近年グローバル企業として急成長しているTDK。昭和に青春を過ごした世代には音楽用カセットテープのイメージが強いかもしれませんが、現在カセットテープ事業は売却。国内での一般的な知名度と逆行するように、同社の売上高は15年前の約2倍、海外企業のM&Aを通じて成長しています。「創造によって文化、産業に貢献する」という社是を持つ同社の企業戦略の裏側には、どのような技術経営(MOT:Management of Technology)の戦略があったのでしょうか。TDKの松岡大 執行役員(前:技術・知財本部長、現:Chief Officer of Quality, Safety and Environment)に、グロービス経営大学院教員の金子浩明がインタビューします。(全5回、第1回)
第1回:研究開発部門のグローバル体制をどう構築したか
第2回:「社是」は技術経営と結びつくのか
第3回:新製品・新事業を創出する困難にどう挑むか
第4回:技術と事業の「目利き力」の磨き方
第5回:「コア」を生かす、開発テーマの創出法
欠かせない人口動態への視点_
金子:今回はCTO(Chief Technology Officer、最高技術責任者)としてこれまでTDKの技術経営戦略の舵取りをされてこられた松岡さんに、技術経営の取り組みについて、伺いたいと思います。
松岡:よろしくお願いいたします。最初に自己紹介をします。私は1991年に新卒でTDKに入社して以来30年近くになります。ですので、他の会社のことは知りません。しかも、MOTの教育を受けて、今のような立場になったわけでもありません。これまで、自分の経験でやってきました。私の話が、一般のビジネスパーソンの方々には全く参考にならないかもしれません。その点はご容赦いただければと思います。
金子:松岡さんのご経験は、製造業だけでなく、最先端のテック企業の動向に関心を持つビジネスパーソンにとっても、非常に意義深いものだと考えています。
松岡:MOT(技術経営)やMBAを意識して経営をしている方は、日本にも多くおられると思います。にもかかわらず、日本のビジネスは全般的にうまくいっていないですよね。個別の企業を見れば、うまくいっているところもありますが、全般的に停滞しています。これは気になるところです。弊社も例外ではありません。金子さんがおっしゃるように、これまで弊社は成長してきましたが、明日からおかしくなっても不思議ではないと思っています。少なくとも私は、そういう危機感を常に持っています。残念なことに、いま、経済がどんどん発展しているのは日本ではありません。基本的に人口が増えている地域です。
少し話が飛びます。そもそも、なぜTDKに入社したのかというと、大学院に進学した頃、家庭に金銭的に余裕がなく、研究室の教授からのご紹介でTDKから奨学金をいただいたことによります。でも、子どものときはお金がありました。父が建設関係の仕事をやっていたので、高度成長期のときは、ものすごく景気がよかった。ところが、いったん建設関係が下火になると状況は一変しました。父は「先がない」ということで店じまいをしたのですが、そうしなかった人たちは大変なことになっていきました。
話を戻すと、なぜ経済的に活性化していくのかというと、人口が増加し、お金を使う人が増えていくからです。ですから、間違いなく中国もいずれ伸びなくなります。その点、アメリカの経済は確実に伸びています。その理由は簡単です。いまだに人口が増えているからです。
金子:たしかにアメリカの人口は、中南米系を中心に増えています。
松岡:だからサンノゼとか南のほうは経済が伸びる。インドもどんどん人口が増えていますし、アフリカも人口が増えていますから間違いなく伸びます。これは技術経営の話というよりは、そういうマーケットがあるところは強いということです。当社がR&Dをグローバルに置いている理由はそこなのです。日本だけでは成長しません。
金子:日本だけに研究開発拠点を置いていると、日本の成熟したマーケットに対応するということが優先されがちなので、研究開発拠点も成長市場に置くという話になるのでしょうか。
松岡:基本はその通りです。地域ごとにターゲットとしているマーケットがあり、各地の研究所はそこにフォーカスしています。例えば、アメリカのサンノゼにはICT関係の研究所があります。ソフトウェアも含め、ICT分野の開発拠点を置いています。ただサンノゼは人件費も場所代も高いので、どちらかというと情報収集のアンテナ基地の位置づけです。それは、世界で最先端の研究をしている人たちとのネットワークを構築し、現地でしか得られない情報を得ることです。
金子:サンノゼにICTの研究所を置かれているのは、市場の特徴に加えて、その国が強い技術分野も併せて考えておられるのでしょうか。
松岡:そうです。例えばドイツは、自動車関係が強い国ですので、自動車関係の研究開発拠点を置いています。イスラエルは研究所というよりも、スタートアップを探す機能を持っています。
金子:IBMも、ミュンヘンのBMWの近くに車関係の研究所を置いていましたね。その国ごとの特徴を踏まえて研究所を置いていらっしゃる。ところで日本では、いかがでしょうか。近隣大学とも連携をされていますか。
松岡:日本は特に材料に強みを出すような位置づけにしています。大学だけに限らず、国の研究機関含めて、深くお付き合いしています。我々単独では、何もできないですから。海外も同様です。ドイツはフラウンホーファー研究所、サンノゼだったらスタンフォード大学、UCバークレーなど、いろいろな研究型大学と連携しています。海外の優秀な人材はそうしたところで学びながらキャリアを歩むというのが一般的ですので、優秀な人材との接点を得るには、こうした連携が必要です。
変容する研究者のマネジメント
金子:そうなると、日本から人材を送るより、海外に研究所を建てて採用する方が合理的ですね。
松岡:その通りです。現地で採用していますし、既に全社の日本人は10%もおりません。ただ研究所はまだ日本人が多く、少人数ながら、徐々に国を越えた異動をしています。今、コロナで動かせないのですが、できる限りやっている状況です。
金子:日本人が現地の研究者と一緒に働いている。そうなると、研究者のマネジメントも日本人中心でやるのとだいぶ違ってきますね。
松岡:全然違います。マネジメントをしていないって言ったほうが近いかもしれません(笑)
金子:海外ではミッション単位の契約を求める人が多い。特にアメリカはそういう傾向があるように思います。
松岡:おっしゃる通りです。日本は今も終身雇用のベースでやっていますが、アメリカは基本的にジョブディスクリプションがきちんとしています。例えば1年に1回契約に対して、何%アチーブメントした、というような交渉をやりながら、研究員を評価しないといけない。それをしないと、あとで大変なことになります。
金子:最初にお互いの役割をきちんと確認して、最後はそれに沿って評価をする―これを繰り返すのが重要ということですね。
松岡:その通りです、海外は特にそうです。いま、国内も徐々にそうした動きになってきていますので、いずれ、スタンダードがそうなりますよね。だからこそ、重要になるのが社是、社訓なのです。
金子:なぜTDKに入るのか。社是、社訓がなければ、会社や仲間のために何とかしようという気持ちは強まらないですよね。次回は社是について教えていただければと思います。
●人口が増加する市場にチャンスがあるのは必然、グローバルに出ていく必要がある。
●研究拠点は、その産業が盛んな国・地域に置く。大学とも連携する。
●ジョブ型雇用の世界では社是、社訓の重要さが増す。
取材協力:池田 恒一郎(TDK株式会社)、文・編集:金子 浩明(グロービス)
◆シリーズ「探求:TDKの技術経営」の記事はこちらです。