高校生ラガーマンを支援するプロジェクト「#ラグビーを止めるな2020」は他ジャンルのスポーツまで広がり、ハッシュタグ「#スポーツを止めるな」も動き出しました。生みの親は、志ある5人のチーム。立ち上げ期間はたった2週間。コロナ禍において、スピード感を持ってインパクトのあるムーブメントを生み出せたのはなぜか。発起人である、元ラグビー日本代表・グロービス経営大学院卒業生の野澤武史氏に、その裏側を語っていただきました。(全2回後編、前編はこちら)
使命感を先達に「やってから、怒られる」
田久保:こういう大勢を巻き込むムーブメントというのは、ある意味狂気じみた情熱や使命感のある人が動き出さないと、広まらないですよね。成功例として「#ラグビーを止めるな2020」のやり方を真似しても良い結果が出ない。
野澤:高校スポーツといっても、競技によって背景や条件が違います。エスカレーション率、スマホ使用可否、競技人口……だからこそ、ひとひねりじゃないですけど、自分たちの状況にあった形で考え抜いた競技団体はうまくいっていると思います。
田久保:始めるにあたり、反対意見などはどうやって乗り越えたのでしょうか。
野澤:正直、乗り越えたのか分かりません。今もビクビクしています(笑)。今回、このプロジェクトは日本協会の名前ではなく、「元日本代表」という個人名で始めました。4月下旬のコロナ禍の中で、最もスピード感を持ってやれる方法を選びました。ここは「やってから怒られるか」と腹を括って始めました。
田久保:そういう意味では、心と名のある廣瀬俊朗さん(元日本代表)みたいな方々もどんどん乗ってきて、もはや反対できない状況かもしれませんね。
野澤:実は廣瀬は、最初から一緒にやっているんです。グロービスでも学びましたけれど、プロジェクトは企画立案よりも運用が大事ですよね。なので、5人のチームで始めました。他は、中学から一緒にラグビーをやっている友人と、広告代理店勤務で早稲田のバスケコーチをしている方と、パ・リーグの運営側に所属している方です。
メンバーにはコミュニケーションのプロがいますから、スタート時は、話題づくりのために「バスケットボールキング」と「ラグビーリパブリック」というメディアに同日同時刻に記事を出しました。相乗効果を狙いつつ、ヤフーさんにも取り上げていただきました。僕は現場で先生方と顔見知りだし、0→1をやって、廣瀬みたいに1→10が得意なメンバーもいるから任せて。チームで動いたのがこれだけ認知された理由だと思います。
痛みを分かち合った仲間だから通じ合うラグビーのコミュニティ
田久保:そのチームは、後付けかもしれませんがラグビーらしさを感じます。
野澤:広がり方もラグビーっぽいんですよ。SNSだと、ネガティブな言葉が上がりそうですが、ほぼないんです。ラグビー界全体が巨大な先輩後輩みたいな関係になっています。最初は、日本代表選手に、高校生があげたツイートを「リツイートして」「コメント入れて」とお願いしていたのですが、徐々にそれをしなくてもトップ選手が協力してくれる環境が形成されました。お互い全然会ったことのない関係でも、「ラグビーをやってきた先輩として助けてやろうぜ」という流れになっています。
改善のアイデアをくれたり、勝手にまとめサイトをつくって「見やすくしました」という人が出てきたり。自然な自治が生まれているのもラグビーっぽいかもしれません。
田久保:お互いに相当しんどいことを超えてきた連帯感があるのでしょうか。
野澤:ラグビー特有かもしれません。僕の本業は教科書屋(株式会社山川出版社)ですが、学校への営業で先生のお席に伺った時に『ラグビーマガジン』があれば、すぐ心は通じます(笑)。
ラグビーは、1つのフィールドに15人×2チームの30人が入って痛い思いをするんです。逃げれば痛くないのに、仲間のためにわざわざ痛い思いをしに行く。体を張ってないヤツやちょっとでも逃げているヤツはすぐ分かる。「上手いor下手」軸の他に「体を張るor張らない」があるんですよ。
