい。直接の顧客が提供する製品・サービスが、「顧客の顧客」の製品・サービスの価値を高め、他社との差別化に繋がるものであれば、顧客は機能・品質の実現、先進性などをアピールしそれに応えようとする。逆に「顧客の顧客」が価値を生み出す上で必要不可欠なものを提供していても、製品・サービスの違いに大きな影響を及ぼさないのであれば、直接の顧客はより安い価格や安定供給を主軸に置いた戦略を取る。この違いは、顧客がわれわれの業界の製品・サービスに求めるものに決定的な影響を与える。
これを理解した上で、一部の素材メーカーでは、「顧客の顧客」との共同開発を熱心に行い、その理解に基づき最終製品の機能や品質、コストを劇的に改善する独自素材の研究開発に力を入れている。そして「顧客の顧客」がその技術方式を採用するよう「顧客」に働き掛ける状況を作り、大きな売り上げ、高い収益を実現している。
「選ばれるための要因」は何かを考えていく
「ニーズとウォンツ」の把握と共に重要なのは、顧客の「購買決定要因」に対する広く深い理解だ。顧客が購買を決定する際に何を考慮しているのか、そして最終的に何を最も重視して判断するかを捕捉しなければならない。機能・品質・価格・安定供給など分かりやすい要因もあれば、「顧客のビジネスのやり方をよく知っており、さまざまな調整・すり合わせが容易にできること」といった目に見えにくい要因もある。
注意が必要なのは、「顧客が安い製品が欲しいと言っているから、価格が購買決定要因だ」などと安易に決めつけないことだ。また、「当社の製品は品質がよいから顧客が選ぶ」などと、自分たちが思っている自社の製品・サービスの強みをそのまま購買決定要因だと思いこまないことだ。考え得る可能性を洗い出した上で、「顧客の中で、検討の俎上(そじょう)に載せるための要因」は何か、そして「選ばれるための要因」は何かを考えていく。こうした視点で自社、競合、代替品がどのような顧客に、どのような場合に購買され、また購買されないのかを丁寧に見ていくと、かなりのことが分かってくるはずだ。例えば、「顧客の求めているのは高機能品では品質、低機能品では価格だ」と思っていても、顧客・製品別に自社と競合の勝ち負けを丁寧に見てみると、そんなに単純ではないことが分かる。実は品質や価格はすべてのレベルで競合間にほとんど差がなく、これらは考慮されるものの、購買決定要因ではない。その中で、高機能品に関しては、顧客は製品開発時の素早い試作品提供など対応の良さを重視し選んでいる。一方、低機能品では、顧客は価格以上に「需要変動時に安定的に供給してくれるかどうか」を重視しているといったことが見えてくるのだ。
「顧客におけるコスト」という発想も重要だ。外部からの製品・サービスの直接の調達コストだけではなく、顧客が自社の製品・サービスを生み出すのにかかる購買、開発、生産、販売等での手間や、他の資源の調達コストも含めたコスト全体を考える。
例えば、顧客が他の業界から希少・高価な材料を用いていたものを、自社の製品の採用によって、より安く入手が容易なものに切り替えることができ、コストが大幅に下げられる。当社のサービスによって開発や生産のプロセスを大きく変え、リードタイムを短縮できるなど顧客にとってのメリットがどれくらいあるかを考える。逆に、ある製造装置独自の操作法を作業員がいったん習熟すると、装置の機能性能が多少上がっても他の装置に乗り換えづらくなるといった「スイッチングコスト」も考慮に入れておくことが重要だ。
このように、「顧客(および顧客の産業)に対する具体的な、深い理解」がここでのポイントだ。それは顧客の要求や意見を聴くだけでは得られない。顧客の生活、顧客の事業自体を深く理解し、そこから真のニーズと購買決定要因を掴んでいく。直接の顧客と顧客の産業に対する深い理解そのものが、企業の持続的な競争優位性の大きな源泉であることを強く意識すべきだろう。
次回は、(4)顧客提供価値(「どのような価値を」「どのように」提供するのか?)について。
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。