先日、トヨタとの包括交渉が報じられ世間を驚かせたマツダ。それだけではない。5月に発売された新型「ロードスター」には発売前に予約が殺到したとも聞くし、2015年3月期には営業最高益も見込むというから、何とも元気さに満ちあふれているといえるだろう。そのヒミツはどこにあるのだろうか?
「マツダ地獄」
現在の好調からは考えられないような悪評がマツダにはあった。「マツダ地獄」。90年代半ばの不況期、マツダが販売不振を挽回しようと新車販売時に大幅な値引きを行って他社に対抗した。しかし、それがマツダ車の価値低下を招いて下取り価格が下がり、マツダ車を一度購入すると買い替え時に再びマツダ車を購入する以外に選択肢がなくなるという現象が起きた。その負の連鎖が通称「マツダ地獄」と呼ばれた。
「2%を狙え」
いかにしてマツダはその悪評を挽回したのか。4月20日の日経MJ巻頭ページにそのヒミツが記してある。『マツダの世界シェアは2%程度。それなら最大公約数を狙うのではなく、2%のファンに強く共感してもらえる突き抜けた車を妥協せず作る(同・日経MJ記事より)』という戦略転換を行ったとのことだ。
できるだけ多くの人から関心を持ってもらえる要素とは何かと言えば、やはり「金額の安さ」は大きい。だが、そこで勝負すれば、実際の品質レベルとは別に「安かろう・悪かろう」とのイメージが付いてブランドの価値低下が起こる。それが「マツダ地獄」の実態だ。それゆえ、「できるだけ多くの人」という狙いを捨て、「ごく少数で構わないから、共感してくれる人だけを相手にする」という大胆なターゲットの絞り込みを行ったのである。
ターゲットは絞れ!
マツダの「2%戦略」を、「それは下位の小さなメーカーならではの判断だろう」と思った人がいたとしたら、それは間違いだ。
「ターゲットは絞るべし!」と筆者は講義やコンサルティングの会議の場でいつも言うのだが、すると「ターゲットが小さいと、売れる数が少なくなってしまうじゃないか!」という反論が数多く出る。発言者は高度成長期末期頃に入社した役員や、バブル経済が華々しかった時代に第一線で活躍されたような幹部が多い。「作れば売れる」「消費者はモノを欲しがっている」という時代に成功体験を積み重ねているため、「ターゲットを設定すること=売れること」だと考えている。たとえ多少販売が芳しくなくても、「最後は営業担当や販売チャネルからのプッシュを強めて値引きや販促を展開すれば売れる」という感覚で、ゆえに「まずは、ターゲットは広く取っていくべきだ」と考えるのである。しかし、それは「マツダ地獄」を生んだのと同じ構図だ。
そんな感覚は今日の消費意欲が極端に減退した時代の実態とは乖離している。もはや消費者は自然には消費しない。普通のモノは欲しがらない。本当に自分が納得して関心を持てるモノが現れたときだけ食指が動くのである。そんなターゲットを相手に絨毯爆撃を行ったら、プッシュ営業や販促で無理と無駄の山を築くことになる。ターゲット広げて極めて低い打率で無駄を出さないためには、高い関心を持ってくれる層にピンポイントに絞り込んで高打率を狙うしかないのだ。
「5人だけに聞く」
では、その2%のファンからどうやって「共感」を得るのか。その点でもマツダはユニークな取り組みを行っている。『09年末、主力セダン「アテンザ」の新型車開発を前に、世界から5人の熱狂的なアテンザファンを選んだ(同・日経MJ記事より)』という。
メーカーが新製品開発を行う際には多数(数百から数千)のサンプルを対象とした定量的なアンケート調査と、多数(5~6人×10グループ程度)の定性的なフォーカスグループインタビューを行ったりする。だが、マツダはわずか5人からのヒアリングから着想を得ようとしたのだ。
アンケート調査を行うときに、やたらと大きなサンプル数で実査を行うケースがある。だが、統計的にはもっと小さなサンプル数で十分な場合が多い。大サンプルでの実査は安心のためと、外した場合の「言い訳材料」に過ぎないことも多い。また、そもそもアンケートの限界がある。それは「消費者はまだ見たことも聞いたこともないモノを欲しいとはいえな」ということだ。製品改良などには役に立つが、全く新しいコンセプトの商品を消費者のアイディアに頼るのは間違いだ。スティーブ・ジョブズがiPhoneを作る時にアンケートを取っただろうか。
だが、「熱狂的なファン」なら話は違う。企業の担当者か、ある側面ではそれ以上に詳しく、また熱心に意見や感想を提供してくれる。その言葉は、1000枚のアンケート票よりも価値が高いはずだ。
エバンジェリストからの波及効果を狙う!
今回のマツダの事例では「2%」という数字がカギだが、大事なのは「狙った2%」なのか、「結果としての2%」なのかでは大きく異なるということだ。以前のマツダは、大きな目の投網を投げて価格の安さに引っかかった人が結果として2%だったという数字を作っていたのだ。
「エバンジェリスト」という考え方がある。元はキリスト教の福音伝道者を意味しているが、「自分が信奉する製品を、他人に勧めて広めようとする人のこと」である。マツダが選んだ5人は間違いなくトップクラスのエバンジェリストであることは間違いない。しかし、エバンジェリストの輪はそれだけに留まらない。前述の「マツダは2%のファンのためだけに車を作った」「世界から5人だけの熱狂的なファンの意見を参考にした」というような開発ストーリーは、マツダにロイヤルティーの高いファンほどグッとくる話だろう。そうして、心を掴まれたファンは、自らも熱心なエバンジェリストとなって伝道の輪を広げる。広いターゲット設定をしてムリして売った顧客より、ピンポイントで共感を得て買ってくれた顧客の方がいかに価値が高いかわかるだろう。
ターゲティングの「6R」
市場に散らばるターゲット候補を様々な切り口でセグメント化したら、どれをターゲットとして狙いを定めるべきかを考えることになる。その時、基準となるのが「6R」という考え方だ。
6Rの中でつい、注目されがちなのが前述の通り「Realistic Scale=規模」であるが、獲得の確率が低ければ意味はない。それより注目したいのが「Ripple Effect=波及効果」だ。前項の通り、現在のマツダのターゲットはこの波及効果の期待値が極めて高いエバンジェリストやロイヤルカスタマーが中心となって構成されていると考えられる。
繰り返すが、ターゲティングは規模(数)を気にかけられるケースがいまだに多いが、大事なのはそれだけではない。今回のマツダのケースから学びがあったのであれば、自社のターゲティングの考え方を一度チェックしてみてもらえれば幸いだ。