近年グローバル企業として急成長しているTDK。シリーズ「探求:TDKの技術経営」のVol.2「生き続ける社是の役割」では、創業からの精神を次世代の経営者に引き継ぐ意義について松岡大 執行役員(前:技術・知財本部長、現:Chief Officer of Quality, Safety and Environment)に語っていただきました。今回はベンチャー精神を武器としながら、新事業・新製品を生み出す困難にいかに挑むべきなのか、グロービス経営大学院教員の金子浩明が松岡執行役員にインタビューをします。(全5回、第3回)
成功の裏にキーパーソンあり
金子:前回は歴史を紐解き、創業時のエピソードから社是の重要性について伺いました。今回は、新製品や新事業を生み出す困難にどう挑むのかについて伺いたいと思います。TDKの歴史をひも解くと、ラジオのフェライトで伸びて、ラジオが衰退したら次はブラウン管のフェライトで伸びて、カセットテープで爆発的に成長しました。しかし、やがてカセットテープもブラウン管も衰退してしまいます。ハードディスクの磁気ヘッドもパソコンの伸びで成長しますが、スマホへの置き換えで民生用は縮小しています。このように、事業が衰退するたびに、代わりとなる新事業が成長するということを繰り返しています。この点は大変興味深いです。どうしてこうしたことが可能なのか、教えていただけますでしょうか。
松岡:これらの事業は、全て「磁性」に関係しています。磁性に関する技術の基盤があり、それを様々な用途に応用してきました。フェライトをはじめとした磁性の懐の深さだと思います。
金子:製造からスタートした会社ということで、磁性に関するコア技術は製造の部分に集中しているのでしょうか。
松岡:それは変遷しています。例えばフェライトの最初は粉末冶金の技術です。粉を固めて焼くということですが、粉の形を自由自在に変えることによって、オーディオテープにたどり着くわけです。フェライトはもともと粉なので、測り売りのような値段の付け方をずっとされていました。そこで「俺がこの価値を1,000倍にしてやる」と言い出した人がいた。そこで生み出されたのが巻かないコイル(積層チップインダクタ)です。成功の裏側にはキーパーソンがいます。彼らのアイディアと強力な推進力によって、周囲が巻き込まれていきました。
オーディオテープは今岡保郎さん、チップコイルは高谷稔さん、ハードディスクの磁気ヘッドは上釜健宏さん(元TDK会長)というように、キーパーソンが必ず挙がる。たいてい強烈なキャラクターの人です。ここまで売上が拡大した商品でなくても、社内の至るところにアントレプレナーがいて新事業を作っていったのです。
金子:新事業を次々生み出している御社でも、事業が生まれる際には「本当にできるのか?」という声が上がるのでしょうか。
松岡:そうです。弊社には「機能対等」という言葉があります。モノを量産していくときには、技術が設計をします。購買は調達を行い、品質については品質保証部がチェックして、「儲かるの?」という話は経理がします。そうした各機能の代表が集まってレビューをするわけです。技術系の人間はわりと若いメンバーが製品を設計するので、せいぜい係長クラスが出席している。ところが、他の部門は部長とか、最低でも課長が出席しています。
でも、それぞれの代表としてレビューに参加するときは立場が対等なのです。それぞれの部門を背負って議論するので、レビュー会議は侃々諤々ですよ。議論を思いっきりやって、皆で言い尽くして決まったことは一斉にアクションを起こす、ということが約束ごとのようになっていました。文句はその場で言え、というわけで一度決まったら進むだけです。
金子:以前は「機能対等」で本音の議論をしていたわけですね。今はどうですか?
松岡:今はだいぶスマートになってきました。
金子:様々なデータをもとに、合理的な意思決定をしようということですか?
