リーダーシップの出現メカニズムを解き明かす本連載。前回は、日本のIoTをリードし続ける小笠原治氏が、IoTに興味を持ったきっかけから流れに身を任せながら(?)進めてきたことについて伺いました。後半は、小笠原氏が何を目指し、IoTはどう変わっていくのかについて話を伺いました。(文: 荻島央江)
<プロフィール>
さくらインターネット株式会社フェロー 小笠原治
1971年京都市生まれ。96年、日本のインターネット黎明期よりホスティングサーバの提供を手掛ける国内最大手、さくらインターネットの設立に共同創業者として参加。その後、コワーキングスペース「NOMAD NEW’S BASE」やスタンディングバー「awabar」など様々な事業を手掛けながら、ITスタートアップを支援するnomadを設立。現在は、製造業を中心としたスタートアップ支援事業を軸に活動中。2013年、ABBALabを設立。14年11月にオープンした秋葉原のものづくり拠点「DMM.make AKIBA」をはじめ、ハードウェアのスタートアップを支援する「DMM.make」の総合プロデューサーを務め、15年8月からエヴァンジェリストとして活動。同年、さくらインターネットにフェローとして復帰
トキワ荘の漫画家のような存在になりたい
伊藤: 多くの人は未来を知りたいとは思っていても予測できないし、しようともしないですよね。でも、小笠原さんは「きっと将来はこうなる」というのをフェース・トゥ・フェースで語ってくれる。ご一緒させていただくと、未来の話をいつもされる。
小笠原: 確かに孫(泰蔵)さんとしゃべっていると、よく100年後の話になっていますね。妄想していることも山ほどあります。僕は、戦後の漫画家のような存在になりたいんですよ。
伊藤: トキワ荘の世界ですか。
小笠原: そうそう。みんな、彼らの書いた漫画に熱狂しましたよね。あれがうらやましくてたまらない。僕もあの人たちのようなストーリーテラーになりたいんです。
伊藤: なるほど。小笠原さんは「こうなったら面白いよね」ということを漫画ではなく、ビジネスという手段で伝えているわけですね。
小笠原: ちょうど目指し始めたところですけど、そうなれたらいいなと思っています。僕は絵も歌も下手で、だから漫画もバンドもできない。きっとそっちの才能が皆無でしゃべるしかなかったから、きっと商売で表現しているわけです。
伊藤: 5年前に比べると、世の中に対して発信される量が圧倒的に増えているように感じますが、それはエヴァンジェリスト的な使命感を持たれているからなんですか。
小笠原: DMM.make AKIBAのエヴァンジェリストなので、そこは役割としてやっている部分も当然ありますけど、単純にまだ足りないと思っているんです。実はトキワ荘に近いものをイメージして、DMM.make AKIBAをつくりました。ここにはいろいろな人が集まってきています。その人たちをつなげて、新たな価値を生み出すことが狙いです。1人では無理でも、相互につながることで変化を起こせます。それには多くの人を巻き込んでいく必要があります。
伊藤: 仲間はどんどん来いよと。
小笠原: 僕は、質は量からしか生まれないと思っているので、一度は量を集めないといけない。そういえば、僕らが子供のとき見た未来に僕らは生きているはずですよね。でも、誰でもない自分たちがあのとき見た未来を形にしてない。
伊藤: 確かに『ドラえもん』に出てくるようなものは、実現できていないですね。
小笠原: 僕らの世代の責任ですよね。あんなにテーマや夢を与えてもらっているのに、それを実現してこなかった。
伊藤: 小笠原さんは漫画家というか、ビジネスのストーリーテラーになって、その通りに未来を実現していかれたいんですね。
小笠原: なりたいですね。僕は技術者じゃないので、誰かができるようにしたい。サポートというか、たくらんでいる感じです。僕が楽しいと思うものを作ってほしいと思っているだけかもしれないです。
伊藤: 藤子不二雄なんて、まさにそうですもんね、こんなものがあったらいいなというものを描き続けるという。小笠原さんも自分が体験してみたいというのが大きいのでしょうか。
小笠原: それが一番大きいです。毎日、新製品や新しいサービスを見たい。駄目な商品が死屍累々とある中で、いいものだけが残る世界がいいですね。
伊藤: 子供時代に描かれていた未来像を小笠原さんはまだ信じているんじゃないかなと思いました。多くの大人はそんなことは忘れたり、諦めたりしてしまうけど。
小笠原: そういう妄想が大事だと思っています。それにはストーリーテラーであり、リーダーの存在が必要でしょう。人をその気にさせて、やらせちゃうみたいな。DMM.make AKIBAでは、Cerevoの岩佐(琢磨)さんとともにその役割を担っていたつもりです。「まだ足りない。こんなものじゃないだろう」と無責任に言っているんですけどね。アイデアがアイデアで終わらないように、人に伝えて巻き込んでいく。これこそが自分の使命だとか天命だとかは感じていませんが、飽きなければこのまま死ぬまで走り続けたいですね。
データを売買する取引所をつくる
伊藤: 昨年、古巣のさくらインターネットにフェローとして復帰されましたね。ますます多忙な日々を送っているのではないかと思いますが、今はどんな仕事をされているのですか。
小笠原: さくらのIoTプラットフォームをまずは作っています。いろいろなものを作る人を増やしてみて分かったのは、ものを作る人はネットがすごく苦手ということです。ネット側の人間は逆にものを作れないと思っていて、両者の間にはものすごく深い谷がある。そこにリアルにものに入る通信モジュールと、インターネットの手前に閉域網をつくる橋を架けなきゃいけない。
