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PERとは何か ―マルティプル法とDCF法の意外な接点

投稿日:2009/08/27更新日:2019/04/09

企業や株式の価値の代表的な評価方法として「市場価値(マーケット)アプローチ」と、「本質価値(インカム)アプローチ」とがある。

市場価値アプローチとは、株式市場で形成された株価をもとに各種の株価指標を作成し、これによって適正株価水準を推定しようというものであり、その代表例としてPER(株価収益率)、PBR(純資産倍率)やEBITDA倍率などがある。

一方の本質価値アプローチは、企業が将来生み出すキャッシュフロー(フリーキャッシュフロー=FCF)をそのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率で現在価値に引き直すことで企業の価値を測定しようという方法であり、DCF(割引キャッシュフロー)法や収益還元法がその代表例である。

市場価値アプローチは、市場のことは市場に聞けという株式市場の動向を基にした市場重視型アプローチであり、市場が効率的に機能していると判断するのであれば、市場で形成された株価も適正ということになる。他方、本質価値アプローチ法は、企業の事業構造や収益モデルを分析し、そこから将来生み出されるであろうキャッシュフローをもとに企業の本源的価値を探ろうという理論重視型のアプローチである。この二つのアプローチは市場の実勢と理論的整合性という対極にある考え方に基づくように理解されているが、実は同じようなロジックに基づいて構成されている。

PER法は、市場におけるある企業の株価が、当該企業の1株あたりの当期純利益の何倍となっているかを計算し、この倍数を同業他社のPERと比較することによって、当該株式が割高か、割安かを判定しようとするものである。一方、DCF法では、企業が生み出すキャッシュフローをそのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率で現在価値に引きなおし(これが企業価値)、ここから有利子負債金額を控除した残額が株式の理論的な時価総額であると考える。この理論時価総額を発行済み株式総数で割ったものが理論株価であり、市場での株式時価と比較することによって、現在市場で取引されている株価が割高か、割安かを判断しようとするものである。

PERは株価収益率と呼ばれ、具体的には以下の算式によって算出される。

PER=株価/1株当り当期純利益

このPERの計算式を展開していくと、PER=株価/1株当り当期純利益=株式時価総額/当期純利益となる。株式時価総額は企業の当期純利益が一定の成長率で増加していき、その当期純利益は毎年全額配当金として株主に分配されるとの前提(株価配当割引モデル)に立つと、株式時価総額=当期純利益/(rE-g) (rEは株主の期待利回り、gは当期純利益の成長率)となる。これをPERの式に代入すると、PER=株式時価総額/当期純利益=当期純利益/(rE-g) × 1/当期純利=1/(rE-g) となる。

この最後の式は、PERとは「株主の期待利回りマイナス当期純利益の成長率」の逆数であることを意味している。つまり、PERはファイナンスの基礎理論である収益還元法そのものとなる。

資本資産評価モデル(CAPM)によれば、株式の期待利回りは以下のように計算される。

rEi=rF+βi × (rM-rF) *1

βは株式市場全体に対する相対的なリスク指数であり、この数値は企業の保有する事業・資産のリスクの大きさ、そして資本構成(有利子負債の株式時価総額に対する比率)によって決定される。事業の中身が変化せず、また資本構成が一定であれば、個別株式の期待利回り(rEi)は中期的に一定となることから、PER式によれば、株価水準は市場が当該企業の将来の当期純利益の増加推移をどう見ているかによって形成されることになる。

利益成長率であるgが大きいと市場が考えれば、PER式の分母である「rE-g」は小さくなり、したがって1株当りの当期純利益が変わらなくとも株価は上昇する。反対に、成長企業が増益ではあっても、市場の期待値には届かないような決算内容を発表した場合、利益成長率に対する市場の期待が大きく変化し(つまり当期純利益成長率であるgに対する市場参加者のコンセンサスが低くなる)、この結果株価は大幅に下落することになる。例えば、ある成長企業(と目されていた)企業のPERが100倍だったとする。rEが11%であれば、PER=100倍である場合の想定利益成長率は10%だったということになる(PER =100=1/(11%-10%))。ここで当該企業が市場の期待を裏切るような決算発表を行うと、市場の利益成長率に対する見方が下方修正され(例えば、新しい期待成長率を6%とする)、株価は5分の1に下落する(PER=1/(11%-10%)=100→1/(11%―6%)=20)。成長率期待が高い新興市場の企業群の株価が決算内容によって乱高下しやすい原因の一つである(本連載 第6回「株式時価総額を「創る」ことはできるか~ライブドアの蹉跌を振り返る~」を参照)。

このように、市場価値アプローチの代表的な指標であるPERはファイナンス理論における収益還元法と同じロジックで動いていることがわかる。株価は市場参加者の当期純利益の成長率に対する平均的な見解によって形成されているわけである。これは頭の中でDCF法を簡易化して計算を行っているようなものである。市場価値重視アプローチと本源的価値重視アプローチ、この二つのアプローチは表面的には大きく異なるように見えるが、実のところは利益(もしくはキャッシュフロー)の長期的な成長率をどう見積もるかによって株価や企業の価値を測定するという点で共通しているのである。

企業買収時の適正価額算定によく用いられるEBITDA*2倍率についても同じようなことがいえる。市場価値アプローチには市場参加者の思惑が色濃く反映される一方で、DCF法のような本源的価値評価には個別企業の固有の事情が細やかに反映できる反面、それをどう評価するかという評価者の主観的判断が織り込まれやすい。株価や企業価値の算定に際しては唯一絶対という評価方法は存在せず、色々な指標や手法を色々な角度から評価・分析した上で総合的な判断が必要とされる。

*1 rF:長期国債の利回り、rM-rF:マーケットリスクプレミアム(無リスク資産である国債から、株式のリスク指標であるβで1単位リスクを追加でとった時に得られる追加リターンの大きさ

*2 EBITDA:Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略で、金利、税金、有形固定資産の減価償却費そして無形固定資産の減価償却費を控除する前の利益である。EBITDA倍率は企業価値(買収価額)を当該企業の年間EBITDA金額で除した数値であり、つまり企業を買収した場合に、買収金額をその企業の何年間のキャッシュフローで回収できるかの指標である"

  • 斎藤 忠久

    グロービス経営大学院 特別教授

    東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業
    米国シカゴ大学経済学部留学
    フランス・リヨン大学経済学部留学
    米国シカゴ大学経営学大学院修士課程修了(High Honors)
    学位:MBA

    株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役、株式会社エムティーアイ(東証1部上場)取締役兼執行役員専務(CFO)を経て、現在グロービス経営大学院特別教授(ファイナンス理論)。

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