リーダーシップの出現メカニズムを解き明かす本連載。前回は、株式会社マネーフォワードの辻庸介氏がソニーの経理部からスタートし、起業にいたるまでの道のりを伺いました。第2回は、週末起業で始まり順風満帆とは行かなかった創業当時の様子や、ご自身のリーダーシップの取り方について伺いました。(文: 荻島央江)
<プロフィール>
株式会社マネーフォワード代表取締役CEO 辻 庸介
2001年京都大学農学部卒業、2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年株式会社マネーフォワード設立。個人向けの自動家計簿・資産管理サービス「マネーフォワード」および中小企業向けのクラウドサービス「MFクラウドシリーズ」(会計・請求書・給与計算・マイナンバー・消込・経費精算)を提供。マネックスベンチャーズ株式会社 投資委員会委員、一般社団法人 新経済連盟 幹事。
週末起業でスタート
伊藤:留学から戻って具体的にどのように行動したのですか。
辻:最初はマネックスの中でできないかと考え、松本さんにご相談したのですが、タイミングが悪かった。株式市場が低迷していて、新規投資は全部ストップだったので、当然承認は下りませんでした。だったらまずは自分でやろうと、休日を使い、仲間とやり始めました。週末起業ですね。
伊藤:マネックスで働きながら始められているわけじゃないですか。時間も十分には取れない中、ただ走り続けるのはしんどいですよね。何か明確なゴールは設定していたのですか。
辻:ないですね。だからめっちゃつらかったですね。ただ「今の日本にこういう金融サービスが絶対に必要だ」と強く思っていて、仲間もそれを共有してくれていました。それでも週末はみんな忙しいので、仕事が入ったり、家族の用事が入ったりしてどんどん歯抜けみたいになっちゃって、もうだめかなと何回も思いました。
伊藤:なぜそこでやめないで続けられたのですか。
辻:当時のメンバーで、今は取締役をしている浅野(千尋)があるとき爆発して、「このままだと絶対無理だ。集まれる場所をきっちりつくって、みんなコミットすべきだ」と言ったのです。僕も限界を感じていたので、じゃあそうしようと、すぐに高田馬場にワンルームを借りました。それがマネックスを辞める半年前です。
伊藤:でも平日は普通に働いている。
辻:平日はマネックスで仕事をして、土日はほぼずっと高田馬場にいました。振り返るとよく妻に離婚されなかったなと思います(笑)。「私はソニーの社員と結婚したはずなのに、ネット証券の社員になって、忙しいが口ぐせ。そのうちビジネススクールの受験で忙しいと言い出して、向こうに行っても死にそうで、帰ってきたら帰ってきたで起業して、いつになったら落ち着くの?」って言われていました。
伊藤:そうでしょうね(笑)。相当なモチベーションがないと、貴重な週末を使って、家庭も顧みず、働きながら新しいことに取り組むというのはなかなかできないと思うのですが、それはやはり仲間の存在が大きいのでしょうか。
辻:仲間の存在が大きいというか、仲間がいなかったら無理でしたね。仲間がいると、ディスカッションもはかどる。「アメリカではこんなモデルがあるぞ」「何だよ、俺らの先を考えていたのかよ」とか。そんな話で盛り上がって、夢が膨らんでいくというか、こんなこともできるね、あんなこともできるねと。
伊藤:仲間に助けてもらったり、支え合ったりするということではなく、仲間と盛り上げていくような?
