グロービス経営大学院で長年教員を務めてきた昆政彦氏が、2020年1月1日付でスリーエム ジャパン株式会社およびスリーエム ジャパン プロダクツ株式会社の社長に就任されました。新型コロナウイルスの感染拡大の下で陣頭指揮を執る昆氏に、同僚教員である竹内秀太郎がインタビュー。後編の話題の中心は、ダイバーシティ&インクルージョン。ご自身の闘病経験を交えつつ話していただきました。(全2回、後編)≫前編はこちら
経営者に必要なのは「D&I」「決める力」「俯瞰力」
竹内:社長として重責を担われている中で、改めて経営者には何が必要だと痛感していますか。
昆:1つ目はやはり「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の推進力。多様性を取り込んでいくことにより、イノベーションなどの活力を強化していくこと。
2つ目に「決める力」です。誰しもなかなか決めきれないものが、最終的に社長まで上がってきます。「誰が見てもこっちだよね」という案件はまずないし、情報も非常に少ない。その中で決断しなければいけない。
そして、3つ目が世の中全体を見渡す「俯瞰力」。世界はどう動いているのか、政府はどう動いているのかなど、俯瞰的に世の中を見る力が大切です。
この3つが経営者、特にトップにとって重要だと感じています。
竹内:昆さんは闘病中とのことですが、それが何か影響している部分はありますか。
昆:そこはダイバーシティ&インクルージョンのところですね。私は2年半前にすい臓がんになり、手術を受けました。手術は成功しましたが、がんが根治したわけではありません。抗がん剤治療やそれに伴う副作用はすごくつらい。生活そのものにかなり制限が生じます。その中で、自分自身ががん患者に対する差別を自ら受け入れてしまったのですよ。
竹内:“差別を受け入れた”とは、どういうことですか。
昆:誰に何を言われたわけでもないのに、「がんになった以上、こんな大きな会社でのこんな仕事はおまえには無理だ。自分には新たな職務は回ってこない」と思い込んだのです。
なぜそんなふうに落ち込んだのかというと、少し調べると新聞やウェブサイトに、そういうデータがたくさん出てきます。例えば、がん患者さんの約3分の1が職を失ったとか、平均年収が大きく下がったという調査結果を見る度に、「ああ、だめかな」と。
でも、3Mは社員やその人のもつ個性を尊重する会社で、がん患者だからといって差別をしなかった。実際、会社の中で「がんだから、もう仕事をするのは難しいよね」などと、ネガティブなことは一度も言われたことがありません。
最終的には米国本社が「パフォーマンスと能力を勘案した結果、おまえの次の仕事は社長だ」と、私を指名してくれたのです。「えっ、がん患者というハンディキャップを考えなくていいのですか」と驚いたし、同時に感動もしました。
ハンディキャップを持つ人たちがそれを感じない会社
ダイバーシティとはそういうことでしょう。さまざまなハンディキャップを持っている人を「おまえはハンデがあるから駄目だ」というのは差別ですよね。わかりやすい例で言えば、「あなたは育児で忙しいし、業務時間の柔軟性がないでしょ?だからマネージャーになるのは無理じゃないの?」なんていうのはもってのほか。ちょっと待て。どうしてそういう考え方になるのかと強烈に思いました。
社長になったからには、少しでも差別的な環境があれば、それを撤廃しなければいけない。それは、例えば女性管理職を何%にする、ハンディキャップを持った方の雇用人数を何%にするといった数値目標を設定し、達成するといった形式的なことだけでは解決しません。
ハンディキャップを持つ人たちや世間では“マイノリティ”と言われる人たちが、ハンデや、マイノリティであるといったことを感じない会社をつくる必要があるし、そういう社会にしないといけない。私は、ハンデを感じないことで、いかに自らの活力が出てくるかを実体験しました。数字的な達成だけではなく、ハンデを感じない状況まで行かないと、本当の意味でのインクルージョンは達成できないと思う。そこは自分自身ががんになって強く感じたところですね。
社長就任のときに、全社員の前で「差別を感じない会社をつくることが目標です。数字的に差別がない会社ではまだ弱い。もう一歩進もう」と話し、社員から「勇気をもらいました」といったフィードバックをたくさんもらいました。今後も丁寧に伝えていこうと思いますし、3Mはそうやってお互いに社員を尊重することをとても大事にしているので、それを企業から社会にも発信していきたいと思っています。
竹内:今回の闘病体験によって、考え方に変化はありましたか。
昆:ありました。私は三十数年、ファイナンスの世界にいましたが、データをより多く取って、より多く分析するという、どちらかというと昭和ながらの勝ちパターンでずっとやってきました。
これを変えなければいけない、社会も変わらなければいけない。「でも、自分は一体どう変わったらいいのか」と模索していた中で、がんになり、そこが一気に変わりました。
体力的に厳しいので、徹底的にさまざまな資料を追究しながらやるというスタンスは取れない。ではどういう形がいいのかを考え、自分が先頭に立って引っ張るのではなく、みんなを応援するというスタイル、「セキュアベース・リーダーシップ」に変えました。
また、さらにダイバーシティ&インクルージョンが必要だという認識をもっと広めたいと思っています。病気になって、ダイバーシティ&インクルージョンの本当の意味が理解できました。まだ100%わかっていないかもしれませんが、少なくとも以前に比べると格段に理解度が高まっているのは明らかです。
目標と手段を履き違えるな
竹内:これから先はどんなことに取り組んでいきたいですか。目標を教えてください。
昆:「企業家リーダーシップ」のクラスでよく伝えていたのが、「人生の目標とそれを達成するための手段は違う」ということです。手段を目標にすると、人生は変わってしまう。ただ、手段は非常にわかりやすいので、それによって自分のレベルを高めることはあります。
言ってみれば、CFOや社長は手段です。「CFOや社長になって、たくさんのアウトプットを出して、世の中をこんなふうに変えていきたい」といったときに、担当者よりは部長、部長よりは役員、役員より社長のほうがハンマーは大きい。役職がより上位であるほうが、自分がやろうとした一発、一発がより強めに出せる。その点において有利であるというだけの話です。
では、人生の目的は何か。私の場合、大きくいうと「社会をより良いものにしたい」。そのために具体的に何ができるか。となると、やはりビジネスしかない。企業活動を通して「社会をより良くしたい」というのが、私の人生の目的ですし、多くの方々がそう思うことで、より社会は良くなっていくものだと考えています。
その目的を達成するための1本の柱が、3M ジャパンの社長という役割です。より良い製品を生み出し、イノベーションで社会をより良いものにしていく。それをトップとして実践するのみです。
竹内:昆さんは企業経営者であると同時に、長年グロービス経営大学院の教壇にも立たれています。講師としてやりたいことはありますか。
昆:私がグロービスで教えている意味は、自分の人生の目的を追求するためです。自分が培ってきたものを伝えて、受講生がよりよい経営者になる一助になれたら、こんなうれしいことはないし、楽しい。
教えるほうも、人間的に成長していくからこそ、初めて経営者を育てられると思っています。ビジネス書を丸暗記して、それをただリフレーズして話すだけなら、コンピュータとAIで十分。それなら人間・昆政彦が教える必要はない。私自身が日々成長するからこそ教える意味があると思っています。そのためにも、これからも学び続けないといけませんね。
竹内:教育という形を通じて、昆さんの思いを受け継ぐ同志を育てているのでしょうね。
(文=荻島央江)
※インタビューはzoomで実施、写真は以前撮影したものを挿入しました