“一生もの”だったスーツが1万円を切る時代
「一生モノ」といった風情の商品も少なくなかったスーツという商品の価格が急降下し、ついに1万円を切るようになったのもデフレの影響によるところが大きい。2007年、西友が親会社ウォルマートの調達力を活かして7980円のスーツを30〜50代向けに投入し好評を得て、翌年に若年層にメーンターゲットを移してラインナップを拡充。ウォルマートの衣料品のPBである「GEORGE(ジョージ)」ブランドで展開し、シルエットや仕立てをブラッシュアップした。
その後、流通大手各社や百貨店、紳士服専門店も参戦し、アンダー1万円スーツ市場は激戦となったが、昨年異変が起きた。「松屋銀座で9800円スーツがセール初日に完売した2009年から一転、10年はセールから1週間経っても売れ残っているという。代わりに売れているのが高級生地を使った3、4万円台のスーツだ」(2010年5月17日J-CASTニュース)という。背景にあるのは「景気の上向き感」だと同記事は分析。代わって格安なパターンオーダースーツが人気を集めたという。
格安といってもパターンオーダーは最低3〜4万円する。「節約疲れ」と呼ばれる風潮もあったものの、すべての人がそちらに向かうわけではない。
新たに登場した勢力は、機能性を高めた低価格スーツだ。
モノの「コスト」は、新規購入する「イニシャル」と、維持するための「ランニング」に分解できる。「背広」の語源はスーツの発祥地でもあるロンドンの仕立屋街「サヴィル・ロウ」にあるという説もあるが、英国紳士の装いを高温多湿な極東の島国でするには無理があるのだ。故に春夏物スーツはランニング費用としてのクリーニング代が馬鹿にならない。そこで登場したのが「洗えるスーツ」。
洗えるスーツで先行したのはコナカ。08年2月に発売し、人気を呼ぶと、翌年にはAOKI、青山商事が参戦、百貨店も開発に乗り出すなど商戦は激化した。3〜5万円前後だった値段も2万円も切り、女性用スーツ、礼服などにも広がっている。
コナカは、今年、思い切ったセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを明確にした戦略にでた。具体的な商品を先に挙げればわかりやすいだろう。その名も「就活Vスーツ」である。
洗えるスーツで就活もバッチリ?
広告には就活生と同世代の星、石川遼をキャラクターとして起用。価格は1万8900円。商品の特徴は、洗濯機や洗剤を使わず温水シャワーをかけるだけで汚れを洗い流せ、一晩(6時間)で乾くと明記する速乾性。さらに、アイロン仕上げ不要というメンテナンスフリーさだ。
機能的には先行している「シャワークリーンスーツ」とほぼ同等だが、セグメントは「就活生」と「一般ビジネスマン」に分けて、前者を思いきりターゲットとしている。ターゲットを明確にすることでポジショニングも明確になる。就職戦線は年々長期化している。しかし、学生の身で複数のスーツを購入するのは厳しい。かといって、面接では好印象を残したい。そこで、「6時間」と明言する速乾性が効いてくる。1着しかないスーツをきれいに洗って、翌日の面接に臨むという就活生の行動を実現できるからだ。
ターゲットを明確にするということは、それ以外のターゲットを切り捨てることでもある。便利な洗えるスーツはオジサンも欲しがるかもしれない。しかし、あまりにも「就活」を前面に打ち出しているため、ちょっと手を出しにくくなるからだ。
その反面、就活生のココロにはズバッと響く。スーツのラペル(下襟)のフラワーホールには、就活の「Victory(勝利)」を祈って、Vの字をかたどったバッジを付けているという。ポジショニングとして、「就職活動に勝利するスーツ」を表している。つまり、「就活Vスーツ」は、就活生に「洗って一晩で渇く速乾性で2着目がいらない」という「機能的価値」と、「就活がうまくいきそう!」と思える「情緒的価値」を提供しているのである。
「ターゲットを狭めると売れなくなる」などという言葉をよく聞くが、「就活Vスーツ」は「3月末までに年間販売目標の8億円をすでに達成した」(4月27日日経MJ)という。ターゲットを絞って高い購入率を実現するという好例である。
「就活Vスーツ」の戦略はコナカに勝利をもたらした。あとは、それを着用した就活生に、本当に勝利の女神が微笑むことを願ってやまない。