2010年5月の第4週には、2つの刺激的なプレスリリースがありました。1つはソニーとグーグルとインテルが、グーグルの携帯用OS「Android」を組み込んだ「インターネットTV」を今年秋から発売すると発表したこと、もう1つはトヨタ自動車が米電気自動車ベンチャー、テスラ・モーターズに5000万ドルを出資し、業務提携したと発表したことです。
この2つのケースは、日本のエクセレント企業と海外のベンチャーという組み合わせの提携(in-out)として、よく似ています。モディファイの小川浩CEO氏は、「ソニーの決断は中長期的には裏目に出る」、一方、トヨタについては「彼らの業界内のプレゼンスを下げることにはならない」と予想されています。
ソニー、トヨタのそれぞれの提携に対する思惑とは何で、その行く末はどうなるのでしょうか。小川氏の論考をたたき台にして、少し検討してみたいと思います。
トヨタ&テスラの提携:棚ぼたで「イノベーションのジレンマ」を乗り越える
まず、トヨタのテスラ・モーターズに対する出資と提携の意味を考えてみましょう。トヨタの豊田章男社長のコメントによれば、まず「電気自動車開発での提携」、そして「トヨタのテスラに対する5000万ドルの出資」、そして「GM・トヨタの合弁工場であったNUMMIの工場の買収」とあります。プレスリリースによれば提携の中身や範囲は、実はまだ決まっていないとのことですので、要するにこの提携はNUMMIカリフォルニア工場の譲渡と5000万ドルの出資という2つの事案が軸であることが分かります。
NUMMIはGM側の都合(2009年の国有化)で合弁の解消と工場閉鎖が決まった企業ですので、どちらかというとテスラへの譲渡と共同生産は、トヨタにとっては半分ぐらいは「地元雇用対策」といった色合いが感じられます。
5000万ドルの出資については、テスラは2003年の創業時にすでにベンチャーキャピタルやエンジェルなどから1億ドル以上の資本を調達し、その後も独ダイムラーなど大手企業も含めて、多くの投資家から2億ドル近い投資を受けているとされています。さらに、昨年7月には米政府に新工場建設のための250億円の融資を申し込んでいたとの情報もありますから、恐らくトヨタは5000万ドル程度ではテスラの主導権を握るほどの株式を得ることはできないと思われます。
つまり、テスラが250億円で新工場を建設する代わりに、稼働停止した工場の中身をテスラ向けに造作し直すための50億円の「のし」をつけて譲渡したというのが実態で、それだけではあまりにもトヨタとしても得るものがなさ過ぎるので、「ぜひ業務提携もさせてほしい」となったのではないでしょうか。
こうして見ると、一見華々しい提携であるにもかかわらず、何やらGM国有化のあおりという「棚ぼた」がきっかけであり、その中身にもまったく戦略的な意図があったわけではないようにも見えますが、必ずしもそうとだけは言い切れないでしょう。
テスラが現在発売、または今後の発売を予定している電気自動車は、いずれもかなり高額なものばかりで、2012年に発売される一般向けのモデルですら、3万ドル(約300万円)とされています。10年以内のスパンで見れば、ガソリン車やハイブリッド車のコスト・パフォーマンスに到底かなうものではありません。また、現在販売されている「ロードスター」は、電池重量が450kgと、通常のハイブリッド車(電池重量は40〜50kg)、電気自動車(三菱i-MiEVで200kg)に比べて、まるで電池が走っているような重さです。これでは実用的とは言い難いでしょう。
しかし、10年以上のスパンで見れば、テスラのような電気自動車がガソリン車を代替していく可能性はあります。そしてそのとき重要になるのは、バッテリー制御のソフトウェアといった「クルマの中」の技術よりも、その外側の社会インフラ(充電設備の標準化と普及や、電気自動車に対する法規制対応等)の部分がどのようになるかということのほうです。なぜなら、「電気自動車を作る」こと自体は、テスラのような大企業でない企業にも既に可能だからです。もちろん、トヨタは(それを今すぐ使って製品を作るかどうかはともかくとして)テスラ以上にうまく電池を作る技術も持っているでしょう。
しかし社会インフラの部分は、トヨタだけでルールを決めて作れるものではありません。トヨタがもし、米国の政府や社会が評価し支援しようとしている電気自動車ベンチャーと敵対すれば、そうした社会インフラのルール決めの部分にトヨタ自身が足がかりを作る余地がなくなります。トヨタ自身がビジネスを電気自動車にいきなり完全にシフトすることはなかなか難しいでしょうが、テスラのようなベンチャー企業への出資を通じてトヨタが電気自動車ビジネスの足がかりを得ることはできるでしょう。市場が十分大きくなってから自分が参入できる余地があることが、大企業にとっては重要なのです。
こうしてみると、トヨタがテスラに出資したことは、まさに、クレイトン・クリステンセンの言う「イノベーションのジレンマ」を乗り越えるために提唱している「本業がまだ堅調なうちに、新成長事業を所定のリズムで買収する」という手法の実践と言えます。自分の現在のビジネスを根本から覆しかねない新ビジネスへの政治的な足がかりを得るための布石が、たったの5000万ドルという、テスラが株式を上場してからでは交渉すら難しかったほどの投資額でできたということは、短期的には大した意味を持たないでしょうが、中長期的にはとても大きな意味があると思われます。
ソニー&グーグルの提携:オープンなプラットフォームでコンテンツビジネスを加速させる
