戦略再構築を阻む、日本企業の組織特性と課題
同質性の高い組織メンバーのやる気を高め、知恵を下から創発し、コンセンサス重視で方向性を定めた上で、緊密な情報交換・調整によって効果的なアウトプットを効率的に生み出す
日本企業の組織運営、すなわち組織としての仕事の仕方、進め方の特徴を要約すると、このようになるだろう。かつて世界的に賞賛された「日本的経営」の姿だ。ここで、皆さんの所属する組織はどうか思い描いてみてほしい。現状はこの姿からどれくらい、どのように変わっているだろうか?私がさまざまな企業を訪問する中で感じるのは、外部環境の変化と、それに伴い必要とされるビジネスの在り方の変化に比べ、組織運営の基本的スタイルは驚くほど変わっていないということだ。グローバル展開が進み、日本人社員の比率が半数以下といった企業においても、こうした仕事の進め方が根強く残っていることが多い。
むろんこうした組織運営スタイル自体が「悪い」わけではない。問題はこのような働き方、組織の動き方が、必要とされる戦略的な変化に対し「不整合」を起こしてしまうことだ。同時に、本来うまく機能すれば高い成果につながるはずの組織運営スタイルが「劣化」してしまうことだ。結果、前述した「事業経済性の変革」「イノベーションの加速」「バリューチェーンの再構築」を進めていく上での大きな障壁になってしまうのだ。
日本企業の組織運営原理は、製品・サービス・業務プロセス等の斬新的、継続的な改善・洗練や、各顧客に合わせた細かな対応には適合性が高く、顧客ニーズや基本的技術方式等が長期安定的である場合は有効に機能する。取るべき戦略や望ましい仕事の進め方がある程度明らかになってきた上で、それを時間をかけて洗練、拡大、進化させることはとても得意といえる。海外で生まれた技術を粘り強く改良を重ね、洗練させ、品質の高い製品・サービスを生み出し、国内および先進国市場に提供し続けられればよかった1980年代前半あたりまでは、このスタイルはとてもよく機能したといえるだろう。
しかし顧客ニーズや技術のベースが大きく、早く変化し、競争のルールやビジネスの在り方も断層的に変化する時代、また新興国など多様な市場の多様なニーズに対して異なるタイプの製品・サービスを提供することが求められる状況では、かつてのスタイルが一転して弱みになってきた。結果、次のような課題をあちこちで目にするようになっている。
主要事業の大きな方向転換を進めようと思ったが、社内各部門の合意を取っている間に状況がますます悪化し、既にその方向転換自体が時代遅れになってしまった。海外生産を急速に拡大しようとしても、ベテランが持つ暗黙的な生産ノウハウが移転できず、達成すべき品質、歩留まりが達成できない。品質向上・機能追加を長年追求してきた開発部隊にとって、新興国で必要とされる機能・品質を絞り込んだ低価格製品の開発スタイルに移行できない。合併によって競争力を高めようとしても、それぞれ異なる「これが普通」という文化間の調整、すり合わせに膨大な時間を費やしてしまう。こうした課題を認識しつつも、なかなか解決に至らない事例が後を絶たない。
こうした「不整合」は、企業に所属する人の変化に対しても起きている。現在、労働市場の流動性の高まりから中途採用も増加傾向にある一方、契約・派遣社員、あるいは日本人以外の社員も増加している。また女性の長期勤続は当たり前になり、一方で親の介護などでさまざまな制約を抱えるミドルも増えている。このように多様なライフスタイル、ワークスタイルを持つメンバーをどのように動機づけ、マネージするのか試行錯誤を続けている企業も多いはずだ。
そんな中で、現場からは「残業を制限する必要がある一方で、若手にじっくり仕事のやり方を教える機会がなかなか作れず、若手の力が落ちている」「新入社員が2年ほどで4割辞めてしまった」「海外拠点で現地人リーダーを育てようと努力しているが、成長したと思ったら競合他社に転職してしまう」といった悲鳴が上がってくる。
これまでもいろいろと手を打っているものの、小手先の対応ではなかなか解決できない。「長期間、旧来からの慣性を打破する組織変革が必要人事部門の責任者、リーダーは何を理解し、どう考え、何をなすべきか?組織自体の複雑性の増大なかなか動かない、変わらない組織 不確定性の高い新しい取り組みを敬遠チャレンジ意欲の欠如、他人事意識 「場」の共有を通じた知識創造の困難化知識・ノウハウの創造・共有の不活性長時間働く社員」を前提とした働き方とそれに適合した諸制度を変えていくことが必要だが、長年そうした仕事の仕方をしてきた人・組織にとって、これを変えるのは一朝一夕にはいかない課題だ。
進む組織自体の「劣化」
