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探求:TDKの技術経営 vol.4 技術と事業の「目利き力」の磨き方

投稿日:2021/09/24更新日:2021/10/09

近年グローバル企業として急成長しているTDK。シリーズ「探求:TDKの技術経営」のvol.3「新事業創出の困難とベンチャースピリッツ」では、研究開発におけるキーパーソンの重要性などについてTDKの松岡大執行役員(前:技術・知財本部長、現:Chief Officer of Quality, Safety and Environment)にお話しを伺いました。今回はさらに踏み込んで、技術や事業に対する「目利き力」をどう磨くかという点について、グロービス経営大学院教員の金子浩明がインタビューします(全5回、第4回)。

CTOの「譲れない部分」_

金子:前回の第3回では、事業をつくるうえでは、キーパーソンの存在や機能対等の社風が重要だというお話がありました。ここで話を変えて、イノベーションを生み出すためのマネジメントの仕組みについて伺いたいと思います。私は以前ステージゲート法(研究開発の投資対効果を高めるために、テーマを段階的に絞り込み、状況に応じて修正していく管理手法)について研究したことがありますが、こうした手法を用いるときの留意点について教えてください。

松岡:弊社もステージゲート方式は使っています。それが有効かどうかは、結局のところ、誰がどう運用するかで決まると思います。その仕組み自体は悪いと思っていません。ただ、どこにフォーカスしたいとか、何をやりたいかというのは、はっきりしないといけない。その上で、CTOとして「ここは譲れない」ということはあります。例えば、ムーアの法則(半導体の微細化に関する法則的な事実)を超えるような、夢想的に思える技術開発の提案があったとします。できるかどうかわからないから、会社からの評判は最悪です。しかし、技術屋として見たときに「これは芽があるな」という場合は、とにかく守ります。

金子:目利きが重要ですね。目利きといっても、勘みたいなものが入ってきますが。

松岡:勘です(笑)。特に成功確率が見えにくいテーマを守るときは。こんなことを言ったら、怒られるのですが。TDKぐらいの規模の会社ならば、勘や意志に頼らない仕組みを作らなくてはいけないというのが、一般的な見方でしょう。それには同意する一方で、やはり仕組みだけではうまくいかないな、と思います。

金子:私の同僚が以前、化学メーカーの新規事業の有名な成功事例を5〜6例ほど調べたことがあります。インタビューの結果、導いた結論は「社内にパトロンがいた」ということでした。CTOなのか事業部長か分かりませんが、そういう人がいたから、最初は芽が出なかったけれども、最後は大きく花開いた。

松岡:おっしゃるとおりです。同業他社の話ですけど、村田製作所の社長になられた中島規巨さんの講演会を一度聞いたことがあります。通信モジュールをやってきた方で、社内では「モジュールなんて全然儲からないから、やめろ」と言われていたらしいです。だけど、前社長である村田会長は「いろいろ言われているけど、俺はお前を信じているから」と言ってくれたというのです。これは分かりやすいパトロンですよね。それに社内でもっとも目利き力があるのはトップです。社長がいけると思ったら、多分いけます。なぜなら、トップは他の会社のトップとも話をしますし、投資家とも話をします。情報量が違います。

私も技術関係に関しては、相当な数の他社のCTOと連携していますから、技術の動向はそれなりに分かるわけです。そうすると、どの技術がいつごろ来るか、というのが自分なりに予測できます。ただし、ある技術が花開く、というのは分かるのですが、事業として成立するかどうかについては、社長のほうが一枚も二枚も上手だと思います。

金子:どういう経歴の人が社長になるかというのは、会社の個性を表していると思います。例えば、消費財大手の花王の場合は技術出身で、それも生産ではなく研究系の人が社長になっています。一般的に、消費財メーカーはマーケターが社長になることが多いので、珍しいです。ある食品メーカーは創業以来、トップは文系、ナンバー2が技術系という棲み分けを長くしてきました。しかし、最近はナンバー2も技術系ではなくなってしまいましたが。

松岡:それは危ない気がします。

「顔を合わせ続ける」ことで生まれる力

金子:製造業の経営者は、技術の目利きと事業の目利きの、両方を備えてないといけないわけですよね。

松岡:私はそう思います。特に事業としての目利きですよね。それが重要だと思います。

金子:(元TDK会長の)上釜さんのお話を聞いて思ったのが、M&Aの目利き力のすごさです。エンジニア出身ですが、事業の勘が鋭い。

松岡:SAWフィルター(_スマートフォンなどの無線通信で用いる基幹部品のひとつ)をクアルコムに売却した話は有名です。事業としては儲かっていましたが、あのタイミングで価値をつけて売ってしまった。そのとき、上釜さんに何を考えているのか聞いたんです。そうしたら「簡単な話だぞ」と言われました。「このままSAWフィルターをやっていたら、次はどうしたくなる?アンテナ関係のIC(集積回路)を含めたスイッチが欲しくなるだろ、モジュールにしたくなるよな」と。そして「それはTDKにできるのか?」と言われました。たしかに、過去を振り返ると当社は半導体で何度か失敗しています。

この事業が半導体の方向に行くのであれば、将来的に当社が勝つのは難しい。ちょうどクアルコムといい関係を構築できていたので、将来のことを考えて事業を売却したほうがいいと判断したのです。そこで得たキャッシュは別のところで使えばいいですから。

金子:上手くいっている事業を売るのは、勇気がいります。

松岡:普通はそうです。上釜さんは手書きで紙にこれとこれとこうなるだろ、と見せてくれることがあります。大抵、その通りになるんですよ。なぜ分かるんですか、と聞いたら、「こういうのは、色々な人と会って話してみなくては分からない」と言われました。上釜さんは、とにかく人と会っていますからね。会って、必ず食事をするんです。もし未来の事業を作るための仕組みをつくるのであれば、経営レベルの人は様々な会社の人と食事をして語り合う、というのが案外大事かもしれません。

金子:社長だけではなくて、会社の将来を担う営業職や技術者にとっても、同じことが言えそうですね。

松岡:同じです。先日他社のCTOたちと会ったときに、若い人たちにもそういう機会を与えないとまずいよね、という話になりました。今、コロナ禍で在宅が増えたこともあり、会社の枠を超えて各社から数名出し、ひとつの課題を与えて、アイディアソン的な取り組みをやりはじめています。会社の壁を外せ、とにかく繋がれ、面白そうなことができる人々を集めて、世の中を変えてみろ、ということです。

第4回(今回)のポイント
●事業や技術への投資や売却の判断には、マネジメントの仕組みはもちろんのこと、社長やCTOの「目利き力」が重要
●目利き力の源泉は、社内外から得られる情報の質と量。つまるところ「色々な人と会って話してみなくては分からない」
●若手にもそうした機会を提供している(企業を超えてアイディアソンをするなど)

取材協力:池田 恒一郎(TDK株式会社)、文・編集:金子 浩明(グロービス)

 

※シリーズ「探求:TDKの技術経営」の記事はこちらです。

vol.1 研究開発部門のグローバル戦略とは

vol.2 生き続ける「社是」の役割

vol.3 新事業創出の困難とベンチャースピリッツ

vol.5 コアは何か、開発テーマの創出法

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