僕らのモジュールを使ってくれたら、バックエンドも全部ありますし、IBMのBluemixやAWS IoTなんかともつながります。ものを作る人はサーバーとかをあまり考えずに、データを渡すだけでいい。ネット側の人からしても、モジュールを組み込んだものを作ってくれる人を見つければいいだけ、というものを作っていたんですね。
4月の半ばからこれのα版を始めますが、要するに僕らは最終的にはデータを売るためのエクスチェンジをやりたいんです。例えば、1人あたり1分間に1回連続血圧データを取ったとしても年間52万5600データですが、5億データを使って分析や解析したいというときに、例えば1データというのは何百分の1円にしかならないかもしれません。そういうのは1人ずつに払うのは難しいから、取りまとめるしかない。僕らが間に入れば、この通信をモジュールで担保しているので、間違いのないデータを渡せるし、データを取った人にも間違いなくお金を渡せる。そういう取引所みたいな状態になりたいと思っています。
これをさくらインターネット社長の田中(邦裕)さんは、「もののTwitter」と言っています。ツイッターを見るときにも、つぶやくときにもお金を取らないですよね。あれは広告とツイートのまとめ売りがあるから成り立っています。機械は広告を見ないので、データの売買が必要ですが、ツイートのように明確な操作がベースではないので、僕らが売るのではなくその取引所になりたいわけです。僕らがデータを取ったり、売ったりするのではなく、あくまで取引所として、売れる人と買いたい人をつなげていく。そのためのデータをどんどん上げてもらう仕組みを作っています。
例えば飲食店のレジ横に、僕らの通信モジュールの入ったBluetoothのブリッジがあったとします。BLE(Bluetooth Low Energy)対応の人感センサーや人をカウントするなんらかの機器が店の外に付いていれば、何人通ったかわかる。エリアの事業所数、どんな事業所があるか、就労人数、また近隣に住んでいる人の数、こんなものは基本的にオープンなデータですよね。あとは店の前を通った時間と人数、店の売上や来店人数を取ります。それをベースに、「ランチの時間をあと30分、延ばしたほうがいいんじゃないですか」という提案をお店にできたら楽しいですよね。
僕らの目標は、人々が気付けなかった世界の相関性に気付くためのプラットフォームです。いろいろなデータが集まることで、今までみんなが気付けなかった相関性ってきっとあるはずなんですよ。
量は質に転化する
伊藤: 最後になりますが、若い世代に対して何か言っておきたいことはありますか。
小笠原: さっき僕は量からしか質は生まれないと言いましたが、もう少し報われる言い方をすると、量は質に転化するということです。単なる量にはあまり意味がありませんが、質に転化した量には価値が生まれます。失敗でも成功でもいいんですけど結果が出た後に初めて、プロセスに価値が生じるわけです。だから取り組んでいる最中から評価を求めず、淡々とやれと思います。
伊藤: 量が質を生む、でもそのプロセス自体に価値があると思ったらいけないよということですね。プロセスは成果を出して初めて振り返ってみて、プロセスがよかった、悪かったと評価されるべきもので、それまではよい、悪いじゃない。じゃあ努力しなくていいということではなくて、努力はしないと成果が出せないよということですね。真理だな。
小笠原: おっさんくさいですけど、すごくそう思うんですよ。ヤフーの執行役員の小澤隆生さんが昔、こう言っていたんです。「水道管をひいた世代の俺たちが水道を愛し過ぎている、早く引っ込んだほうがいい。水道を愛し続けても事業は生まれない。そこから流れる水によって何をするかと考えないといけない」。言い得て妙だと思いました。ネット第一、第二世代をどけて追い越していく若手が登場しないと駄目ですよね。ハードもソフトもネットも分かっていて、おっさんたちの偏った知識や経験なんて問題にせず、経営したい若手が生まれたら、世界はころっと変わるんじゃないですか。
インタビュー後記
小笠原さんから、いつも未来の話を聞いていました。最初にお伺いしたのは、Nomad New’s Baseの1階で。その次は同じ場所の3階喫煙スペースで、その次は食事をご一緒しながら。その後も、awabarでも、DMM.make AKIBAでも、食事をしながらも、いろんなところで、いつもいつも小笠原さんは同じ話をされていました。
私の理解力が悪いのか、はたまた小笠原さんの表現が複雑なのか(そんなことはないのですが)、その都度、わかったようなわからないような、でも、とてもワクワクする話だよなぁ、といつも思っていたのですが、今回よくわかりました。
決して内容を理解しきった、ということではありません。まだまだ、イメージできない部分はたくさんあります。でも、まだ見ぬ未来のことを語ってらっしゃるわけで、そもそも全てがわからないのは当たり前だし、自分なりの未来観も必要なのだよな、と。ここに来て、IoTに関する知識が多少なりともついてきて、自分なりに考えてみて、改めてじっくり聞いて、初めて肚に落ちてきたわけです。
小笠原さんと話していて感じたのは、人が今現在考え、実行していることは、未来を見据えてゴールを決め、そこに向かって進んでいる結果ではあるのですが、なぜそのように考え、動かれたのだろう?と考えると、それは、ご自身の過去の経験や考えたことから生まれているのだなということ。
過去に考え、実行されたことから現在の思考や行動が生まれ、現在動かれた結果として未来を創っていく。未来は、絶対値としてそこにあるのではなくて、様々な人が過去経験し、現在を動いて、その先にある姿、つまり人々の意志の結果なのだなぁと。
「未来を創っていくということ」について、色々学びになった対談でした。
次はKaizen PlatformのCEO 須藤憲司さんにインタビューします。
https://globis.jp/article/4359