なぜ、リーダーはコンディションを整えた方がよいのか
想像してみてください。読者のみなさんが、自分のコンディションをかえりみないリーダーのもとで働いている状況を。
このリーダーは、朝、だれよりも早くオフィスに到着し、家に帰るのも遅く、仕事を持ち帰っては、夜遅くまでメールやチャットでコミュニケーションを取り続けています。疲れた様子で、目にはくぼみが見え、睡眠不足の兆しもみてとれます。体調もいつも万全とはいえず、どこか無理をしているようです。
趣味など仕事以外の活動に時間を使っているようには見えず、仕事に一心不乱に没頭しています。仕事で成果を挙げることに、人一倍責任感を感じています。
みなさんは、こうしたリーダーのもとで働きたいでしょうか。
自分をケアしないリーダーとケアするリーダーなら?
もし、一緒に働きたくないと思ったとしたら、こうした上司をもつことは大きなストレスになります。逆にもし、一緒に働きたいと思ったとしたら、みなさんはこのリーダーの働き方をロールモデルにすることでしょう。すると今度は、みなさんが一日中、働き続けるようになり、体調を崩しやすくなります。
どちらの場合でも、自分自身をケアしないリーダーのもとで長く働いていると、みなさんの心身へも負担がかかります。自分をケアしないリーダーのもとでは、メンバーは自分の健康を守ることが難しくなりますし、当然仕事のパフォーマンスも下がってしまいます。
言い換えれば、自分をケアするリーダーのもとでは、メンバーも自分をケアすることができるのです。これはきれいごとではありません。
メンバーのコンディションをよくするために
ある保険会社による、リーダー47人とメンバー466人を調査した研究では、「自分の心身をケアするリーダーのもとで働くメンバーは、自分の心身もケアをしていた」ということが明らかになっています。そして、そうしたリーダーのもとで働いているメンバーほど、実際により健康だったのです。もちろん、コンディションがよいメンバーの方が成果を出しますから、チームとしてもよい成果を出すことができます。
リーダーは、自分の心身を疎かにすると、メンバーの心身に負担をかけてしまうこと、そしてより良い成果をチームとして出しにくくなってしまうことを、重々認識する必要があるのです。
ですから、リーダーは、どうぞ、自分の心身を大事にしてください。
「そんなこと知っているよ」と言われそうな、身もふたもないアドバイスかもしれません。
しかし、仕事に追われていると、この当たり前のことがなかなか実践できないのではないでしょうか。
心身を大切にするための2つのエクササイズ
心身を大事にしたいと思ったとき、私たちは、何を実践すればよいのでしょうか。リーダーがおさえておくべきは、睡眠、食事、運動、休みの4つです。あらためて、ご自身の習慣について見直したい方は、以下のエクササイズを試してみてください。
エクササイズ1
睡眠、食事、運動、休みの4つから、新たに実践してみたいと思う習慣はあるでしょうか。以下のリストを参考にしながら、振り返ってみてください。
□良質な睡眠を7時間以上とる
□仕事中、仕事外でも、健康的な食生活をする
□週に3回以上、30分以上の運動を行う
□仕事から物理的に、精神的に離れる時間をつくる
□心身がリラックスできる時間をつくる
□仕事以外で、視野を広げ、新しいことに挑戦する時間をつくる
□休みの時間の使い方を自分で決める
エクササイズ2
その習慣を長続きさせるために、どのような工夫を取り入れてみたいでしょうか。以下のコツを参考にしながら、考えてみてください。
□小さくはじめる(例 毎日、10分散歩する)
□仕事やプライベートの大事な目標と習慣を紐づける(例 メンバーに疲れた顔をみせたくないので、12時には就寝するようにする)
□習慣を日常のルーチンに組み込む(例 朝、起きたタイミングで、ストレッチする)。
□習慣を記録し、自分の行動を見える化し、改善点を見つけやすくする(例 アップルウォッチを使い、睡眠時間を記録する)。
□仲間の助けを借り、お互いに励まし合う環境をつくる(例:サークルに入り、運動する)。
あきらめから始まる、謙虚な改善意欲
問題はここからです。このような健康習慣は、はじめのうちはモチベーション高く頑張ることができます。しかし、仕事が忙しくなってくると、どうしても長続きしないことも多いものです。そして、このとき、「なんで、続けられないんだ!」とダメな自分に愕然とし、自分を責めたり、厳しく批判したりしまいます。
じつは、この自己批判は、健康習慣を継続する上で有効ではありません。どうすればいいのかというと、むしろ、自分をやさしく受け入れることです。これこそをセルフ・コンパッションといいます。自分にやさしさを向けるのです。
出来ない自分を受け入れることでこそうまれるもの
多くの方がこう疑問に思うでしょう。健康習慣を実践できていない自分をやさしく受け入れてしまったら、そのダメな自分のままでとどまってしまうのではないか、と。
そうではないのです。ここに、私たちの多くが誤解しているポイントがあります。完璧にできない自分を丸ごとやさしさで受け入れたとき、本当の変化が始まるのです。
