2009年3月、ジーユーが990円ジーンズを発売したのをきっかけに激安ジーンズの価格競争が始まり、西友が850円ジーンズを投入した矢先の10月14日、ディスカウント・ストアのドン・キホーテが690円のジーンズを発売した。
2009年「激安ジーンズ」発表状況
690円ジーンズは発売から5日間で3万本が完売となったが、ドンキ全体の売上額アップへの貢献という意味ではほとんど無意味である。というのも、690円ジーンズの総売上額(約2000万円)は、ドンキの月平均売上額の0.05%を占めるに過ぎないからだ。また、ジーンズという嗜好品の価格弾力性を考えると、敢えて値段を安くすることの意味も見出しにくい*1。さらに言えば、690円という価格を実現するために原価率も高くなっている可能性もあり、利益面への貢献はもっと期待できない。
では690円のジーンズは無意味かといえばそんなことはない。多大な労力をかけて実入りの少ない商品を出すのは、そこに意味があるからだ。それは、「690円のジーンズ」そのものが非常に効率的かつ効果的なPRになることだ。ジーユーの990円ジーンズが驚きをもって市場に受け入れられたため、各社が追随し、それが人々の注目を集めるようになった。その結果、ジーンズはデフレの象徴的存在となり、一番安いジーンズを売る店=安さの先端をゆく店として、自動的にメディアがニュースにしてくれる。690円ジーンズを通して「ドンキ」という名を売るだけでなく、「ドンキ=安い」いうイメージを強化することができる*2。
また、690円ジーンズのニュースがきっかけで、これまでドンキと衣料品が結びつかなかった人々に「ドンキで衣料品を買うというオプションがあったのか」と思わせる意味も大きい。実際、ドンキは高級ブランド品・家電製品・日用雑貨から食品にいたるまで実に様々なものを売っているが、それだけに衣料品購入を目的にする人がドンキに行くケースは少なかった*3。690円のジーンズには、これまで弱かった衣料品セグメントを拡大する効果もある。また、衣料品目的で新たな顧客層がドンキに足を運ぶようになれば、元々衝動買いを促す力の強い店*4なので、結果として店舗当たりの売上げ拡大につながる可能性は高い。
価格戦略を考える時、単にその商品の売上げをコントロールするための変数と考えるべきではない。価格戦略は、その商品を売るためのプロモーション戦略であると同時に、会社そのものを売るためのプロモーション戦略でもある。単品の価格戦略を全社の事業戦略の中で捉えなおす・・・それは、価格に対する消費者の意識が高まっている今こそ求められる重要な視点である。
*1 仮に、990円ジーンズに総額99万円の売上げ(1000本)があったとして、690円(990円から30%の価格ダウン)で同じ売上げを獲得するには、1450本(1000本から45%の販売量アップ)の販売が必要となる。それには、45/30=1.36以上の価格弾力性が必要だが、一般に、ファッション関連製品の価格弾力性は小さい(1.0未満)。
*2 実際、ドンキは10月14日のタイミングで、「情熱価格」というPBラインを導入している。
*3 ドンキの商品ジャンル別売上げの中で「衣料品」の占める割合は6.1%に過ぎない(2008年)。
*4 床から天井に至る店舗空間を多種多様な商品でビッシリと埋める「圧縮陳列」などを通して、宝探し的楽しさで衝動買いを誘発するのがドンキの基本戦略である。