辻:巻き込んで、熱量がどんどん一緒に上がっていって、アイデアもわいて、ものもできてきてみたいな感じですかね。
大失敗からの軌道修正
伊藤:確か会社を設立したのが2012年5月で、「マネーフォワード」をリリースしたのが同じ年の12月。想定通りにユーザーは増えていったのですか。
辻:いえいえ、全く。実は「マネーフォワード」の前に、「マネーブック」というサービスをリリースしているんですよ。これが大失敗でした。ユーザーが匿名で家計簿を公開し合い、どんなふうに資産を運用したり、節約したりしているかが分かるというサービスです。でも初日のアクセス数は8。「これ、使ってみてよ」と声をかけた友達8人やん、みたいな(笑)。
お金というプライベートな部分をオープンにしたいと思わないし、あえてそうするメリットも感じなかったのでしょう。3カ月運営してもユーザー数は50人止まり。そこで自分のデータだけを見られるクローズドのバージョンに作り直したのが、現在の「マネーフォワード」の原形です。
伊藤:それからユーザーの増え具合というのはどんな感じでしたか。
辻:4カ月ぐらい低空飛行でしたが、その後、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」などのメディアに取り上げられたことが転機になり、徐々に増えていきました。ユーザーが増えると、サービスの完成度が低い部分など駄目なところが分かる。僕らは改善が得意なので、そこを猛烈に潰す、どんどんサービスを継続的に使ってくださるユーザーが増える、というサイクルに入っていけました。
伊藤:それ以降は比較的順調と言えますか。
辻:順調というか、もう必死でした。キャッシュはどんどんなくなるし、マネタイズとか全く考えていませんでしたから。当時の働き方は異常で週7日働いていましたよ。今やれといっても無理ですね。でもゼロからイチを作り出す過程で楽しかったなあ。
伊藤:僕だったら逃げ出したくないような局面ですけど、そういうときって何を考えているのですか。
辻:うーん、支えになっていたのはユーザーからの反応ですかね。「ここを直せ」というのもたくさんありつつ、たまにすごく褒められる。「週末にエクセルでちくちくやっていたのがずいぶん楽になった」といった声を聞くと、これはいけるかもみたいな。ユーザーの支持があるということは、世の中に必要とされているということ。だからどこかでマネタイズのチャンスはある。そう信じてきましたし、今もそう思っています。
伊藤:今社員は何人ぐらいですか。
辻:140人ぐらいです。そのうち半分がエンジニアやクリエーターです。彼らをエンジニア3~4人、デザイナー1人みたいなスモールチームに分け、権限を委譲してチームで分析や改良を重ねながら、プロダクトをひたすら作っていく体制にしています。「僕に相談するヒマあったらサービスを早くリリースして、ユーザーに聞いて」と言ったら、本当に相談してくれなくなって(笑)。全体のリソース配分やマーケティングとかは僕が話を聞きながらやりますけど、基本すべてお任せですね。そのほうがアウトプットは高いでしょう。
伊藤:自分ですべてコントロールしたいという経営者は多いと思いますが、なぜ辻さんは社員のみなさんに任せられるのですか。
辻:僕はもともとそういうリーダーシップなんです。大学のときもソニー時代もテニス部のキャプテンをしていたのですが、いつも言われるのが、「お前は心配だから俺らが助けてやるしかないんだ」。自分1人ではできません。チームとして最大のアウトプットを出そうと思ったら、それぞれの分野に長けた人が有機的につながって力を発揮しない限り無理だと、心の底から思っています。
リーダーとしてはまだ10点
伊藤:日常業務はそうだとして、大きなビジョンや方向性みたいなものは当然社員のみなさんに示しているのですか。
辻:この会社は何のために存在して、どういうことを大事にしているのかということはよく言いますね。当社の価値観とも言うべき「MF(マネーフォワード)ウェイ」も定めました。題目でいうと、「テクノロジーの可能性を追求する」「誠実なチャレンジャーであり続ける」「ユーザーだけを見続ける」「結果と数字が全て」「シンプル&オープン&フェアなカルチャー」「楽しむ」等々10項目あります。