というのも、健康習慣を実践できない、心身がボロボロな自分に本当に受け入れたとき、私たちは、ボロボロな心身のままでいいと思うでしょうか。そうは思わないはずです。なぜならば、私たちは、だれもが健康になりたいという、本能のようなニーズを人間としてもっているからです。このニーズがある限り、ボロボロな自分を目の前にしたならば、心身をケアしたいという意欲が自ずと湧いてくるものなのです。
この気持ちは、当初の「頑張るぞ!」という、力みが入った意気込みとは異なります。力が抜けた、でも確かな意思と意欲として現れるのです。これがやわらかな原動力となり、また、自分を立て直すことができるのです。
通常、私たちは、頑張りと意気込みの力を使って、目標を達成しようとします。これが私たちビジネスパーソンの慣れ親しんだ方法です。この目標を立て、そこに向けて頑張る方法で、目標達成できるならば、何ら問題ありません。
しかし、頑張りを続けられなくなったとき、多くの人は、健康習慣を続けることができず、途中で挫折してしまいます。こうした難しい局面で、セルフ・コンパッションは、もうひとつのエンジンを私たちに教えてくれます。
それは、ここで説明したように、できていない自分を丸ごと、そのまま受け入れることで生まれる、謙虚な改善意欲に後押してもらうことです。
たとえて言うならば、水の中で溺れかかったときに、手足をバタバタさせて、もがいても、事態はよくなりませんね。ますます、息が苦しくなるだけです。ところが、「もうダメだ」とあきらめ、手足の力みを抜くと、どうなるでしょうか。そのとき、水からの浮力を感じることができます。浮力に任せれば、体がスーッと浮いてきます。
謙虚な改善意欲は、この感覚に近いといえます。このとき、何もかも「自分でできるんだ」という、気負いも、プライドも抜けています。だから、周りに頼りながら、健康習慣を続けることができるようになるのです。
セルフ・コンパッションが健康維持の支えに
ですから、健康習慣を長く続けたいならば、頑張りと意気込みのエンジンだけに頼らないことです。謙虚な改善意欲という、もうひとつのエンジンも迎え入れ、ハイブリッド・エンジンで行きましょう。頑張れるときは、突っ走ればいい。でも、頑張れないときも、それでいいのです。
こうした理由で、セルフ・コンパッションは、挫折しやすい健康習慣を実践する上で、大きな支えになります。このことは、データの上からも、読み取ることができます。たとえば、ニューイングランド大学の研究グループは、セルフ・コンパッションと健康の関係を研究した論文94本を精査しています。その中では、セルフ・コンパッションを取り入れると、睡眠、食事などの健康習慣がうながされ、より健康になることができること、そして、セルフ・コンパッションと健康には、明確な因果関係があると主張しているのです。
自然体のリーダーが良い組織やチームをつくる
改めて、今までの内容を整理してみます。
リーダーは、どうぞ、自分の心身を大事にしてください。なぜならば、それは、自分の健康を高めてくれるだけでなく、メンバーへのケアへつながるのですから。
そして、覚えておいてほしいことがあります。誰でも、睡眠、食事、運動、休みの4つを完璧にこなすことは至難の業です。忙しいリーダーならば、なおさらです。完璧にできなかったとしても、そういう自分を丸ごと受け入れてみてください。そこから生まれる謙虚な改善意に、素直にしたがってみてください。そうすれば、今までよりも楽に、自然体で、長くにわたって、健康習慣を続けられるようになるはずです。
そんな自然体のリーダーの方が、メンバーに親しまれ、よい組織やチームをつくることができるようになると思います。
※「自分にやさしいリーダーシップ」のススメ、前回はこちら
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『すぐれたリーダーほど自分にやさしい 疲れ切らずに活躍するセルフ・コンパッションの技術』
著:若杉忠弘 発行日:2024/8/7 価格:1,760円 発行元:かんき出版
参考文献
Klug, K., Felfe, J., & Krick, A. (2022). Does self-care make you a better leader? A multisource study linking leader self-care to health-oriented leadership, employee self-care, and health. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(11), 6733.
Breines, J. G., & Chen, S. (2012). Self-compassion increases self-improvement motivation. Personality and social psychology bulletin, 38(9), 1133-1143.
Phillips, W. J., & Hine, D. W. (2021). Self-compassion, physical health, and health behaviour: A meta-analysis. Health psychology review, 15(1), 113-139.