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未来の食はパーソナライズ化に向かう#1 ~DXが変える「食のシーン」~

投稿日:2022/01/31更新日:2022/09/02

近年、デジタルトランスフォーメーション(以降、DX) によるあらゆる業界のディスラプション(破壊)が始まっています。私たちの日常と密接にかかわる「食」も例外ではありません。今回の連載では新たな時代に求められる、「食のDX」により「地球」の健康(サステナビリティ)と「体」の健康と「心」の豊かさの3つのバランスを保ち、一人ひとりにパーソナライズされた食の世界を実現する方法を探っていきます。第1回は2040年の未来の食のあるべき姿や、DXにより解決できる食の社会課題の現状について取り上げます。

※本稿は、グロービス経営大学院教員の垣岡淳の指導のもと、多様な業種で構成された5人の社会人大学院生(福野、宇田、北川、小林、吉田)が調査・研究を行った結果に基づいています。

1.食業界の抱える課題—「地球」「体」「心」のバランスを実現する未来へ

DXはもともとウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授が2004年に提唱した概念であり、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と定義されています。このDXの中でも現在注目が集まっているのが食業界の変革への活用です。「食のDX」に期待される効果としては3つあります。

①体や生活の質を変革できる

1つ目は、食事は私たちの日常と密接にかかわっているため、胃袋を満たすだけではなく、体の健康を作り、幸せを生み出す効能がある点によるものです。食の変革は消費者の一時の食事「体験」を変えるだけでなく、心身共に活力のある豊かな生活を実現させる可能性があるのです。

②社会課題を解決できる

2つ目に、食の課題解決は社会課題の解決につながるという点です。そもそも現状のフードシステムは、その過程の中で気候変動(農業や畜産業からのCO2排出)、食糧危機(人口増加、漁獲資源の減少、フードロス )、環境汚染(水資源枯渇、農薬や肥料による土壌汚染、プラスチック問題、森林伐採)などの地球全体のサステナビリティにまつわる課題を抱えています。こうした「地球のため」のサステナビリティへの世界からの関心は高まる一方であり、食業界は解決に向けた対応が急がれているのです。

現状のフードシステムが抱える課題には他に、健康(先進国での肥満や疾患、途上国での栄養不足、フレイル*)、都市化・グローバル化(孤食化、食文化の消失、食の多様性の縮小)などのウェルビーイングにまつわるものもあります。これらの課題は、SDGs達成に向けて解決への取り組みが世界で進んでいるテーマです。また、フードシステムが抱える課題以外に高齢化や医療費拡大といったリスクの重要性も増していますが、食はこういった人々の「体のため」の健康や、幸福や人間性を構築していく「心のため」のウェルビーイングに深くかかわっています。

  *フレイル:心身機能が低下した虚弱状態のこと。健康状態から要介護状態へと至る間に位置するとされる。

より豊かで自由な食生活が追求されていくにつれ、今後「地球」の健康(サステナビリティ)と「体」の健康を実現することは、あらゆる物事の前提となる、いわば本質的な機能として求められます。その上で、食生活の質を高めるための表層機能として「心」の豊かさの実現が必要です。この3つのバランスを実現できるかどうかは、未来の食のあるべき姿を決める重要なポイントとなります。

 図1 食の3つのバランス(筆者作成)

サプライヤーの収益性を担保しつつ、課題が解決できる

3つ目に、サプライヤーの抱える課題の解決を可能にする点です。近年、CO2排出削減に対する関心は高まっていますが、各企業の排出量に対する明確なルール、罰則の規定にはまだ未整備な部分も多いのが現状です。企業にとっては、コストを負担してまでCO2削減に取り組むインセンティブもあまりなく、連携した業界や国全体での取り組みが滞り、時にその負担は消費者や政府が負うことにもなってしまっています。このように食の社会課題は、利潤とトレードオフの関係となることから、取り組みが進みにくいという特徴があります。

①~③まで食業界の変革により得られるであろう成果を見てきましたが、実現のためには、バリューチェーンを可視化・効率化し、収益性と各社の公平性を担保することで、食の業界全体で取り組める構造へと変革することが必要です。ここで必要となるのがDXです。では、食のDXによって、具体的にどんな世界が実現されるのでしょうか。