松岡:そうするようになってきていますが、僕は少し違うと思っているのです。これを言うといつも社長にも怒られるのですが、事業は人が作るものです。ビジネスのツールや業務システムなどの仕組みによって作られるものではありません。新しい事業を起こすときには、ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクなど、とんでもない人物がいます。理屈や計算よりも、「こんな世界にしたい」というビジョンが先行していて、そこに巻きこまれる人たちがいる。だから、どれだけ新事業創出の仕組みを作ったとしても、ねらい通りに綺麗にいくことは、ほとんどないと思います。
「現状満足」の危険性
金子:今お話しいただいたことは、私が悩ましいと思っているところです。経営教育でお手伝いしやすいのは、ある程度、ビジネスアイディアの原型があるものです。そうであれば、「収益モデルを明確に」「ターゲットを絞りましょう」などの指摘ができます。しかし、全くのゼロから何かを生み出すのは、簡単ではありません。
松岡:そこが今の日本人に最も欠けているところではないでしょうか。多くの人が現状に満足してしまっているように思います。
金子:大企業から出てくるビジネスプランの多くは、「アメリカでこれが流行っているから」「世界的に環境問題が旬だから」と理由を外に求めたがります。コロナで在宅期間が増え、韓流ドラマが何作もヒットしたので、その理由を分析してみました。共通しているのは、主人公の片側が分かりやすい不幸体験を背負っていることです。経済格差の問題に加えて、南北に分断した朝鮮半島の問題が影を落としています。日本でも昭和50年代までのドラマは、「おしん」などを典型に経済格差の問題がありました。でも今は違いますね。
松岡:それがある種、人口減少にも関わっているという人もいますね。今の社会に満足しているから、恋愛や結婚に積極的になる必要がないと。実際のところは分かりませんが。
金子:そうなってくると日本の研究所発のイノベーションは難しくなりそうですね。
松岡:そう思います。ただし、日本の研究所にはいい人材もいるし、ネタもあるので、イノベーションが産まれなくなるわけではないと思います。しかし、確率や絶対数が減っていきますよね。
金子:CTOとしての松岡さんに伺いたいのは、どうやったら齋藤憲三タイプの技術リーダーが育つのか、ということです。
松岡:これについては簡単で、子どもの時に、ある程度ハングリーな状態に置かれていないと難しいです。私も子どものころにハングリーさを経験しました。小学生のときから父親に建設業の現場に連れていかれ、基礎工事を手伝わされました。それはある意味で教育でした。自分の息子たちは、小さい頃から妻の実家で農業の手伝いをして、お小遣いは働いた対価で稼ぐことを基本にしていました。黙っていてもお小遣いをもらえると、大人になってから「誰かがなんとかしてくれる」と考える人が増えるのではないかと思います。あくまで、個人的な意見ですが。
金子:そうすると、面接の時点である程度わかるということですね。御社のような大企業が日本で採用する技術系の新卒社員については、経済的にはそれなりに恵まれた環境で育った人が多いと思います。そうなると、ハングリーな社員は必然的に少なくなると思いますが、いかがでしょうか。
松岡:おっしゃるとおり、滅多にいないです。だから、技術・知財本部に関しては、日本人の新卒採用はごくわずかです。日本人は事業部に配属しています。事業部は既存の事業を発展させるために人材が必要なので。
金子:事業構想をする人材を新卒採用するよりも、ベンチャー企業を買収して、そのまま経営陣をそこに入れたほうがいいかもしれないですね。
松岡:そうです。そのほうが弊社のカルチャーと合います。もともとベンチャーだからです。買収した電池のATLというベンチャー会社は絶好調ですし、InvenSense社(アメリカのMEMSファブレスメーカーで、2016年にTDKが買収)もそうです。
金子:そうなると、社内ベンチャーで日本人に牽引役を期待するのは厳しいですね。適切な役割を与えればいいのでしょうけれど。
松岡:それでいいんです。そこまで国として立派になったのだから。ここから、もし本当に国力が深刻に低下したら、またそういう状況を「何とかしなくちゃ」という人がたくさん出てきますから。今は中国からどんどんアントレプレナーが出てきていますけど、いずれ出て来なくなるかもしれません。確率的に海外の方がアントレプレナー的な人材に出会える確率が高いこと自体は仕方がないと思っています。
●歴史的に見て「磁性」の技術的な懐の深さが、新事業の基盤になってきた
●マネジメントの仕組みよりも、「機能対等」で、年次や役職関係なく徹底議論。決まったら一斉に動くという社風が重要
●過去の新事業の成功には、創業社長から続いている「ベンチャースピリッツ」を持ったキーパーソンがいる ➡ 社是の重要性
●国内でベンチャースピリッツを持った人物に出会える確率は低い。チャンスは主に海外にある
取材協力:池田 恒一郎(TDK株式会社)、文・編集:金子 浩明(グロービス)
※シリーズ「探求:TDKの技術経営」の記事はこちらです。