「アノマリー(anomaly)」とは、既存の理論の枠からはみ出た「異常値」を意味する。アノマリーな存在は、常に人類の進歩の源泉であった。
たとえば「惑星」。空の星は、北極星を中心に常に東から西へと回転する。ところが、その原則に従わない動きをするいくつかの星があった。人はそれを「惑う星」と名づけ、「例外」として片付けていた。ところがコペルニクスは、惑星も恒星も、ある同じ規則の元に動いているのではないかと考えた。それが、地動説から天動説への大きな世界観の転換につながった。惑星をアノマリーとして片付けているうちは、絶対に既存の枠を超えることはできなかった。一見、アノマリーと思われるような事象も、その背後にアノマリーも許容するような大きな理論はないか、そう考えるところから人類は進歩してきた。
また、たとえば「グロービス」。今でこそメジャーブランドになったが、設立当初はかなりアノマリーな存在だった。道玄坂の貸し会議室(しかも隣の部屋では「ニュー スキン」のパーティ販売が行われているような)で、Harvard Business Schoolのケースを翻訳もせず、英語で議論する…当時、講師を依頼された私は、「そんな所でビジネススクールは成立しない」と思っていた。ところが、道玄坂グロービスは受講生に受け入れられ、どんどん成長し、現在に至った。その理由は、講師が良かった(笑)ということもあるが、本質は他にある。それは、一見、アノマリーに見えながら、グロービスが当初から受講生に対して本質的な価値と満足感を提供していたということだ。具体的にいえば、それは「志ある仲間が研鑽する場」の提供である。志ある人は当時から多くいたが、会社の枠の外に彼らが集まる研鑽の場は稀有だった。グロービスはアノマリーだったのではなく、潜在する需要を顕在化し、いち早く提供しただけである。かくて、グロービスというアノマリーは、日本のビジネス教育のスコープを広げたのである。
アノマリーが進歩の原動力になる点は、マーケティングにおいても同様である。現在、日本のマーケティング界をひっぱる存在は、全て最初はアノマリーだった。流通業で言えば、セブン-イレブン、ドン・キホーテ、マツモトキヨシ…。
ここで注意したいのは、アノマリーは、ビジネス書にありがちな「非常識のマーケティング」とは違う点だ。「非常識のマーケティング」は、常識の裏をかくことが成功への道と説くが、アノマリーの価値は、常識の裏をかくことではなく、未開拓の価値を内包することにある。
アノマリーを「例外」「異常値」と片付けるのではなく、一見、非常識と思われる事象を俯瞰で眺め、より大きな新しい常識の中に位置づけることを試みる。そう考えることで、マーケティングのスコープも広がる(下図)。それが私の持論である。
図 アノマリーがスコープを拡げるプロセス
この論を踏まえ、本連載では、日々の生活の中でアノマリーと思われる事例を発見し、それを許容する大きな原理・原則を探ってゆきたい。一つひとつは小さな発見かもしれないが、それを積み重ねることで、より大きな視野でマーケティングを捉えることができるようになるのではないだろうか。
ということで、宇宙から始まった大きな話は、次回以降、いきなり身近な話になります。