2.食へのDX活用

本稿では食のDXを「食の業界に関わるプレイヤーが、業界の枠組みを超え、地球と人々の健康を守りつつ、デジタル技術を活用して多様な価値観に応えることで、“豊かで自由な食生活”を叶え、人々の幸福を実現すること」と定義します。私たちは、現在の「消費者の食生活」、それを実現する「現在の食業界」のそれぞれがDXに変革され、より良い姿になっていくと考えているのです。

 図2 食におけるDXの活用(筆者作成)

「より良い姿」とは、今まで解決できなかった社会課題へのアプローチを行ったり、個人のより豊かな楽しみを実現したりできる「心」「体」「地球」のバランスがとれた姿のことです。例えば、テクノロジーによって需要予測の精度が高まるとします。すると、在庫ロスや機会ロスが削減されてフードロスの発生量が低下したり、個別ニーズに合わせた少量多品種のロングテールな製品・サービスへ細やかに対応したりすることが可能となっていきます。DXによって変革された未来の食のライフスタイルとして、先述の3つのバランスを踏まえて以下のような進展が今後予想されます。

 図3 食のライフスタイルの各フェーズ(筆者作成)

消費者一人ひとりの個別ニーズの範囲は広く、かつ①~③との一貫性を持たせて未来の食のライフスタイルを実現するためには、顧客へ提供する食のパーソナライズ化が高い精度で必要となります。そのためには、DXによる食業界のディスラプションは避けて通れないのです。

 図4 食のロングテールなニーズへの対応(筆者作成)

3.DXによって変わる未来の食のシーン

先述の様に、未来では「地球に優しく」、「体を快適に」、「心を豊かに」の3つのバランスを実現する食のパーソナライズ化が進むと考えられます。私たち消費者が体験できるであろう未来の1つの食シーンを紹介します。

週末の友人とのランチ会。いつものように、自宅の食卓からデジタル空間にアバターで入る。

そこは友人達と3年前に集まりランチをした思い出のイタリアンだ。結婚してアメリカにいる友人もいれば、先月中国に行った友人もいる。当時は参加できなかった友人も、今回は参加できたようだ。離れてもデジタル空間上なら気軽に集まれるのはありがたい。

自動で投影される3年前の写真に、当時の雰囲気を思い出し自然と会話が盛り上がる。当時と同じピッツァを注文し、場所だけでなく味もタイムスリップ。一度食事をすれば、次回からその味を再現してくれるサービスは最近始まった。各自の自宅の近所にあるデリバリーセンターから届いたピッツァほかの料理は、味や食感は当時を再現しながら、今の私の健康状態を踏まえた栄養素を摂取できるようになっている。更に今の私の嗜好との合致度や、料理ができあがるまでの環境配慮指数といった情報も確認できるのだから安心だ。

そろそろデザートを、という頃、一人の友人が話題のイタリアンプリンのレシピを共有した。各自で自宅キッチンにレシピを登録し、家電ロボットによってすぐに作られたそれを味わう。

その後は友人がおすすめするカフェにデジタル上で移動し、ショップのおすすめレシピを購入する。自宅の3Dフードプリンターに登録すると、豆が生成された。それぞれがその豆でコーヒーを淹れ、一緒に飲みながら引き続き近況を語りあう。

食後は、体数値、心数値を各自が手元で簡単に確認。次回の集まりについて話していると、今回と同じようにデジタル上で食を楽しむお店や食事の候補とともに、リアルだからこそ楽しめるような場での食の体験方法の提案も受けた。また候補を絞ってみよう、と言いながら会を終了する。

 図5 未来の食のシーン(イメージ)(筆者作成)

このように、毎日の3食、たまの贅沢と多様な食事のシーンにおいて、健康や環境を気にする食事と消費者の嗜好の選択を残した心地よいバランスが得られる時代が来るのではないでしょうか。

では、こういった食のパーソナライズ化された世界を実現するために、必要なものは何でしょうか。サプライヤーサイドに求められる難所を中心として、次回解説していきます。

<参考文献>

  • 総務省「平成30年版 情報通信白書」
  • ヨハン・ロックストローム; マティアス・クルム(英語版)、谷淳也, 森秀行訳 『小さな地球の大きな世界 プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発』 丸善出版、2018年

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