そこのけそこのけ、コンビニスイーツが通る
ローソンといえば、まず思い出される人も少なくないほどの看板商品となっている「プレミアムロールケーキ」。個人的にはスイーツを嗜まないことは人生の不幸だと思うが、甘いものが苦手な人のために同商品の解説をしよう。
「個食タイプのロールケーキ。『ウチカフェスイーツ』シリーズの定番商品の一つ。植物性油脂を混合しない、純生クリームを使用。クリーム部分が多く、容器に入れたままスプーンですくって食べるようになっている。2009年7月に開始した『驚きの商品開発プロジェクト』から、デザートの第一弾商品として2009年9月29日に発売開始。発売19カ月で累計販売個数が1億個となった」(はてなキーワードに加筆修正)
ローソンが牽引してコンビニスイーツ市場は大きく拡大している。6月17日発表の「国内のスイーツ市場調査結果BusinessMedia誠・6月17日調査リポート」(富士経済)によれば、2010年の小売スイーツ市場は前年比0.2%増の8718億円とやや拡大であるが、チャネル別にみると、コンビニが同6.2%増の1045億円と大幅増。特にロールケーキが同27.3%増の98億円と急成長したことが要因であるという。(BusinessMedia誠「ロールケーキのヒットで、2010年のコンビニスイーツ市場は6.2%増」より引用・加筆修正)
コンビニスイーツが飛躍的にここ数年で本格的になったことは、読者の皆さんも肌で感じられていることと思う。昔はそっけない出来のもので、「これいったい誰が買うのか…」と正直思っていたものだったが、近ごろは「ここはデパ地下か」と、目移りするほどだ。
コンビニの勢いは増すばかりだ。ローソンが9月13日に出したニュースリリース「ヨーロッパの本格的なスイーツを6週連続発売!」。
「期間や数量を限定することで希少な素材や手間をかけた製法などを取り入れた『UchiCaf_SWEETSシーズンズコレクション』を展開する」といい、商品写真を見れば、百貨店のケーキ売り場や洋菓子店の商品と何ら変わらない、コンビニスイーツとは思えない品々が並んでいる。
深刻なのが、最も市場規模が大きい総合洋菓子店。2011年の市場規模は、前年比6.9%減の2175億円になると見込まれているという。
街の洋菓子店でスイーツを買うのはどんな時だろう。もちろん、誕生日やクリスマスのホールケーキはれっきとした「ハレの日」需要だ。だが、それ以外の個食のカットケーキは特別な日ではない、さりとて日常でもない、ちょっとしたハレの日。「小バレ」ともいうべき日に買われていたのではないだろうか。カットケーキを選んで組み立て式の紙の箱に入れてもらう。小さなサプライズに用いられるのに、ケーキは贈る側にも贈られる側にも最高のアイテムだ。だが、ローソンのリリースの写真を見ると、その需要をすっかりすくい取ってしまうだけのインパクトが、新しいラインナップにはある。
調査リポートでは、洋菓子店の中には「ロスが少なくコンビニとあまり競合しない焼菓子に注力する動きが見られる」とある。「ケーキを買ってきたよ」といわれて期待に胸を膨らませて中を見たらパウンドケーキだった。なぁんてことになったら、キモチの凹みはハンパでは済まない。
食べログで3.5〜4.0の高評価がつくプレミア店は除き、価格や商品力ではもはや、コンビニに勝てない。
街の洋菓子店の顧客数はコンビニとは比べものにならないぐらいに少ない。また、店員の数も限られており、家族経営も多い。だとすれば、その規模の小ささを大きな武器にしたい。
ウィーク・タイズで甦れ!洋菓子店
戦い方の基本は顧客の個別認識の徹底だ。キーワードはかっこよくいうと、「ウィーク・タイズ(weakties)」。
10年前ごろから、社会科学・言論の世界では、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という言葉が頻繁に使われ始め、2010年には、NHKの「無縁社会−無縁死3万2千人の衝撃」の放送をきっかけに、朝日新聞が「孤族の国」という連載を始め、日本人がいかに孤独を感じているかという報道が目立っている。そして、2011年には首相官邸に、「一人ひとりを包摂する社会」特命チームまで誕生した。
