JR九州、危機を乗り越えるリーダーシップ Vol.1 脱・国鉄の組織変革

2020年から続くコロナ禍で、現在も多くの企業が苦しんでいます。従来の戦略が通じなくなったとき、リーダーは企業をどう変革していけばいいのでしょうか。今回の連載では危機を乗り越え、変革に成功した企業として『膨大な赤字を乗り越えた草創期のJR九州』を取り上げます。組織変革とリーダーシップの重要なポイントについて、JR九州の初代社長を務めた石井幸孝氏へのインタビューを踏まえながら、4回の連載で解説していきます。

石井幸孝氏 JR九州初代社長 
1932年広島県生まれ。戦中戦後は東京で育ち東京大学工学部を卒業後、国鉄入社。本社車両設計などを経て首都圏本部長、九州総局長を歴任し、国鉄改革に携わる。1987年JR九州の初代代表取締役社長に就任。多角化経営に取り組み、経営を軌道に乗せた。著書も多数。

※本連載はグロービス経営大学院に在籍した3名(宇埜・緒方・川崎)が金子浩明講師の元、研究プロジェクトとして取り組んだ成果をまとめたものです。

288億円の営業損失からの出発、成長してきたJR九州

JR九州は2020年度にコロナ禍の影響を大きく受け、228億円の営業損失(2021年3月期決算)という危機に瀕しています。しかし、歴史を紐解くとJR九州は国鉄から分割された開業初年度(1987年度)にも288億円の営業損失を計上するなど、非常に厳しい業績を経験してきた企業でした。

その後JR九州は開業からの苦境を経て、2016年には株式上場まで至ります。どのようにして開業からの危機的状況を乗り越えてきたのでしょうか。そこで重要な役割を果たしたのは、トップ自らが的確な現状分析を行い、仮説を持って課題解決にあたっていくという姿勢でした。

JRグループの前身である国鉄は1949年に国有鉄道を独立採算制で経営することを目的として設立された国の公共企業体です。交通網が鉄道中心の時代に、飛躍的に成長を遂げたものの1960年代から赤字が常態化し、末期には37兆円とも言われる債務を抱える状態になっていました。

石井氏は末期の国鉄について「外部環境が大きく変わる中でも、国鉄は全く変貌できず赤字に陥っていきました。部門最適が最大化すると、所属する組織の価値観や言動にとらわれて、事故やミスの隠蔽といった問題まで頻出してきます。当時、世間から見た国鉄の評価は最悪の状況であり、社外で名刺を出すことすら憚られる存在でした」と振り返っています。

国鉄は1987年に解体・分割され、新会社JR九州が発足します。社員の士気は高まりましたが、石井氏は国鉄時代に沁みついた組織の体質は変わっていないとみて、危機感を持ち続けていました。

昭和50年代に1日100万人近くいた乗客が民営化直前には66万人まで減少していました。九州各県で高速道路の延伸が次々に計画されていたため、マイカーや高速バスとの競合環境もさらに激化していきます。

モータリゼーションの発展によって国鉄時代に大きく減ってしまった利用者とより厳しさを増す競合環境。運輸事業のみで将来の成長シナリオを描くことは困難と言わざるを得ません。石井氏はトップとして、JR九州が生き残るためには、運輸事業以外に取り組んでいく多角化戦略が不可欠であると判断しました。

組織の意識変革

JR九州が多角化戦略を取るためには、まずは組織の意識改革が必要となります。多くの社員の中にある運輸事業重視の価値観から転換する必要があるからです。社員の大勢が多角化戦略の必要性を理解しなければ、歩み始めることすら困難となります。しかし、組織の意識変革は容易なものではありません。組織の意識改革においてまずトップがすべき行動について見ていきましょう。

経営学者である伊丹敬之教授と加護野忠男教授の研究では、トップがなすべき代表的な役割として4つの手法を挙げています。これらの手法を通して、組織内の発想転換の土壌を創り出すためにトップ自らが組織に「ゆさぶり」をかけることが必要になるのです。

