リーダーシップの出現メカニズムを解き明かす本連載。前回は、「ナナメの関係」と「本音の対話」を軸とした教育活動を行うNPOカタリバを運営する今村氏に、起業に至るまでの道のりについて語っていただきました。後編では、東日本大震災後を経て見出した新たな可能性や経営者としての壁、今後の展望について語っていただきます。(文: 荻島央江)
<プロフィール>
認定NPO法人カタリバ 代表理事 今村久美氏
1979年生まれ。慶應義塾大学卒。2001年にNPOカタリバを設立し、高校生のためのキャリア学習プログラム「カタリ場」を開始。2011年の東日本大震災以降は被災した子どもたちに学びの場と居場所を提供する「コラボ・スクール」を運営するなど、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組む。「ナナメの関係」と「本音の対話」を軸に、思春期世代の「学びの意欲」を引き出し、大学生など若者の参画機会の創出に力を入れる。ハタチ基金 代表理事。2015年より、文部科学省中央教育審議会 教育課程企画特別部会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 文化・教育委員会委員。
特別な1日より普通な毎日
伊藤: 東日本大震災を受けて、2011年に宮城県女川町と岩手県大槌町に放課後学校「コラボ・スクール」を開校し、津波で学ぶ場を失った子どもたちのために学習指導と心のケアを手掛けられていますね。5年間で、小学生から高校生までのべ2300人の子どもたちをサポートしたとか。こちらの活動はどんな経緯で始めたものなのですか。
今村: 震災から1カ月後に初めて被災地に行き、それ以後は宮城県にとにかく通いました。お寺に泊めてもらったり、仙台市内のホテルから通ったりしていたのですが、そのうち、「被災地支援と言いながら、夜になると仙台でビールを飲んで、ふかふかの布団で寝ていていいのか」という気分になって。ちょうど女川町の教育長が「一緒にやりましょう」と言ってくださったので、避難所として使われていた校舎の空きスペースで寝泊まりしながら、放課後学校の準備を始めました。
伊藤: なぜそこに行き着いたのですか。
今村: 震災以降、全国各地の方々が被災地支援に乗り出した。これほど日本中が支援に動いたのは初めてでしょう。現地にいて分かったのは、本来ならうれしいはずの芸能人のイベントなども毎日のようにあると受け手は疲れてしまうということです。過剰な応援が日常とかけ離れた環境を作り出してしまっている。こんな状況が延々続くのはよくない。1日も早く日常を取り戻すことが重要だと思い知ったんです。
伊藤: 日常の大事さに気づいたわけですね。
今村: 子どもたちであれば、何かイベントより、毎朝学校に行って、夕方うちに帰るという日常を取り戻すことのほうが大事だなと。何をするか全く決めていない状態で被災地に通っていたのですが、やっぱり「教育」は大切だなって思いました。子どもたち自身の力を引き出し、地域の方々と一緒にその場をつくっていくという仕組みをつくらなきゃいけないと考え、1年目は町内にいる被災された塾の先生に協力を仰ぎ、その方々に場をつくってもらうというやり方で進めました。
いかに生徒の日常を支える仕組みであり、コミュニティーをつくっていくのかという観点を持てたのは、震災の大きなインパクトでした。それまでは学校にカタリ場というプログラムを提供して、私たちがコーディネートした人たちを連れて高校に行くというサービスでした。単にカタリ場を届けることが目的ではなく、生徒自身がモチベーションを見い出せる結果をつくりたかった。
伊藤: 本来の目的に立ち返ったと。
今村: そのためには、プログラムを単発で持ち込むのも1つの方法ですが、もっと日常的に生徒の意欲が引き出されるようなナナメの関係との出会い方を多重につくっていく、その生態系に働き掛けるほうが1回の威力は小さいかもしれないけど火を少しずつ育てることはできるなと考えました。どちらか一方ということではなく、その両方の組み合わせがすごく大事だなと。
経営者としての壁
今村: もっと賢い人だったら、調査をして事業のスキームを組んでいくと思います。私の場合は、その場所に行って一緒に何が大事なのかを探して、本当に大事なものをつくっていくというやり方じゃないと、これまではなかなかやってこられなくて。
伊藤: 今、話を聞いていてよく分かったのは、自分が感じた違和感を、自身で動いてその本質を確かめるというのが今村さんのスタイルなんですね。
調査は調査で必要なのかもしれないけど、調査ってどうしてもこっち側の人間が分析しましたという感じがある。そうではなくて、実際に足を運んで体感する。たとえ同じ結果が導き出されたとしても、行くと行かないとでは全然違う。一緒に暮らしたり、一緒の目線で感じたりしないと、最後の最後、本当にその人たちの気持ちにならないのではないかと思います。
今村: 私はそういうやり方が好きなんでしょうね。一方で、それが私の経営者としての壁だと思っています。
伊藤: 壁ですか。
今村: 自分の目で見て、肌で感じてからじゃないと動けない。ただ、今以上に日本中の子どもたちにカタリバのサービスを届けていくためには、チームで課題を発見して仕組みをつくる、各部門のリーダーたちを信じるというステージに立たなきゃいけない。それがここからのテーマだと感じています。