「何であいつはできへんねん」「俺の言うことを聞かへん」と上長が腹を立てている一方で、部下は期待値通りやっていると思っているってことがありますよね。それはコミュニケーションが足りず期待値や目指すべきゴールを共有できていないからの場合が多いですよね。コミュニケーションによってお互いに期待値を合わせたり、ゴールイメージ、さらにはビジョンを共有することは儲かる、儲からないよりずっと大事。そういったことをきちんと定期的にしておくと、なぜ僕らは人生を懸けて起業したのか、この会社は社会にどういうインパクトを、貢献を残したいのかという原点に戻れます。だから価値観を明文化し、擦り合わせることでほとんどのことがうまくいくと思っています。
実際、当社では月に1回社員と必ず面談をするようにしていて、それだけでずいぶん変わりました。また人事評価制度の項目に加えたり、マネーフォワードウェイを最も具現した社員を表彰したりしています。あとはやっぱり僕がしつこく言うことですかね。
先日も、僕が「このビジネス、ちょっと儲かりそうやん」とわくわくしながら言ったら、社員の一人が「うちのビジョンとちょっとずれますよね。こういうのをやりたい人いますか。(といって会議室の中のメンバーを見渡して)ビジネスは本当にやりたいと思う人が1人いない限り、絶対成功しないから、残念ながら却下ですね」と冷たく言われて傷つきました。(笑)
伊藤:辻さんがリーダーとして心掛けていることはありますか。
辻:3つあって、いずれも先輩経営者が実践していることです。1つめが「社長が一番燃える、そして一番働く」。これは日本電産の永守さんが何かの講演でおっしゃっていた話で、会社には自燃性、他燃性、不燃性の社員がいる。自燃性の人は何割もいない。社員が働かないのは、社長自身が燃えてないからだと。すごく納得しました。2つめがクレディセゾンの林野社長の「社員への思いやり」、3つめがマネックスの松本社長の「経営者は明るく楽しく」。この3つを大事にしています。
伊藤:今ご自身ではリーダーとして100点満点で何点ぐらい取れていると思いますか。
辻:10点ぐらいじゃないですか。僕がもっと優秀であれば、うちの会社はもっともっと伸びていると思うんです。いつも考えているのは、社長である僕にしかできない仕事は何かということです。今、何が会社の成長を阻害していて、どうしたらそれを排除できるのか、それは四六時中考えています。偉大な経営者はゴールまでの最短距離が分かると思うのですが、僕にはそれができてないんじゃないかとか、そういう恐怖感みたいなものが常にあります。でも自分で考えるしかない。しんどいですけど、今は何か楽しいですね。
インタビュー後記
辻さんとはこれまでも色々なところでご一緒させて頂いていますが、いつも気さくで明るく、人間的な魅力に溢れた方だな、と感じておりました。正直に申し上げると、修羅場を何度もくぐり抜けた百戦錬磨の起業家、というより、なんと言うか、「同じ会社の、仲間から好かれている仕事好きの同僚」と話しているような印象が強い。オーラがない、ということではなく、「仲間オーラ」に溢れているんですね。
今回のインタビューを通して、この「仲間オーラ」こそがまさに辻さんの個性なのだな、と思いました。
仕事は好き。だから寝ても覚めても仕事をするハードワーカーである。やろうと思ったことに、とことん突っ込んで行く。ベースはナチュラル。こうあらねばならない、としかめ面で語るのではなく、やりたいと思う事業やサービスを妥協せず創っていくことに集中する。
一方で、それを本当に楽しくお話しされる。様々な修羅場を乗り越えながら事業展開をされていますが、お話しされる際も、笑みが絶えない。なぜ笑い飛ばせるかといえば、仲間の存在がとても大きいとのこと。仲間がいるから乗り越えられた、と、実感を込めお話しされているのが印象的でした。
チャレンジして困難に直面したら、仲間と一緒に乗り越える。だからこそ、仲間に感謝する。そうするとまた、仲間が集まってくる。そしてまたチャレンジする。このサイクルが、リーダーとしてとても重要なファクターなんだなと感じました。だからこそ「仲間オーラ」なのか、と強く納得いたしました。
辻さん、私も「仲間」として、これからもよろしくお願いします。
次回は、「DMM.make」の総合プロデューサーを務めるなどした後、「DMM.make AKIBA」のエヴァンジェリストやさくらインターネットのフェローとして活躍中の小笠原治氏にインタビューします。
https://globis.jp/article/4283