オフィスにグラフや表を貼って、目標達成に対する進捗を測る「見える化」。営業経験のある方には、お馴染みの職場の光景でしょう。伸び悩む自分の棒グラフに苦い記憶がある方も少なくないかもしれません。でも実はこれ、人を育てるための装置だったんです。
「今、流行りの『見える化』っていうやつですが、アレ、小倉さんどう思います?」。食事に向かうタクシーの中で、同乗していた顧問先の社長が話しかけてきました。「僕は好きじゃない。まるで競走馬にニンジンをぶら下げて競わせているみたいですよ。なんか、職場が殺伐としてしまいそうで・・・そんな会社にしたくないんですよ」。
やはり・・・この社長も、多くの経営者と同様の勘違いをしているようです。私は失礼に当たらないよう気を配りながら、その誤解を解消する必要を感じました。「社長、僕が11年間過ごしたリクルートは、オフィス中にグラフや目標がべたべた貼りだされて、壁が見えないほどでしたよ(笑)。でも不思議なことに、殺伐とした雰囲気ではなく、暖かい空気に満ちていました」。
社長は頷きながら、その答えを求めるように私の方を振り向きます。そして、真剣な表情でこう尋ねました。「小倉さん、なぜでしょうか?」
そこで私は、「“全自動厳しい装置”が人を優しくする」という日頃の持論をご紹介することにしました。
“全自動厳しい装置”が人を優しくする
組織は「見える化」に代表される業績管理システムなどの仕組みと、それらでは担保できない隙間を埋めるコミュニケーションによって動いています。つまり、組織運営上、必要なことは、仕組みで自動的に行うか、上司が直接話すコミュニケーションで行うか、どちらかの選択が必要だということです。ちなみに「見える化」を私の言葉で言い換えたのが全自動厳しい装置。つまり業績のプレッシャーを上司が口にしなくても、自然と部下に気づかせる仕組みのことを指します。
「『見える化』がきちんと機能すれば、上司は部下の尻を叩かなくて済みます。結果、部下に対して優しくなれる。当然、殺伐としたムードも無くなってしまいます」。「なるほど…」と呟く社長に、私は言葉を続けます。「全自動厳しい装置がないと、上司はマニュアル(手動)で厳しくするしかない・・・結果、部下の尻を叩き続け、挙げ句は職場が殺伐としてしまうのです」
一見、逆説的に見えるこの考え方、実はシンプルかつ力強い真実なのです。ポイントは全自動ということ。上司が口を挟まなくても部下がついつい見てしまう。そのためには、数字が狂っていないこと、毎日、定時に確実にアップデートされること、楽しく注目されるような工夫(似顔絵など)が付加されていること、さらには上司自身が「見える化」に注目し、会話の題材にしていることなど、様々な工夫と辛抱強さが必要です。
しかし、ひとたび、この仕組みが機能を始めると、組織はパワフルに変身します。社員が尻を叩かれなくとも、自分で自分を駆動させます。そして、自立的風土が芽生えるようになり、上司が優しくなれるのです。
「そうだったのか・・・」、と、ため息をつきながら社長が唸りました。「部下の尻、叩いてます。僕自身(苦笑)」。
抜群の行動力を持つ社長のことですから、おそらく次にオフィスを訪れた時は壁一面に「見える化」が行われているはず・・・私は、その光景を目にするのが楽しみで仕方ありません。
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