キャンペーン終了まで

割引情報をチェック!

加重平均資本コストと事業リスク ―リスクをどちら側から見るか

投稿日:2008/10/16更新日:2019/04/09

今回は、加重平均資本コスト(WACC)に焦点をあて、バランスシートの右側(調達資本)からなる「WACC」が、なぜバランスシートの左側(資産)のリスクと見合った利回りとなるのか、そのメカニズムを解き明かすとともに、企業の最高経営責任者(CEO)や最高財務責任者(CFO)として投資家と対話する際に考慮すべき事項を考えてみる。

ファイナンス理論では、「企業価値」は「企業が生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)」を「資本コストである加重平均資本コスト(WACC)」で割り戻して計算する。WACCとは、有利子負債コスト(借入金の利回り)と株主資本コスト(株主の期待利回り)の加重平均である。一方、ファイナンス理論における資産価値評価の中核をなすDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)では、資産価値は、「その資産が将来、生み出すキャッシュフロー」を「そのキャッシュフローのリスクに大きさに見合った割引率」で割り戻して計算するとしている。

ここで疑問が生じる。調達資本の平均コストであるWACCはバランスシートの右側から算出されるが、これはバランスシートの左側にある資産のリスクの大きさに見合った利回りなのだろうか。結論から言えば、この問いへの答えは「Yes」となる。これは、バランスシート(時価ベース)の右側と左側のどちらから(つまり、企業経営者それとも投資家のどちらの視点から)見るかのだけの違いである。今回は、このメカニズムを解いてみよう。

WACCはFCFのリスクの大きさを表しているか

まず、「WACCはFCFのリスクの大きさを表しているか?」という問題を考えてみよう。

以下のような状況を想定してみよう。なお、単純化のため税金は存在ないと仮定する。

1) 永久年金型で毎年同額のキャッシュフローを生み出し、余剰キャッシュフローは全て投資家に還元(利子及び配当金)する企業を想定する。
2) この企業の企業価値(A:時価ベース)は100億円で、有利子負債(D)50億円、株主資本の時価総額(E)50億円で構成されているとする。
3) 有利子負債そして株主資本の提供者(投資家)は、それぞれ4%(有利子負債の期待利回り=rD)そして10%(株主の期待利回り=rE)の利回りを要求しているとする。WACCはrDとrEの加重平均であるから7%となる。

上記の状況において、この企業は毎年、Dの投資家には2億円、Eの投資家には5億円のキャッシュを還元しなければいけない。毎年合計で7億円のキャッシュを投資家に分配することになるが、この原資は当然バランスシートの左側にある資産(A)が生み出すしかない。

ということはバランスシートの左側にある資産Aはその時価額100億円に対して7億円のキャッシュを毎年生み出していることになる。したがって、資産Aの利回りは7%(=7億円/100億円)であり、この利回りは資産のリスク、つまりFCFのリスクの大きさに見合った割引率ということになる。

さらに、バランスシートの左側も右側と同じく7%の利回りであることから、右と左はバランスし、「WACC (加重平均資本コスト)」=「資産が生み出すFCFのリスクの大きさに見合った利回り」となる。

以上より、DCF法に沿って、「企業価値」は、「企業が持つ資産が生み出すFCFをそのFCFのリスクの大きさを表すWACCで割り戻して」計算すればよいということになる。

資産のリスクが変化したらWACCはどうなるか

それでは、「資産のリスクが変化したらWACCはどうなるであろうか?」を考えてみよう。

ここでは資産の中身が入れ替わり、この結果、資産のリスクが増加した場合、WACCがどうなるかを考えてみよう。

まず、時価ベースのバランスシートの左側=右側であるから、当然WACCも上昇するはずである。

このメカニズムであるが、

1) 資産Aのリスクが上昇するので当然Aの利回りは上昇する。FCFが不変であれば(議論をシンプルにするためそう仮定する)資産の時価は減少する。
2) Dのリスクが極端に大きくならない限り、Dの時価額は不変であるので、Aの時価額が減少するとEの時価額も同額減少することになる。FCFは一定なのでEに対する毎年の配当金額は不変。したがってrE(Eへのキャッシュフロー額/E時価額)は当然、上昇することになる。一方、rDは不変なので、結果としてWACCはrEの上昇を受けて上昇することになる。

では、どこまでWACCが上昇するかというと、バランスシートの左側のFCFの利回りに等しくなるまでで、ある。

例えば、上記の例において資産のリスクが上昇し利回りが10%になったとしよう。WACCが上昇するメカニズムは以下の通りである

1) 資産の時価は70億円(=7億円/10%)に減少する。
2) 資産の時価額が70億円に減少したが、Dの時価額(50億円)は不変なのでEの時価額は20億円(70億円-50億円)に減少することになる。これによってEの利回りrEは25%(=5億円/20億円)まで上昇する。
3) rD=4%、rE=25%となるが、時価額はそれぞれD=50億円、E=20億円なので、
WACC=4%*50/70+25%*20/70=10%
となり、資産のリスクを表す利回りに一致することになる。

つまり、資産側のリスクが変化(上昇)すると、Eの時価額が変化(減少)することを通じてrEが変化(上昇)し、結局rEとrDの加重平均であるWACCが資産のリスクの大きさに見合った割引率に鞘寄せ(上昇)されていくのである。

