最近、通常120円~150円で売られている飲料製品を、80円~100円で売る激安自販機が増えているとのこと。メディアは、価格下落のトレンドに乗った激安自販機の将来は有望であるという論調で取り上げている*1。いきなり結論になるが、私はこのビジネスは期待通りには行かないと考えている。
一般に、値段を下げる戦略が有効であるためには、対象製品の価格弾力性が大きい(つまり、値段を下げれば下げた比率以上の割合で販売量が伸びる)ことが必要条件となる。では、飲料製品の価格弾力性はどうかといえば、しばしばスーパーの特売の目玉商品になることからも分かるように、弾力性が大きいタイプに属する。この点だけを考えれば、飲料製品の激安自販機はうまくいってもいいはずだ。
ところが、価格弾力性が大きいはずの飲料製品も、自販機で売られる場合には弾力性が小さくなるという現象が起きる。極端な例だが、あなたは富士登山をしており、ようやく8合目にたどりついた状況だとする。そこで、清涼飲料の自販機を見つけた(実際にあるかどうかは知らないが)が、通常1本120円のジュースが200円で売られていることに気づく。自販機を見て喉の渇きを感じたあなたは、通常より80円高いからといって買うのを控えるだろうか?躊躇せず200円のジュースを買うのではないだろうか。
自販機のKBF*2は、人々の「今、ここにある渇き」を潤すことである(実際には、自販機自体がメディアとして、その渇きを顕在化するというマッチポンプのような役割を果たすことも多い)。自販機の本質をクローズアップするために、「富士山の8合目」という極端なロケーション設定をしたが、あなたの自宅の前でも、工事現場の仮囲いの中でも、その本質は変わらない。自販機で飲料を買う人にとって、「飲みたい時に飲めること」が重要であって、「価格」の多寡は二の次である。その結果、価格弾力性は小さくなる。
このことは、機会コストの視点からも説明できる。たとえば、時給1000円で働くAさんは、家の前の自販機なら120円のジュースが、家から3分離れた激安自販機なら80円で買えるとする。Aさんが喉の渇きと引換えに40円を節約するための機会コストは100円*3となり、元は取れない*4。結果としてAさんは、犬の散歩などのついででもない限り、家の前の自販機で120円のジュースを購入することになる*5。だから、特殊な場合*6を除いて、激安自販機が定価販売の自販機の売上金額を越えるのは難しい。
価格弾力性は、「飲料製品は大きい」「高級ブランド品は小さい」などと、製品ごとにあらかじめ決まっている固定的な性質ではない。飲料製品であれば「スーパーでは大きいが自販機では小さい」というように、売られる環境によって変化する弾力性のある存在である。価格の弾力性について考えるときには、思考の弾力性も必要である。
*1 激安自販機が都内に急増(2009年4月6日、東京ウォーカー)
*2 Key Buying Factorの略。購買決定のカギとなる要因のこと
*3 Aさんにとって、1時間には1000円の価値がある。よって、往復6分の所要時間の価値=機会コストは1000/10=100円と算出できる。
*4 Aさんは、意識してこのような計算をしているわけではないが、人は無意識のうちにこのような計算をしていると思われる。一般に、偉い人ほどせっかちだと言われるが、それは偉い人ほど時給が高く、その機会コストも大きくなるからである。
*5 ついでの用事があれば、機会コストはゼロになるので激安自販機で買うメリットが生じる。
*6 定価の自販機と激安自販機が、同じ品揃えで同じ場所に並んでいる場合など。