照明であると同時にUSBハブでもあり、オブジェでもある「USB link light CU62D」。高い技術力を持つメーカーが、デザイナーと共同で開発したからこそできた“異色の商品”だ。
(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年10月2日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)
クルマから建築、ゲームまで……さまざまな分野でデザイナーと製作現場との対立は起こる。理想を語るデザイナー、コストや技術面の制約から限界を主張する現場。それは、創業56年の老舗メーカー、シルバー精工でも例外ではなかった。
かつて電子編機やタイプライターで名機を産み出してきたシルバー精工。しかし、その技術力の高さがアダとなり、高性能だけを求めているわけではない消費者にはなかなか受け入れられなかったという悩みがあった。そこでデザイナーとの共同開発を試したものの、その道のりにはさまざまな困難が待ち受けていたのだ。
しかし、本にすると何冊分にもなる物語を経て、消費者のハートにデザインで訴えかけられるような“感性商品”開発が軌道に乗ってきた。その結晶の1つが9月に発売したばかりの「USB link light CU62D」だ。
CU62Dは、シルバー精工のconof.(“心地のよいオフィス”の短縮語)ブランドから発売したデスクライト。デザインを担当する株式会社colorのシラスノリユキさんと佐藤徹さん、シルバー精工マーケティング担当の甑(こしき)ひとみさんを取材すると、そこには心地よく聞きほれるような物語があった。
CU62Dのココチヨサ
照明であると同時にUSBハブでもあり、オブジェでもあるCU62D。ライトは省エネ性能の高いインバーターランプを搭載、ランプ部分は270度回転するので、壁を照らす間接照明にもなる。
フタをスライドさせるとUSBポートが2基現れる。ここでiPodや携帯電話、ニンテンドーDSなどの充電ができるほか、PCとのデータ転送も可能(iPodの充電用アダプタは11月下旬完成予定で、購入者には郵送で無償配布)。また背面にはコンセントがあり、ほかの電力機器も使用できる。デスク上のうねうねコードを消してくれるので、机の上がスッキリする。ちなみに私の相棒Cherryさんも、このCU62Dにゾッコンだ。
スライドすると現れるUSBポート(上)、このボタンでライトをつける(下、撮影:甑ひとみさん)
国際デザイン見本市で大人気
「初日からアタマがもげたんです」
そう笑いながら話してくれたのはcolorのシラスさん。それは2007年秋に開かれたインテリアデザインの国際見本市「100%デザイン東京」で、CU62Dの試作品を出品した時のこと。来る人来る人がフタをスライドさせてはUSBポートを確認し、ランプ部分を回してはホホウと言う。「これはいけるぞ!」と確信したが、ランプ部分は回され過ぎて展示初日にもげてしまった。
アタマがもげない構造、照明をつけてスライドさせた時に倒れない重量バランス。そのデザインを実現するために、技術面で力を発揮したのがシルバー精工の開発陣だ。
シルバー精工とcolorはどのようにして出会ったのだろうか?
左から佐藤徹さん、甑ひとみさん、シラスノリユキさん
きっかけはLEDランプとサイクロン掃除機
そもそもは2005年、デザイナー村田智明さんのデザインブランド「メタフィス」に、デザイン家電参入を企画していたシルバー精工が参加したことから始まった。メタフィスではブランドコンセプトに共感したパートナー企業が参画し、家電やオフィス用品、文具などを製造・販売する。そこで生まれたのがLEDランプ「hono」とコードレスサイクロン掃除機「uzu(ウズ)」だった。
LEDランプ「hono」(上)、コードレスサイクロン掃除機「uzu(ウズ)」(下)
それまでのシルバー精工の商品開発は1台数十万円以上もする業務用製品がメイン。ネットやショップで売るB2C商品を開発した経験は乏しかった。慣れないデザインを扱うため、工場は苦労の連続。何とか乗り越えて販売にこぎつけたが、課題があった。
それはメタフィスが村田智明さんのブランドであり、シルバー精工のブランドではないことだ。製造だけの黒子では企業変革はできない。自前のブランド作りが必要だと痛感した。
イベントで隣のブースになったことがきっかけ
次のきっかけは2005年秋の100%デザイン東京。シルバー精工のブースの隣で、「n.o.l.」がデザイン商品を展示していた。n.o.l.は三菱電機から独立したデザイナー・ユニット。そこにシラスさん、佐藤さんがいた。シルバー精工のマーケティング担当者がn.o.l.のコンセプトに共感したことから、共同商品の開発が始まった。
最初のテーマとなったのはシュレッダー。しかし当初、工場には“デザイナーアレルギー”がまん延していた。「またデザイナーがややこしい注文を出してくる」と白い眼が並んでいたのだ。シュレッダーと言えば「何十万円もする四角くて重いもの」というB2B製品の常識も邪魔をした。それを打ち壊していくためには、スケッチでプレゼンをするだけではダメだった。
「製品のモックアップ(模型)だけで50個は作りましたね」とシラスさんは笑って語る。モックアップといっても、どこかに発注するわけではない。発泡スチロールで柱を作り、のり巻きのようにくるくるケント紙で巻いて、絶妙な太さとなるよう何度も自作した。最終製品と同じモデルを作らないと工場には分かってもらえないからだ。カーブのR、色、手触りだけでなく、想定重量のおもりを入れて重量感までこだわった。
シュレッダー「conof. CS56D」
その姿勢に次第に工場の技術者たちも引き付けられていった。スタイリッシュなシュレッダーの試作品をオフィス機器展「OFMEX」で展示すると、来場者の反応がすこぶる良かった。それを目の当たりにして、技術者の意識が変わった。
「ここの部位のヒケ(へこみ)が納得できない」。製品化の際の加工精度でデザイナーがOKを出しても、工場側がクレームを付ける。中国の製造拠点の担当者は、滞在予定を大幅に延ばし年末年始返上で張り付き、2007年3月に販売を開始した。
開発の源流にダイソンあり
color(n.o.l.から法人化)のデザイナー2人がメーカー(三菱電機)出身だったことは、工場の現場を理解する上で大きな利点となった。conof.ブランドでは、製品開発だけでなく、ブランドマネジメントからウェブデザイン、パンフレット制作、POP制作まで、2人が一貫して担当している。