新刊『MBA 問題解決100の基本』の6章「課題設定の鍵となる『あるべき姿』」から、「Basic058 アイスクリーム味のチャーハンは作れない」を紹介します。
問題解決は、自分自身の問題解決に限定されるわけではありません。場合によっては上司や他部署など、「発注者」が自分と別にいることも少なくありません。そうした時によく起きるのが、発注者側が不適切な「あるべき姿」を押しつけてくることです。そうした時に「それは好ましい『あるべき姿』ではありません」あるいは「なぜ、そのようにされたいのですか?」といった切り返しがすぐにできないと、相手は自分がそれを受諾したものと勘違いしてしまい、あとでボタンの掛け違いが発生して皆が不幸になる、という事態が発生しかねません。発注者の意図を正しく理解し、その妥当性を見極めるという初動が非常に大事なのです。
(このシリーズは、グロービスの書籍から、東洋経済新報社了承のもと、選抜した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
アイスクリーム味のチャーハンは作れない
この言葉は『予定通りに進まないプロジェクトの進め方』(前田考歩、後藤洋平著、宣伝会議)の中にあるものです。
我々はアイスクリーム味のチャーハンが作れないことはすぐに理解できます。子どもの頃からアイスクリームとチャーハンに親しんでおり、それが両立しないことを容易に推測できるからです。「アイスクリーム味のチャーハンをお願いします。見た目は当然、それらしいプロ仕様で美味しそうにお願いしますね」などとリクエストされたら、直ちに発注者にそれが不可能であり、「あるべき姿」として成立しないことを説明することができるでしょう。
また、そもそもなぜそのような要求を出してきたのかを問い、代替案を提示することも容易でしょう。「話のタネに食べてみたかった」ということであれば、実現可能な別の奇抜な例、たとえば「オレンジ味のチャーハン」を提案することで相手の要求に応えることもできるかもしれません。
ところが、いざITプロジェクトになると、発注者は悪気なくアイスクリーム味のチャーハンという「ありえないあるべき姿」を求めてしまう、ということが少なくないのです。
「スマホアプリで見てもPCで見てもほぼ同じ見栄えにして。あと、ユーザーのスキルにものすごく差があるから、誰にも使いやすいインターフェイスがいいな。あと、可能な限りおしゃれな感じで」――正直これは、「アイスクリーム味のチャーハン」を求めているのと同じくらいの「無茶な要求」です。
ところが、仕事が欲しいSIerの営業担当者は無茶を承知で(あるいは説得、啓蒙が不十分なまま)受注してしまい、現場が大混乱するというのはよくある話です。こうしたプロジェクトは、現場が疲弊したわりには顧客の妥協を強いられますから満足度も低く、誰もハッピーになりません。
本来必要なのは、発注側が何をITで成し遂げたいのかを知り、適切な「あるべき姿」を構想することです。たとえば「スマホアプリでもPCでも同じ見栄え」にどのような意味があるでしょうか? よくよく聞いてみたら、別に意味はないという可能性も高そうです。「極力おしゃれに」も同様です。突き詰めていくと、実は「常に従業員がPCでもスマホでも情報に瞬時にアクセスできる状態を作る」ことが実現したいことだったのかもしれません。
であれば多少見栄えは犠牲にしてでも、「極力シンプルな画面にする。スマホアプリとPCの使い勝手の差は別途説明資料を作る」でも十分かもしれません。そもそも、スマホアプリで情報を見る人が社員の3%程度だったら、わざわざ作らないという選択肢もあるのです。
Basic058でも触れた要件定義のベースとなる要望(元々の動機)をしっかり押さえることが、その後の要件定義、アルゴリズム(仕様に落とす)の妥当性を担保することにもつながるのです。
ここではITプロジェクトを前提にしましたが、ビジネス的に問題が生じている営みは、往々にしてこのような最初のボタンの掛け違えが少なくありません。自分の明るくない分野ほど、そうした罠に陥っていないか、より上流の齟齬に目を光らせたいものです。少なくとも、発注者の言っていることが「あるべき姿」ではなく、「こうなってほしい絵空事」でないかには注意を払いましょう。自分で判断がつかない場合には、その分野に明るい人間に臆せず聞くことが手っとり早いですし効果的です。
#キーワード
要望、仕様、発注者
(本項担当執筆者:嶋田毅 グロービス出版局長)