リーダーシップの出現メカニズムを解き明かす本連載。前回は、登山家・栗城史多さんに、登山家になるまでの道のりについてお話いただきました。後編は、なぜ過酷な冒険を続けることができるのか、そして今後の展望について語っていただきます。(文: 荻島央江)
<プロフィール>
登山家 栗城史多氏
1982年北海道生まれ。大学3年生のときに北米最高峰マッキンリー山(標高6190m。2015年からデナリが正式な呼称)に単独登頂。その後、6大陸の最高峰を登り、2007年から8000m峰の単独・無酸素登頂や、スキー滑降を始める。2009年「冒険の共有」としてインターネット生中継登山を始めるが、2012年気象条件の厳しい秋のエベレスト西稜で重度の凍傷により手指9本の大部分を失うも、2014年7月ブロードピーク(標高8047m)に無酸素・単独登頂。復帰を果たす。2017年エベレスト北壁に挑戦する。
上場企業の社長に面会する秘訣
伊藤: インターネット生中継登山などの活動資金調達のために自らスポンサーを回るそうですが、最初は大変だったのでは。
栗城: 厳しかったですね。電話をしてもまず会ってもらえないので、アポなしで直接企業に行っていました。クラウドファンディングは素晴らしいと思いますけど、本当にやりたいことがあるならいろいろな企業に飛び込んでみたらいいと思います。
北海道のある有名企業の社長とどうやって会ったかというと、6回通ったんですよね。最初は受付嬢の方にプレゼンテ―ション。企画書を見せて、僕はこういう者でとペラペラしゃべって、「この子おかしいわ」と思われるんですけど、また行って、また断られる。それを繰り返したんですよ。そうしたら、役員がたまたま通りかかって、「君、また来ているのか」と言って、話を聞いてくれた。「この時間だったら、社長が来るかもよ」と教えてくれて、ようやく社長と10分ぐらいお会いできたんです。
伊藤: よくへこたれませんでしたね。
栗城: なぜかというと、全員が話を聞いてくれたんですよ。3分とか5分でも、「へえ、君面白いね」とか「ちょっとここに電話して聞いてみようか」と言ってくれる人もいて。それがうれしかったんですよね。聞いてくれるだけでありがたい。すごくうれしいなと思ってやっていたら、いつしかいろいろな人たちがどんどん応援してくれるようになりました。
伊藤: 何が栗城さんをそんなふうに突き動かしているのですか。
栗城: なぜ我々は苦しい思いをしてまで山に登るのかというと、苦しみや困難があったほうが、喜びが大きくなるということを知っているから。苦しみと喜びは表裏一体で、苦しみがないと喜びもない。もし苦労せずに、確実に登れるとなったら、たぶん登山家は誰も行かないですよ。ただし、苦しむばっかりじゃいけない。
「山ではなく、自分を見ろ」
栗城: 僕は2012年の秋、エベレスト挑戦で両手足と鼻が重度の凍傷になり、両手9本の指を失いました。そのとき僕は30歳。登山家で一番事故率が高いのは20代後半から30代前半と言われています。体力があり、それなりの経験も積んだことで、無理をしてしまうのかもしれません。
山で一番危険なのは執着なんですよね。登山家なら誰だって何が何でも頂上へ行きたい。ここまで努力してきたんだから。多少の無理を承知で進みたい。それでもぎりぎりのところで引き返す、下山を決断しないといけないこともある。最後は自分との戦いなんです。
超一流の登山家になると、ベースキャンプで下山を判断します。これまで1年間かけて準備してきて、ベースキャンプに着いて、いよいよ行くぞというときに山を見て、「今は行かないほうがいい。やめる」と言う。その直感は確かに当たっています。
登頂に成功したからすごいと言われがちなんですけど、我々の場合はどうやって生きて帰ってきたか、どこで下山を判断できたかというのも評価の中に入ります。行きて帰って来なければ意味がありませんから。
僕は凍傷で指を失い、最初は靴のひもが結べなかったし、はしも持てなかった。指を失ったのもつらいのですが、講演活動などもできなくて、半年間で手取りの給料は147円。保険適用外の治療も受けていたので、借金もしました。それでも自分は何をやりたいのかと考えると、やっぱり山に登りたいと思った。
ある山の先輩に相談したら、その人に「山を見るんじゃなくて、自分を見ろ。それが大切だよ」と言われたんです。ずしんときました。僕はどこを見ていたかというと、エベレストばかり見ていたんですね。どうしたら登れるかばかりを考えていて、自分を見失っている部分があったと気付きました。
そんな自分を見つめ直さなければいけないと考えていたときに、パッと出てきたのがが「楽しむ」というワードだったんですよ。
伊藤: 「楽しむ」ですか。
栗城: 「楽しくなかったら下山しろ」。昔、ある先輩が言っていた言葉で、いわば下山の判断基準です。人間は楽しいとかわくわくする気持ちがあるからこそいいパフォーマンスができる。それを失ってしまったら、事故につながる一歩手前だということなんです。今から振り返ると、チャレンジが大きくなればなるほど苦しみや困難が強くなり、楽しめなくなっている自分がいた気がします。
