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JR九州、危機を乗り越えるリーダーシップ Vol.4 初代社長・石井幸孝氏に聞くリーダーの覚悟

投稿日:2021/09/09

これまで第1「脱・国鉄の組織変革」第2回「新規事業に挑む」第3回「多角化戦略が導いた成長する組織」と、石井氏がスタートから草創期のJR九州においてどのような取り組みを行ってきたかを見てきました。最終回となる第4回では、石井幸孝氏のインタビューや著書から、リーダーのあるべき姿について学んでいきます。

多角化経営が軌道に乗ったJR九州

初年度約1500億円だったグループ全体の売上高は1996年度に約3000億円まで伸び、JR九州は石井氏が社長を務めた10年の間に大きな進化を遂げました。関連事業を手掛けるグループ企業の売上比率は18.2%でしたが、10年間で42.6%まで成長しています。

出典:JR九州20年史 : 1987-2006(2007.9出版) 

そして2016年にJR九州はついに悲願であった東証一部への上場を果たしました。現在のJR九州は運輸事業の収益化を行いながら、多角化経営を進めることで約40社のグループ会社を抱えるに至りました。

コロナ禍以前となる2018年度の数字ですが、JRグループの上場3社(東日本、東海、西日本)はいずれも売上において運輸事業の占める比率が60%を超えるなか、JR九州の運輸事業の比率は40%台となっており、唯一関連事業の売上が運輸事業を上回ったことが分かります。

関連事業の裾野は広がっており近年はM&Aも推進しています。建機分野では「キャタピラー九州」を買収し、佐賀県で有名な飲食・土産店の「萬坊」をグループに加えました。2021年4月には九州地盤の中小企業に投資を行っていく50億円のファンド設立も発表しています。

石井氏は「JR九州はスタートしてから最初の数年間はどん底でしたが、そこから這い上がってきました。多角化経営が順調に進み始めると、新入社員も関連事業を希望して入社してきます。ある程度のところを超えさえすれば、多角化経営というものは自己増殖を始めるものなのです」と語っています。

以前の章で述べたようにJR九州がスタートした当時は、主力の運輸事業に対して関連事業を下に見る傾向がありました。石井氏は新規事業の立ち上げを推進すると共に、関連事業での実績を重視する新たな評価制度も導入しました。こういった取り組みを重ねることで、社員たちの価値観を長期的に変質させていくことに成功したのです。

リーダーが目指すべき組織風土とは?

JR九州の初代社長と会長として発足から15年間経営に携わった石井氏に、トップとしてどのようなリーダーシップを心掛けてきたかについて尋ねたところ、次のような示唆を貰うことができました。

「トップとは常に社員に対して範を示す存在です。たとえ部下が失敗したとしても、しっかり取り組み、真面目にやった結果として起きた失敗については怒ってはなりません。どうすればミスを防げるか、社員と一緒になって、悩むことがもっとも大切となります。

JR九州が成功したのは、社内の風通しを徹底的に良くしたからです。現場の人を大事にする現場第一主義で臨み、常に現場の人たちに『何かあれば言ってくれ』と語り続ける。自発的、意欲的に下から物を言える文化を醸成することが重要であり、そのためにも社長は常に社内に気を配り続けなければなりません。

売上を伸ばすのも、経費削減に取り組むのも、安全に取り組むのも、上からの命令ではなく、自分たちでやるということが貴重なのです。管理するのではなく、意識的、自発的に取り組んでもらう。

日々の行動は自分たちが自覚しなければいけません。みんなが意欲的に、明るく楽しく仕事をやってもらうよう心がける。理屈、理論、ルールといったものがなくてもルールと言えるような社風を生み出すのが社長の役割なのです」

石井氏の姿勢からは失敗を前向きに受け止めながら、ボトムアップ型の組織風土づくりに注力したことが伺えます。この石井氏の考えに近いのが、失敗のマネジメントという経営理論です。この経営理論では、企業における失敗の効用が説かれています。

失敗自体は予期せぬ出来事かもしれませんが、人はその失敗から学習することができます。そして失敗した人には、この出来事から挽回しようとする新たなエネルギーも生まれてきます。失敗から生まれた学習とエネルギーを前向きに活用することで、組織全体の次なる原動力とすることができるのです。

<参考>伊丹敬之/加護野忠男(2003)『ゼミナール経営学入門 第3版』より

失敗から発展していった例として、船舶事業を挙げることができるかもしれません。現在は国際航路が有名になりましたが、最初に就航したのは1991年の国内航路(博多〜平戸〜長崎オランダ村※当時)です。

当初、1年後に就航する釜山との国際航路が厳しいと言われたのに対して、国内航路の方が成功するだろうと目されていました。しかし蓋を開けてみると、国内航路の実際の利用者は当初想定の5〜7割程度に留まり続け、1994年には休航することとなります。

この失敗から船舶事業は国際航路に絞られ、その普及に注力したことが、現在までの国際航路の発展へと繋がりました。国内航路で使っていた高速船は一時神戸市の第三セクターへとリースに出されましたが、後に国際航路の客数が増えたことで、二隻目の高速船として活躍することとなりました。

初代JR九州社長・石井氏が考えるリーダーシップの本質

2021年現在、新型コロナウイルスという世界規模の危機においてJR九州も大きな損害を被っています。石井氏によって埋め込まれた、組織変革のDNAは、現在のJR九州を着実に支えており、今後も変革を重ねることで新しい事業の芽を数多く生み出していくはずです。

私たちは今回の研究プロジェクトを通して、石井氏が持つ率先垂範の姿勢を直接学ぶことができました。崩壊していった国鉄において自らの責任を感じ、そこから仲間と共に再起するためにもJR九州の成功に対して、並々ならぬ覚悟があったのだと感じています。

今年89歳になられる石井氏は現在も国内外の交通や物流の将来像について、積極的に提言を行っています。今もなお、社会をより良くしたいという信念を持って、様々な活動に取り組んでいるのです。この連載の最後として石井氏の上山信一氏との共著『自治体DNA革命 日本型組織を超えて』(東洋経済新報社)から、リーダーシップの本質について書かれた部分を引用し、結びに変えさせて頂きます。

「リーダーシップやガバナンスの発揮の仕方はトップの個性しだいで、さまざまな答えがあって当然。制度や組織のつくり方、運営の仕方などに、ある程度の定石のようなものはあると思いますが、トップの個性が感じられるような、やり方そのものがリーダーシップの一要素だと思うべきでしょう。要はトップの情熱が伝わってくるかどうかがリーダーシップなのだ、ということでしょう。

-中略-

JR九州の民営化をやってきた私の実感も、改革というものは、決して教科書や先行事例のとおりには進みません。やりながら考え、仮説をたて、検証し、違ったなと思ったら常にベストな戦略に勇気をもって変えていく。トップは「朝令暮改」といわれようが、時と次第によっては、機敏な判断が不可欠です。

-中略-

私はよく、『改革を進めるには、まず自分との闘いがある』と言っています。これまで慣れ親しんできた仕事のやり方や常識をどこまで捨てきれるか、勇気が必要なのです。ですから、トップが率先して、『熱意をもってやりきる』というエネルギーを組織のすみずみにまで与え続けなければ、必ず迷いが出ます。迷いが出ると、個々人のベクトルがバラバラになり、組織内の雰囲気も悪くなります。新しいことをやるわけですから、多少の混乱や摩擦が組織内で起こることは覚悟すべきです。最終判断を下すのも責任をとるのも、トップの仕事です」

石井氏と筆者ら(左から緒方太一、川崎弘、宇埜涼子)

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