さて、それではソニーとグーグルの「インターネットTV」について、考えてみましょう。こちらは「中長期的」とか言ってる場合ではない、半年先の新製品についての提携です。
小川氏は、「ソニーはこの提携により、クラウドコンピューティングおよびタッチスクリーン型のネット端末のソフトウェア技術をGoogleに依存すると決めた」と述べています。また、「両社の共通敵はAppleです」とも言っています。そして、「IT事業はソフトウェアが命」であるが故に、ソニーの決断はむしろ将来の弱体化に繋がるのではないかと懸念を示されています。
テレビやモバイルといった分野において、「クラウドコンピューティングおよびタッチスクリーン型のネット端末」において、日本でも世界でも大ヒットしているiPhoneやiPadを擁するアップルが先行していることは、事実でしょう。そして、ソニーの発売しようとしている「インターネットTV」というのが、直接的な意味でiPadやiPhoneと競合するかどうかはともかく、プレスリリースを読む限りでは「魅力あるコンテンツにいつでも、どこでも、簡単にアクセスできる商品」という定義上、上記のような端末の一種であることも事実であろうと思います。
で、問題なのはそういう端末のソフトウェア技術にグーグルのAndroidを使うということが、果たしてアップルとの競争における「ソニー自身の弱体化」につながるのか、ということでしょう。これに正しく答えるためには、そもそもソニーはアップルと何について競争しようとしているのか(裏返せば、アップルはソニーやその他の企業と何について競争をしていると考えているのか)、そしてそれは本当に重要なポイントなのかということが、明らかにされなければなりません。
ソニーはもともとはAV機器の会社でしたが、2009年度の決算を見ると、映画・音楽・金融以外のすべての事業が赤字となっています。つまり、彼らの現在の利益の大半はコンテンツ事業から生じています。もともとの事業であるAV機器(現在は「コンスーマプロダクツ&デバイス(CPD)事業」は、売上高こそ3兆2277億円と最大ですが、前年度に比べてなんと20%も減少し、収益改善の努力が追いつきません。これに対して、コンテンツ(映画・音楽)ビジネスの売上高は1兆2000億円と堅調で、利益も800億円近くと倍増しています。この収益の中には、YouTubeでその人気に火が付き、日本の紅白歌合戦にまで出場するなど世界中で話題になった英国のスーザン・ボイル氏のアルバム売り上げなどが含まれています。
つまり、非常に極端な言い方をすれば、ソニーにとって事業収益構造から見たテレビなどのAV機器は、もはや「コンテンツを売るためのプロモーションツール」でしかなく、プロモーションツールであればそれらしく売り上げをもっと伸ばし(=端末でコンテンツを消費する人の数を増やすのに貢献し)、それによって同時に赤字を最小化してほしい(利益まで計上しろとは言わない)というのが経営的な位置づけであるわけです。
この文脈から言えば、ソニーは小川氏の言うような「IT事業」の会社でも何でもなく、むしろコストを最小化できる(=グーグルのソフト技術をそのまま使う)方法でネット端末を作るという今回の戦略的提携は、極めて理にかなったアクションであると言えます。
つまり、本当の意味でソニーが競争しなければならないのは、コンテンツビジネスです。そしてこの分野で近年急速に伸び、ソニーを脅かすまでに巨大化してきたのが、音楽のネット直販サービス「iTunes」を抱えるアップルです。
アップルの戦略とは、「自分たちのコントロールするコンテンツ流通チャネル(iTunes)に最適化された端末を普及させることで、コンテンツの販売を伸ばす」ことです。アップルは、iTunes以外のコンテンツ・プラットフォームを普及させるために、iPhoneやiPadを売っているわけではありません。このことを如実に示したのが、アップルのスティーブ・ジョブズCEOが4月末に自社ウェブサイトに掲載した「iPhoneOSがアドビのflashをサポートしない理由」というビデオ声明でした。
コンテンツのネット販売のリーダー企業としてのアップルは、自社チャネルにすべてのコンテンツを引き込むため、端末からDRM(著作権管理)のソフトウェアまでを、クローズドで垂直統合な仕組みとして維持しようとしています。ソニーがこれに対抗するために取るべき戦略は、アップルとは別の新しいクローズなビジネスを立ち上げることではありません。グーグルのAndroidのようにオープンな仕様のソフトウェアを担ぎつつ、自身はそれ以外のコンテンツ流通で収益を上げるように全力を上げることです。
ソニーにとって、それはブルーレイ・ディスクを使った大容量のパッケージコンテンツの販売であったり、テレビのネットワークに対するコンテンツ販売収入です。そして、テレビのネットワークに対するコンテンツ販売を促進するうえでカギになっているのが、スーザン・ボイル氏の歌でも分かるように、ネットでのプロモーションであったり、ネット上のテレビ番組配信サービス(Hulu)の普及であったりするのです。
こうしてみれば、ソニーがグーグルと提携するのはむしろ遅すぎたぐらいの話であり、しかも彼らの主力ビジネスである映像・音楽のコンテンツビジネスを大きく前進させる意味のあるアクションであったことが分かるかと思います。
個人的には、ソニーにはこうした先進的なコンテンツの見られる便利なテレビを1台でも多く売り、日本の他のコンテンツビジネスの企業にも奮起と競争を促してほしいと思っています。アップルのクローズドな仕組みにコンテンツ流通を握られることは、コンテンツにおける表現の自由の観点からもあまり望ましいこととは思えません。