はたして日本人は孤独なのか、そして孤独は国が面倒見ることなのか、いろいろなレイヤーで議論はあるものの、よく使われる統計を一つ示しておきたい。OECD比較で、日本は「社会的孤立の状況」でワースト国になっている(メキシコがなぜワースト2位?などこの統計は謎な部分もあるが、一応の傾向ということで)。
そんな背景の中、最近注目されているのが、ウィーク・タイズだ。ゆるやかな(weak)、絆(ties)の意で、元々はキャリア論の中から出てきた概念ではあるが、人々の心理的健康やwell-beingを担保するものの一つとして、取り上げられることも多い。例えば親族、学校、職場、サークル、従来の地域などはストロング・タイズだが、概して風通しが悪く、同調圧力が強い。離脱にも様々なコストがかかるので、おのずから、「いい子」を演じ、「KY」を気にして、やっぱり「一人の方が気が楽だよな…」となりがちだ。
ウィーク・タイズの特徴は、なんといっても参入・離脱が自由なことと、日ごろは疎遠な人との薄いつながりのため、価値観が多様なこと。よく小学校の同窓会などがイメージされたりするが、実は個人商店と消費者の関係こそピッタリではないかと思う。お互いに売る側、買う側としての一定の期待役割を持ちながらも、そこから一歩近づくコミュニケーションがとりやすいし、ハードルが低い。また、顧客同士の横のつながりもできやすい。
いわゆる「行きつけの店」だ。ケーキ店で妄想してみたい。「ちわ〜」「あ、どうも〜いらっしゃい、カナモリちゃん(ちゃんづけ)」「今日はいつものチョコレートケーキ?あれちょっと顔色悪いんじゃない(常連気分)」「残業続きでさ。徹夜で作った企画書、課長に目の前でゴミ箱に捨てられたし…。今日はなんか癒されるものが食べたいな。マスター、なんかいいのない?(マスターと呼べる)」「今年の洋ナシはいいよ〜。タルトなんてどう(旬の美味しいものに出会える)」「じゃあ、それ。あ、ちょっと生クリームのっけてよ(わがままができる)」「これお土産に持って帰りなよ。洋ナシで作ったジャム。美味しいよ。仕事、がんばりなよ(美味しい恩恵にあずかれる)」。
スタンプカードレベルの顧客管理とリピート促進施策を行っている店は多い。そのレベルを飛躍的に上げるのだ。顧客に対する購入や来店に対するインセンティブを高め顧客情報を収集し、「ハレの日」を確実につかんでメールやDMで事前にオススメのアプローチを行う。顧客のちょっとした服装や顔色にも気を配り、顧客の好みに合わせた商品のオススメを行って、「わかってるなぁ〜」という心理的満足感を与える。
ケーキ作りの講習会や「男子ケーキ部」などイベントを通して顧客同士の横のつながりをつくることもできるだろう。ツイッターやフェースブックを使ったコミュニティづくりも欠かせない。現に、下北沢や高円寺、三軒茶屋などの街には、いまだに、お店がウィーク・タイズのハブとなっているバー、古着屋、カフェなどの個店が数々存在する。いずれも、食べログなど口コミサイトでは評価すらされないような店ばかりだ。
顧客の個別識別は商売の基本である。だが、いままでそれが十分できていたかは疑問だ。明確な強力な競合が出現したときこそ、まずは基本に忠実になり徹底すべきだろう。商品力と価格だけで勝負しないためのカギとなる。
おまけ。さっきの妄想の続きを…。「うっす」「いらっしゃい。あれ、珍しい。飲んできたの」「いや〜3カ月かけたプロジェクトがまとまりそうでさ。今日はその前祝い」「やったね〜、さすがカナモリちゃん!」「マスター、今日は最高にハッピーなケーキにしてくれよ」「じゃあ、オペラはどうかな。10時間かけて作った自慢作だよ」。25平米のワンルームアパートに戻り、床に散らばるコンビニの袋をよけながら、ネクタイを緩め、コーヒーを淹れ、紙の箱を開く。大ぶりにカットされた美しいケーキの上にのっている金箔が、ふわっと揺れた。ふと、横を見ると、メッセージカードが添えてある。
「がんばったね!おつかれさま」