山の事故には精神的な面がすごく絡んでいて、1週間前と1カ月前から前兆がちゃんとあるんですよね。例えば、僕の場合なら、靴のひもの結び方がちょっとおかしくなっているとか、ザックへの荷物の入れ方が少し雑になっているとか。でも本人は気付かないんですよ。
自分の心に素直に従う
伊藤: そういった変調に気づくにはどうしたらいいんですかね。
栗城: 大切なのは「お前、ちょっと様子がおかしくない?」と言ってくれる仲間。あるいは、自分で自分が今わくわくしているかどうかを常に見続けることだと思います。
伊藤: 自分自身を見つめことが大事なんですよね。ビジネススクールでも受講生全員に言います。「自分の人生は自分でコントロールしなきゃいけない。スキルや、人を巻き込むことを学ぶ前に自分自身を見つめ、自分自身を知りなさい」と。具体的には、自分はどんなことにわくわくして、どんなことにわくわくしていないかを定期的に考え続けなさいと話します。栗城さんは自分を知るためにどんなことをしていますか。
栗城: 1つには、2012年ぐらいから瞑想を始めましたね。凍傷になったときに、香港のある有名な気功の先生から勧められたことがきっかけです。それから不思議とうまく物事がいき始めたような気がします。今も習慣としてやっています。
伊藤: コンディションを整えるとか、自分を見つめるということをやろうとすると、瞑想にたどり着きますね。Yahoo!アカデミアでもプログラムの1つに、瞑想など様々な手段を活用した、マインドフルネストレーニングを導入しています。
栗城: 自分を客観視する意味で、瞑想や座禅はいいと思いますね。目標達成のために妥協しなければいけないことはたくさんあるけど、最終的に一番大切にしたいところは譲ったら駄目。それは自分の心そのものなので、その声は素直に聞こうと思っています。
何かに挑戦する人の支えになりたい
伊藤: 栗城さんが今、目指していることはどんなことですか。
栗城: 何かチャレンジしたいという人たちの支えになりたいし、そういう文化をつくっていきたい。だから「冒険の共有」の生中継では、失敗も挫折もリアルタイムで共有しています。チャレンジって失敗と挫折の連続ですから。上手くいかないことが山の最大の魅力です。
僕なりのエンゲージメントはコメントの質。アクセス件数じゃなく、コメントの内容をすべて読み、やはり嬉しいのは、頑張ってくださいより「ありがとう」、ありがとうより嬉しいのは「自分もこんなことを始めました」とか。登れなかったときのほうが意外に素敵なコメントが多いですよ。
【インタビュー後記】
「登山家の持つマインドとリーダーシップには共通点が必ずあるはずだ」と思い、栗城さんに話をお伺いしましたが、本当に学びになることばかりでした。
一番大事なことは、自分に対するスタンス。大自然の厳しい環境に身を置いてゴールに向かってチャレンジする登山家のスタンスは、とても参考になります。自身の状態をよく知るために、他人からのフィードバックを受けること、自分自身を見つめることの2点が大事、という栗城さんのお話は、ビジネスリーダーの皆さんに私が言っていることと全く同じでした。
そして、ゴールに向かう際は何を撤退基準とするか。「楽しめなかったら下山せよ」という言葉にハッと気づかされました。仕事をしている時間を振り返ってみると、私自身もやっぱり楽しめない時はあるわけです。しかし楽しめなければ、大抵パフォーマンスは上がりません。
心から楽しめない仕事をそのまま続けていいのか――その場合は、楽しめるように仕事や自分を変えるように仕向けるか、またはばっさりやめてしまうか、いずれかをきちんと選択した方がよい、ということですね。
さらに、目指す姿についても刺激をいただきました。栗城さんは、山に登ることで何かをチャレンジしたい人の支えになりたい、と思われているそうです。私も、栗城さんと全く同じ思いをもって今の仕事に取り組んでいます。ビジネスリーダーは皆、自分のために何かをするというより、誰かのために役に立ちたいと思い、仕事をされているのではないでしょうか。
何かことをなす、そこに向かってチャレンジする、そのために自分を鍛える、そういうプロセスで必要とされる要素は、登山に関してもビジネスに関しても全く同じなのだなぁと、改めて強く感じました。
印象的だったのが、栗城さんが登山を始めたきっかけです。さらっとご経験をされる栗城さんはとてもお茶目で、魅力的でした。確かに、何かを始めるきっかけは小さなことであっても何でもよく、そこからどう深めていけるかが重要だよな、と感じました。
これまでも魅力的な方だなと感じていましたが、今回の対談で栗城さんのことがますます好きになりました。これからもずっと、栗城さんのチャレンジを応援していきます。
登山家 栗城史多オフィシャルサイト
http://www.kurikiyama.jp