ある人から「特定のチームのサポーターになる気持ちが分からない」と言われた私。選手や監督、オーナー会社までが入れ替わるチームを愛するのは、そのチームの“あの時”が心の中にあるからだ。(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年11月20日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)
「特定のチームのサポーターになるって気持ちが分からない」
知人の男性が言った。「特定の選手のファンなら分かる」、彼はそう続けた。
選手は1人、成長もすれば苦悩もするが、違う人に入れ替わることはない。しかし、チームでは所属選手は毎年入れ替わり、監督も交代し、昨今ではオーナー会社さえも替わってしまう。地元ならご当地意識でサポーターになるかもしれないが、時には非地元民でさえもサポーターになってしまうのが不思議だと言うのだ。
「なぜチームのサポーターになるのか?」
Jリーグ浦和レッドダイヤモンズ(レッズ)のサポーター、自称“レッズラー”の私はこう答えた。
「レッズサポーターになったのは、“あの時”のカタチにハマったからだな」
“あの時”とのズレを怒るサポーター
“あの時”とは、レッズの看板選手だった小野伸二選手(現・VfLボーフム所属)がオランダのフェイエノールトに移籍した後の2002年シーズン。
当時、レッズには山田暢久選手、田中達也選手、エメルソン選手、永井雄一郎選手ら逸材が集結していた。彼らはまさに“やり”のように敵陣へと突っ込む、“縦”に動くタイプだった。さらに2003年に長谷部誠選手が入団、2004年には三都主アレサンドロ選手が加わり、サイドからのやりも増えた。熱血漢の闘莉王選手も2004年に移籍してきた。
この時代の、怒濤(どとう)のように前へ前へと攻め込む浦和レッズはすごかった。レッズがボールを取ると、「何かが起こる」という期待がスタジアムを走ったのだ。
そして成績もついてきた。2003年はリーグ6位、その年のナビスコ杯で優勝。2004年はリーグ2位、2005年も2位だったが天皇杯で優勝した。私の“あの時”はこのころのピッチにある。
私とは違い、“ミスター・レッズ”こと福田正博選手が活躍した1990年代にも、“あの時”の思いを持つサポーターがいる。サポーターとはそれぞれの心に“あの時”を持つ生き物、「“あの時”のカタチと、今がズレていないか?」、それを毎試合測る。ズレていれば勝ったとしても納得しない。しかし、負けても近付いていると思えば、黙って見守る。それがサポーター心理だ。
負けてもカタルシスがあれば
そのレッズサポーターたち、「試合に勝ってもブーイング」したことで話題になった。11月3日、天皇杯4回戦でJ2の愛媛FCに延長戦の末、1対0で辛勝した試合だ。低調な試合運びに不満を抱いたサポーターたちが、レッズの選手に容赦なくブーイングを浴びせた。選手の中にも「勝ったのになぜ?」という気持ちが広がり、闘莉王選手のようにサポーターに詰め寄った人もいた。
「分かってないな」
そう私はつぶやいた。サポーターは勝ち負けだけで喜ぶような単純な集団ではない。試合の勝敗よりも、“あの時”とのズレで怒るのだ。サポーターそれぞれが思い描いていた“あの時”の動きとは程遠い選手の姿を見て、実にふがいないと思ったのだ。
2009浦和レッズサポーターカレンダー(浦和レッズ公式Webサイトより)
試合に負けたとしてもカタルシスのある試合ならサポーターは付いてくる。
その好例は“ドーハの悲劇”だ。1993年のワールドカップ予選最終戦、勝てば日本代表のワールドカップ進出が決まったイラク戦で、ロスタイムに同点ゴールを決められ予選敗退が決まった。
深夜に行われた試合の翌日、会社に行けるかどうか分からなかった。駅のホームでスポーツ紙を開く人々を見て、「のんきにもほどがある。何て無神経なんだろう」と思った。会社に着くと「郷さん、今日大丈夫?」と課長が声をかけてくれた。
しかし、ドーハの悲劇はサッカーファンを減らさず、増やすことに成功した。負のカタルシスもサポーターを育てる。スポーツビジネスの顧客満足とは“あの時”のメモリーを共有すること。最近の日本代表の試合が人気薄なのは、正も負もカタルシスが少ないからだ。
縦に向かう力
大応援旗と認定ピンバッジ(浦和レッズ公式Webサイトより)
レッズの2008年のスローガンは「再びあの場所へ、共に闘おう」。その言葉は、ビジネスとしてもサポーター獲得戦略の起点となる。サポーターの“あの時”を作り、心を囲い込む。リーグトップの収入を誇るレッズの戦略を見てみよう。
サポーターの象徴である“大応援旗”。浦和レッズの本拠地、埼玉スタジアムでは無数の旗が振られるのだが、それには理由がある。オフィシャル・サポーターズ・クラブの登録をすると公認サポーターズ・フラッグ(大応援旗)がもらえるのだが、オフィシャル・サポーターズ・クラブの特典はこれと「認定カード」「認定ピンバッジ」「認定ステッカー」だけ。しかしこれだけに絞り込んで、サポーターに利用してもらうことで、「みんな気持ちは一緒」というメッセージが貫きやすくなる。
そして大切なのは“縦”に向かう力を、フィールドだけではなくビジネスにおいても組織全員が持っていること。2002年に社長に就任し、レッズ躍進の原動力となった犬飼基昭さんはこう語る。
「サッカーというのは、縦にいって敵のバックと味方がファイトして、またその勝負したあと、縦に行ってゴールを目指すというのが基本なんです」(浦和スポーツ 2004年1月10日号より)
“縦”も“やり”も元は犬飼さんが広めた言葉。攻める意識の高い選手を選び、監督を抜擢(ばってき)してきた。試合も事業戦略も縦に行く勇気を持てたのは、彼の功績に違いない。
犬飼さんはレッズの業績を高めた後、2008年からは日本サッカー協会の会長となった。協会でも、バックパス禁止令やJリーグ秋開幕制度の提案など“世論喚起”をして縦に走り続けている。その提案には賛否両論があるが、先頭が縦に走る姿勢を見せていれば、サポーターが離れるということはないだろう。
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