  1. 将来の中核技術あるいは市場分野への、無理とすら思えるような資源投入
  2. 大幅な機構改革による人的資源の大胆な傾斜配分
  3. トップによる現状否定あるいはトップの交代
  4. きわめて挑戦的な全社目標、部門目標の設定

<参考>伊丹敬之/加護野忠男(2003)『ゼミナール経営学入門 第3版』

石井氏はこういった多角化を阻む意識を改革するために、まずはこれまでの思考様式の否定を行いました。従来の思考様式から脱却するために、社長就任当初の経営会議で掲げたのが「国鉄流10の反省」という自戒の言葉です。

続いて、新しいJR九州が目指すべき姿を「JR九州六ヵ条訓」としてまとめ、全社員に携帯カードとして配布しました。

国鉄時代の従業員は、「系統」と呼ばれる様々な職種での部門最適が貫かれ、社内で協力する姿勢すらほとんど見られませんでした。自部門の考えを最優先し、顧客に対するサービスという姿勢も無かったのです。まずはこの古い組織文化を刷新することが必要不可欠でした。

JR九州では組織を改革し続けるためにJRK運動(JR九州の改善運動)と名付けたTQC活動も推進していきました。社員の自主性を伸ばすと共に、良い提案についてはすぐに部門横断で取り入れることで縦割りとならないような組織運営を目指していったのです。

「組織には常に過去に戻ろうとする慣性が働きます。意識改革ほど特効薬が無く、不断の努力が必要なものはありません。ふと気づくと国鉄時代に戻ってしまったのではないかと思うことが何度もありました」と石井氏は述べています。

“現場”、“現物”、“現実”を重視する『三現主義』

さらにトップ自ら常に最前線の現場を見ることを徹底しました。これは“現場”、“現物”、“現実”の3つを重視する『三現主義』を石井氏が自らの教訓にしていたためです。社長就任後も利用者である顧客と対話する「お客さま懇親会」といった企画にも自ら取り組みました。

この現場を重んじる姿勢は石井氏のキャリアが大きく影響しています。国鉄からJR九州までの自らのキャリアを振り返ったうえで「20代に配置されたディーゼル車両を開発する部署での厳しい8年間の経験がその後の自分のすべてを形成しました」と述べています。

当時のディーゼル車両では、頻繁に車両故障が起きており、そのたびに現場の社員たちと連携して即座に問題を把握する必要がありました。そして時にはディーゼル車両の担当者としてトップへ直接故障に関する報告も行いました。車両のどの部分が壊れたのか、故障の程度はどれくらいのものか、故障した原因は何なのか。

自ら現場に行って、現物を見て、その場で起きている現実を把握することで理解を深めていく。石井氏はこの逆境下ですべての課題は現場で起きていることを学んだと言い、次のように述べています。

「どれだけ役職が上がっていっても、現場、現物、現実と向き合う必要があります。机上の学びだけでなく、いかに頭の使い方、物の考え方を変えることができるかが大切です。自分の足で現場に行くことで課題を直視でき、これまでの知識や経験が通用しない現実とも向き合うことができる。自ら行動を起こし、自分なりの行動を考えながら苦労することでようやく本当の経験を積むことへ繋がるのです」

石井氏のこのような姿勢に社員たちも呼応していきます。幹部社員は当時の九州にあった約450の自治体全てを訪問し、自治体との関係構築と情報収集に取り組みました。現場の社員も売上を伸ばすために手作りチラシを持っての営業活動など小さなアイデアを次々に実行し、PRのために地域イベントにも積極的に参加していきました。会社全体が大きく変わり始めたのです。

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第1回は、なぜ多角化に向けた組織変革が難しいのかという課題と、トップ自らが考え、行動していくことの重要性について解説しました。次回では、組織変革の経営理論とJR九州で行われた具体的な施策を重ねて考察を行っていきます。

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