ニュージーランドの選手なんかもそれをよく見ています。飲み会の席でも日本人は体が大きくないのでお酒なんてたくさん飲めませんけれど、トイレに行くふりをして逃げるのか、最後まで付き合ってつぶれるのかを見ていて、付き合ってつぶれると、次にグラウンドで助けてくれたりする。世界的なラグビーの特徴かもしれません。
田久保:そういえば有名なラグビー早慶戦では、試合後の打ち上げを両チームでやるそうですね。そういうスポーツって、他に調べても出てこないですよ。
野澤:アフターマッチファンクションですね。ラグビーは、イギリスのパブリックスクールで始まったスポーツで、学校と学校の対抗戦から発祥しているので、終わったら、テーブルを囲んでコース料理が出てくるのが当たり前だったようです。日本のラグビーはアマチュアスポーツの時代が長かったので、その名残があるんだと思います。
ついこの間まで、試合後のお風呂も一緒だったんですよ。ラグビーの聖地と言われる秩父宮ラグビー場にはシャワールームが1個しかなくて、試合が終わったら、「おまえ、さっき殴っただろう」とか言われたりしながらみんなで入ります。ケンブリッジやオックスフォードでも、シャワールームは1つしかない。もともと、そういうスポーツなんです。
たとえば僕は慶応出身ですが、卒業してからお世話になったのは早稲田出身の方が多いんじゃないかな。「おまえみたいに頑張っていたやつが試合相手で嫌だったから、仲間だ」みたいなよく分からないつながりがあって(笑)、本当にありがたい。
[caption id="attachment_46419" align="aligncenter" width="1333"] (写真:スカウトのため全国へ)[/caption]グロービスで学んだことを「#ラグビーを止めるな2020」PJにも活用
田久保:成功要因の一つには、ラグビーの文化が大きく影響していそうですね。
野澤:間違いないですね。外部環境分析をすると、あまりにも特異な世界かもしれません。文化も大きいですが、実は、「#ラグビーを止めるな2020」のプロジェクトではグロービスの「イノベーションによる事業構造変革」の授業で学んだことを、ほぼそのままやっているんです。「やってから怒られる」「企画を立てるのと運用するのは違う」も、チーム運営方法も、全部グロービスで学んだこと。グロービスで学んでいなかったら、できませんでした。特に僕はプロ選手を引退して実家の家業に戻ったので、グロービスで千本ノックを受けて、ビジネスの土台を学べたのはすごく大きかった。
田久保:フル活用してくださって、本当に嬉しいです。
野澤:グロービスの仲間となかなか切れずに続いているのは、ラグビーのように共に辛い思いをしているからでしょうね。皆、これだけ仕事が忙しいなかで苦しみながら、授業の予習をしてレポートを書いているわけですから。Facebookで知らない人の申請はあまり受けたくないんですけど、誰と友達なのか見たら「グロビの仲間ばかりだから申請オーケーにしようか」と、そこが通行手形のようになっています。
田久保:ありがとうございます。本業はいかがですか。御社の歴史の教科書、僕も愛読していますけれど。
野澤:ありがとうございます。今、教育の現場も岐路に立っていますから、ラグビーのプロジェクトも動かしつつ、本業も全力でやりたいです。最終的に、僕は “Googleヒストリー”みたいなコンテンツを作りたいんです。年次なのか空間なのか分かりませんが、どこからでも歴史に入れて、歴史の構造が頭に入ってくるような。
ちなみに、『世界史』という教科は日本にしかありません。具体的に言いますとヨーロッパにある世界史はほぼヨーロッパ史のことですし、入っていて中国史まで。東南アジアや南米の歴史まで「世界史」が網羅されている教科書があるのは日本だけです。ですから、日本が世界に出て、お互いに世界の歴史を学ぼうとリードしていくことが重要では、と。仕組みを作って問題解決するのがもともと好きなので、ラグビーでやっていることも最後はこの歴史教育や公教育に帰結させられたらと思います。