リスクはどこから生まれるのか

ところで、リスクはどこから生まれるのであろうか――。ここまでに解いてきたメカニズムは、資産リスクそしてrDとrEの関係について重要なメッセージを伝えてくれている。

「なぜ株価が変動するのか」と言えば、資産が生み出すFCFが変動するので、Eに分配されるキャッシュフローが変動し、結果としてrEも変動するというのが答えである。株式そのものにリスクがあるのではなく、資産が生み出すFCFがバラつくから、rEも変動するのである。

ということで、

1) リスクは資産が生み出すFCFが変動することから発生する。
2) バランスシートの左側(資産側)で発生したこのリスクは、バランスシートの右側にあるDとEに分配される。
3) DはFCFを真っ先に受け取ることができることから配分されるリスクは極めて低く、一方、EはDに配分された後の残り物にしか権利がないことから、資産が生み出したリスクのほとんどはEに分配されることになる。
4) DとEそれぞれの利回りであるrDとrEは、それぞれ分配されたリスクの大きさに応じて決まる。

このようにして決定されたrDとrEの加重平均がWACCである。

投資家は、この企業のDそしてEのリスクと利回りを比較しながら投資するかどうかを決定することになる。したがって、資産のリスクの大きさ、そしてDとEの相対的な大きさによって、DとEの利回りであるrDとrEが決まることになる。

例えば東京電力のような公益企業はその必要資金の相当部分を社債等の有利子負債で調達している。しかしながら、資産が生み出すFCFのバラつきが極めて小さいことから、Eに比べてDの絶対額が極めて大きいものの、Eに配分されるリスクは極めて小さい。このためrDも極めて低い(2008年2月7日時点での東電の10年物社債の利回りは1.631%)が、Eに分配されるリスクもさほど大きくないことからrEもかなり低めとなる(2008年3月時点での東電のrEは1.824%:2007年3月までの5年間株式ベータ推計値(東京証券取引所)=0.08、2008年2月7日時点10年物国債利回り=1.424%、市場リスクプレミアム=5%を前提として試算)。

一方、ベンチャー企業ではFCFが大きくバラつくことからDに対してもある程度のリスクが分配される(このためrDは結構高くなる)。また、もともとリスクの総量が大きいことから、Eもかなり大きなリスクを背負うことになり、このためrEはかなり高い数値となる。一般的にベンチャー企業のFCFはばらつきがかなり大きいため借入金の元利返済を賄えない場合が多く、結果としてベンチャ-企業は無借金のところが多くなる。これは借金をしないのではなく、「借金できないので無借金」なのだ。

以上を踏まえ、リスクをほとんどとりたくない(従って低いリターンで満足する)投資家は東京電力のD(電力債)を購入し、大きなリスクをとりたい(従って高い利回りを要求する)投資家はベンチャー企業のE(株式)を購入することになる。

最後に、「事業リスクが大きくなっていくと、株主の属性(リスク許容度)は変化していく」という点を検討してみよう。

これは、企業がその事業ポートフォリオを変化させていき、事業のリスクも変化させていった場合、Eに分配されるリスクの大きさが変化し、これに伴って株主の性格(リスクの受容度)も変化していくということを示している。 Eのリスクが大きくなっていけば、既存の(リスクをあまり取りたくない)株主は退出し、より大きなリスクをとれる新しい株主が参加入してくることになる。

以上の議論は、事業戦略そして資本構成の変化に応じてCEOそしてCFOとして投資家とどのように対話していかなければならないかという点で貴重な示唆を与えてくれる。

一つは、事業戦略の変更によって事業リスクが変化していった場合、ほぼ自動的に投資家の性格も変化していくということである。具体的には事業リスクが上昇すれば、よりリスクを許容する投資家が増加していくので、経営者として積極的でよりリスクの高い事業戦略をとりやすくなる一方で、場合によっては投資家からより積極的な事業展開を要求されることになるかもしれない。

二点目は、事業リスクは同じであっても、資本構成を変化させていけばEのリスクは変化し、その結果として株主の属性も変化していくということである。CFOの重要な任務の一つは企業価値を最大にすべく最適資本構成(最適負債比率)を模索し、現実の資本構成を最適資本構成に近づけていくことである。バランスシートの左側にある事業のリスクが把握できれば、このリスクの大きさを前提として、借入金を購入してくれる投資家と株式を購入してくれる投資家に、それぞれどのような比率でリスクを分配していくか?つまりDとEの比率をどのように持っていくかということであるが、この比率によって株主の属性も変化していく。このことは、同じ事業リスクであっても、資本構成によって投資家(特に株主)の属性が変えられるということを意味している。同時にEのリスクが高まれば、よりリスク受容的な株主からはより積極的な事業戦略を要求されることになる可能性も高い。企業としてどのような株主に株式を保有してもらいたいのかを考えるにあたって重要なポイントとなるのである。

新着記事

新着動画コース

10分以内の動画コース

再生回数の多い動画コース

コメントの多い動画コース

オンライン学習サービス部門 20代〜30代ビジネスパーソン334名を対象とした調査の結果 4部門で高評価達成!

7日間の無料体験を試してみよう

無料会員登録

期間内に自動更新を停止いただければ、料金は一切かかりません。