「カタリバは何を目指すんですか」「もっと共通KPIを持ってやらなきゃいけないんじゃないか」とよく言われます。「そうだよな」と思いつつ、現場によってイシューが違うのに共通のKPIを下ろしたら、その数字をつくるために余計な仕事をするだけだなという気がしています。
だから「その場所にいるお前は何を思うんだ」と問われて、「本当に大事なのはこれだと思う」ということを、どのメンバーも自分で感じながら仕事をつくっていくことのほうが、結果としていいのではないかと最近思い始めています。それを何とか言葉にできないかと考えていますが、なかなか難しくて。
とはいえ、売り上げは1つの指標になりますよね。ただNPOはそこが難しくて、最終的な価値を売り上げ1本に置けない。そうするのであれば株式会社という形態のほうがよほど効率的なので、悩んでいます。
伊藤: なるほど。それは今後の課題ですね。では当面はどんなところを目指していこうと考えていますか。
今村: 数字でインパクトを出したい方々にとっては「何人に提供しました」「何件のプロジェクトをサポートしました」でもいいのかなと思っています。私自身の思いとしては、教育的視点に立ち過ぎているのかもしれませんが、何人、何件というより、そこで気付きがあったのかなど質のほうを大事にしたい。
それに、何件という数字で拠点に下ろすと、数を追ってしまい関係が薄くなりがち。それを果たして組織で求めていいのだろうかと考えてしまいます。
伊藤: 今村さんは最終形としてどんなふうになればいいと考えているのですか。
今村: やはり日本中の子どもたちにナナメの人間関係と本音で語り合える対話を届けたい。それはカタリバが組織を大きくして1000人規模になれば成し得るのかというと、私は1000人にすることで、むしろクリエイティビティーがなくなるような気がしています。そこで今はいろいろな人たちと手を組んで、業界を盛り上げていくというやり方がいいのではないかと思っています。
震災以降の動きとして、地域の子どもたちのために学校外の立場から教育をより良くしていきたいという個人や小規模の団体同士がつながり合うようになりました。これは今までなかったこと。私はこの横のつながりをますます厚く、強固なものにして、結果的にそれがオセロの角になって世の中が変わっていくといいなと考えています。
【インタビュー後記】
「NPOカタリバ」の名前や活動はずっと存じ上げていたのですが、なぜ今村さんがこの部分に着目されたのか、なぜ対象が高校生なのか、なぜキャストが大学生なのか、そしてなぜ「ナナメの関係」が重要なのか、これまではさほど意識をしていませんでした。大事なことだ、というのはわかるのですが、その背景としてどういった思いをお持ちになり活動されているのだろう、いうことを聞きたく、じっくりと話をお伺いしました。
このインタビューを通じて私が強く学んだのは、カタリバのタテの関係(上下関係)やヨコの関係(友人関係)でなく、ナナメの関係を大事にする考え方や活動は、子どもから大人に至るまで、一生懸命生きる全ての人や組織が大事にすべきものだな、ということでした。 タテやヨコの関係は普通にありますが、ナナメの関係、というものは意識して作らないとなかなかできないし、そこから得られる学びは、とても大きいものだなということです。
このインタビュー以来、私は「ナナメの関係」ということを強く意識するようになりました。実際、仕事をしながら色々な方と触れていると、ナナメの関係から得られる刺激は本当に大きいです。ですので、私が運営しているYahoo!アカデミアでも、そういう刺激がたくさん生まれるよう、仕組みを作っていきたいと思いましたし、私自身も、社内外、できる限り多くのビジネスパーソンにとってのナナメの関係でありたい、それが自分のミッションだ、と思うようになりました。私にとってカタリバの考え方は、そのくらい大きなインパクトがありました。
では、「カタリバ」を運営されている今村さんは、大げさに言えば「小さな頃に神の啓示を受けて」、最初から現在の形を完成系として事業を始められたのか、というと、全然そんなことはないわけです。ご自身の経験されたことから思ったことがある、ではやってみよう。やってみたら、うまくいったり、失敗したりしたこともある、じゃあその成功や失敗を踏まえてこうしてみよう……ということの繰り返しで、一歩一歩展開されながら、今に至っているわけですね。
何かに目覚め、その瞬間に全てができるわけではなくて、最初のきっかけは小さいところから始まり、思いに従って突き進むうちに、だんだん、少しずつ変わってくる。おそらく、これからも色々なことがありながら、どんどん目指す姿に近づいていく。これが「成長」のひとつの理想的な形なのだろうなぁと感じました。この点も、大きな気づきになりました。
これからカタリバがどんな風に変わっていくのか、とても楽しみですし、私自身も、この「カタリバの考え方」を自分の仕事の中にどんどん取り入れていければ、と思っていますし、そしてこれからも、心から応援し続けていきたいな、と思いました。
今村さん、ありがとうございました。
(参考)ぜひみなさま、こちらのサイトをご覧になってみてください。