ここまで述べてきた「不整合」の問題だけでなく、組織自体の「劣化」も進んでいる。市場の成長が止まり、売上げや企業規模が大きくならない状況に対し、多くの日本企業は、過去に大量採用した社員を管理職として処遇する必要から、多角化、縦の階層の追加、組織の細分化などで管理職ポストを増設するケースも多かった。その結果、生じたのは組織自体の複雑性の増大だ。効率的な協働と効果的な知識・価値創造を実現してきたはずの日本企業の多くが、いわゆる「なかなか動かない、変わらない組織」になってしまった。いわば自分が生み出した複雑性に自分自身が押しつぶされている状況だ。
かつては「よい製品・サービスを提供し、世の中に貢献して、成長する」といった、比較的大きな方向感の中で、それぞれが比較的大きな職務範囲の中で創意工夫し、事業機会を捉えていくことができた。しかし成長が止まり、ターゲット市場の選択、もしくは製品・サービスにはっきりした特徴を持たせる差別化が必要になってきた。
ここで重要なのは明確な方向付け、優先順位づけだが、トップからは相変わらず抽象的な方向性が示されるのみ。一方それに対応するミドルは、より専門化し、狭い範囲の機能を背負うようになり、調整するノリしろが少ない中で、戦略的意思決定につきもののさまざまな利益相反を超えられなくなっていく。結果、「何度会議を開いても決まらない」「間をとった中途半端な結論に落ち着く」といったことが増えていく。
かつては自主的に、縦横に行われ効果を発揮したインフォーマルな調整も機能しにくくなってき経営の未来をつくる戦略的HRマネジメントた。組織の規模拡大と細分化、ポスト・階層の増加等によって情報伝達・調整ルートが間延びし、インフォーマルな関係に依存した調整は、ときに複雑で分かりにくいものになり、意思決定のスピードを遅らせてしまう。過剰なコンセンサス志向は、本音と建前の調整に多くのエネルギーを浪費する状況を生み、「なかなか伝わらない、決まらない、どう決まっているのかが分からない」といった不透明な状況に陥っていく。
また、成長時、業績好調時には1度失敗しても挽回できたため、さまざまなチャレンジや失敗を通じた貴重な学習の機会があった。しかし低成長、業績停滞時には新しい、不確定性が高い取り組みは敬遠されるようになる。チーム評価も悪い方向に作用し、「やってもやらなくても同じ」となると、ますますリスクを取るチャレンジが減っていく。そんな中、前例踏襲、様子見の思考・行動特性が広がり、社内評論家や調整上手が幅を利かせるようになっていく。
かつては機能した「場」の共有を通じた知識創造も、業務の細分化、専門化によって難易度が高まっている。「互いに話が通じない」ことが増え、さらに労働時間の短縮の社会的要請、採用人員の絞り込み等も影響し、多くのミドルがプレイングマネジャー化する。結果として目の前の仕事や細々とした社内調整に時間を奪われ、新しいことを考えたり、じっくり人に教える機会や余裕がなくなっていく。そうした状況によって知識ノウハウの創造・共有が停滞してしまう。アクションラーニングの場で多くのミドルの悩みを聞くと、こうした状況はますます深刻化しているように感じる。
組織変革をリードする人事部門へ
我々が直面する事業環境の変化は不可逆的なものであり、そのスピードと規模はますます早く、大きくなってきている。日本企業の戦略の再構築は待ったなしの状態である。
多くの企業のトップがメッセージを発し、人事部門のさまざまな制度の導入・改定を繰り返しているが、人の意識、行動、そしてそれらを規定する組織文化や仕事のスタイルがなかなか変えられないままだ。組織は多くの要素が複雑に絡み合ったシステムであり、こうしたシステムは既存の在り方を維持強化していく傾向があるため、組織の変革は長い時間と大きな労力を伴う。
この慣性を破り、「失われた20年」から反転攻勢をかけるには、小手先の改革では不十分だ。環境の変化を踏まえた戦略的方向性に適合した組織の在り方を描き、そこと現状のギャップをどのように埋めていくのか、注意深いメカニズムの解析と大胆な行動が求められる。
一方で、グローバル化、人材の多様性の高まり、ビジネスのオープン化、情報環境の変化を「脅威」という側面だけで判断してはいけない。むしろ組織変革をドライブする機会ともなり得る。この「組織変革の時代」において、人事部門が果たすべき役割・責務は極めて大きく、同時にこれまでとは異なるものになるだろう。先進的な企業の人事部門では、既にそうした変化が始まっている。既存の「人事」の役割範囲、考え方、やり方にとらわれず、真に戦略の実現をサポートし、組織の変革をリードするために、人事部門の責任者、リーダーは何を理解し、どう考え、何をなすべきか。本連載がそれを考えるきっかけになれば幸いである。
次回からは企業の戦略を的確に理解し、それに合致した組織・人材の在り方を考えるために、必要な「経営の全体像理解」の方法を提示する。
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。