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データ徹底活用で「二兎」を追え: 医療・介護の持続可能性を高めるために(その1)

投稿日:2015/11/13更新日:2019/04/09

団塊の世代が65歳を超え、医療・介護分野が日本国内で数少ない成長市場としてスポットライトを浴びている。2025年には、75歳以上が人口の18%を占めるであろう高齢化社会、日本において、都市でも地方でも需要が伸び、雇用も生み続ける医療・介護の成長産業化を狙うというのは当然だろう。

一方、世界有数の赤字状態にある日本の国家財政。その中で、医療費に関わる社会保障給付は2025年に54兆円に達すると推定されている。これは、2015年から15兆円近い増加だ。介護に関する給付も10.5兆円から約20兆円へと10兆円近い増加が見込まれている。この増加の徹底的な抑制が、国家財政破たんを防ぐ上で最大のポイントの1つであることは言うまでもない。

前者は、市場創造の推進。後者は、市場規模の意図的抑制。一見、矛盾するこの2つの命題を同時に解決することが、我々に求められている。そして、その実現の原動力となり得るのは、データの徹底活用による医療・介護システムの改革だ。

1. データを活用した「結果の出る」予防産業作りを急ごう

現在、約50兆円と言われる日本の医療・介護産業のうち、予防市場は1000億円にも満たない。健康食品・サプリメント市場が、1兆5000億円を超えるとされているのと比較すると、驚くべき小ささだ。

これまで市場が立ち上がらなかった最大の理由は、「国民の行動が変わらない」「結果が見えない」という2点にある。健康診断等で要注意となっても、運動や食事内容を変えるなど、積極的に病気予防のために行動を変革する層は、3割にも満たないという。「病気を予防する意思と行動」を保険料割引などで優遇しようとしても、「何をどれだけ変えれば、どれだけの医療コストが下がるか」がこれまでははっきりと見えず、適切なプライシングができなかった。

デジタルデータの低コストでの蓄積・活用が可能となりつつある現在、このボトルネックを除去することは十分可能だ。

今後さらに低コスト化と高精度化が進む遺伝子検査を健康診断に組み込み、個々人のデータに基づいて「よりインパクトある行動変革の勧め」を強く打ち出す。スマホやウェアラブル端末のライフログデータと組み合わせ、実際の行動が変わらなければ、年に1回の検診を待つことなく、頻繁にウォーニングを出す。これらのデータを、DPC(診断群分類包括評価)データなどすでに蓄積されている「診断・治療・結果」の医療データと組み合わせ、医療コスト削減可能額に応じて、個々人ごとに保険料の増減のインセンティブをつける。

こういった「データの複合的収集・蓄積・活用」が、予防ビジネス立ち上げにつながる。病気になってから、介護が必要になってから、の保険費用の削減だけではなく、事前の働きかけを強める方向に医療・介護政策を大きくシフトさせねばならない。

「国が予防大国化の旗を立てる」こと、そしてデータの活用ルールを早急に設定して、民間の知恵と技術が生かせる規制環境を作ることが不可欠だ。

2. アウトカムデータを活用して、効果の上がる医療・介護サービスへのシフトを

スウェーデンでは、小児の急性白血病の5年生存率が、10数パーセントから90パーセント近くまで改善した。画期的な新薬が登場したわけでもなく、だ。

これは、学会が中心となった「データに基づくベストプラクティス推進」の結果である。患者の症状や年齢・体重といったさまざまな条件に応じて、どういう薬をどう組み合わせるのが、もっとも良い治療効果(アウトカム)を生むか。関連するデータを徹底的に収集・分析し、その結果を学会が公表、専門医が常にベストプラクティスを参照しつつ、それより良い結果が得られる手法を磨き続ける。企業のTQM的な動きが、医療の現場で取り入れられたわけだ。

日本でも、2011年から外科関連の学会が、手術に関する診断・術式・治療結果の情報入力を、すべての専門医に義務付けるという動きを始めた(National Clinical Database)。また、前述のDPCデータと呼ばれるより広い範囲の疾病についてのデータも存在しているが、ベストプラクティス活動にはほとんど利用されていない。

洋の東西を問わず、医者の選別につながるとして、治療行為と治療結果の両方を含むアウトカムデータを集めて活用することに反対する勢力が存在する。しかし、重篤な病気や、非常にコストのかかる治療が必要な病気についてのデータを集め、活用することから始める、というのが多くの先進国の政策になりつつある。軽い風邪や怪我のデータを集めることは、患者のQOL(Quality of Life)改善にも、医療費の削減にも効果が薄いからだ。

DPCデータを収集しており、手術の大部分を手がけている一定規模以上の病院にターゲットを絞り、学会と心ある専門医を巻き込んで、価値あるアウトカムデータ活用の流れを固めることが先決だ。このためには、ここでもデータ活用に関するルール設定が急務であり、また、それに賛同する医師の技術料優遇など、さまざまなインセンティブ・ディスインセンティブも組み合わせていかねばならない。

3. 国民皆保険制度を維持しつつ、自己負担分を対象とした民間保険参入を

ごく限られた分野ではあるが、実質的な混合診療解禁が行われた。大変喜ばしいことだと思う。しかしながら、これを単純に拡大していけば、魔法の杖のように医療費削減の効果が出るというわけではない。
改善の余地は多々あるが、日本の皆保険制度は、フリーアクセスによって医療機関の間の競争を担保しつつ、富裕層から貧困層まで国民があまねく一定以上の医療サービスを受けることを可能にしてきたことは、まぎれもない事実だ。

情報の非対称性が厳然と存在する医療サービス分野では、完全な自由競争が最適な解を社会にもたらすわけではなく、現在の制度の枠組みを維持した上で、必要な改革をスピーディに行うことが必要だと考える。

特に、本来30%の自己負担を前提とした制度であるにも関わらず、高齢者の自己負担が低く抑えられており、必要以上の受診や投薬などのモラルハザードにもつながっている。

資産・キャッシュフローとも低い層に対する手当をした上で、医療費の30%自己負担を全保険加入者に広げることは、喫緊の課題であろう。

その上で、行うべきは、当該部分を対象にした民間保険の参入だ。

これまで、医療に関する大部分のデータは、政府が独占的に活用してきた(たとえば、診療報酬改定の基礎分析資料として)。これを匿名化した上で、民間に開放し、拡大した自己負担部分について、希望する人が加入できるような非強制の民間保険の参入を可能にすべきである。

ここでも、1.に述べたような予防データを活用することで、個々人の行動に応じたプライシングが可能となる。

また、これは、米国のIHN(Integrated Health Network)と呼ばれる医療保険と医療サービスの両方を提供する事業者が行いつつある、未病段階での介入を通じた医療費削減(と加入者の保険料低減)を、日本のシステムの中で行うという道を開く一歩でもある。

さらに、加入時に、延命治療の希望の有無を、保険加入者本人に意思表示してもらうこともできる。必要ない、という人には、低い保険料を提示することになる。日本の医療費高騰の一因は、終末治療のコスト拡大にもある。病気になられたご本人の意識がなくなった段階で、家族が延命治療を断る、という判断をするのには多くの困難が伴う。保険というツールを媒介として、本人の事前意思確認の場を大きく広げ、結果的に、希望の有無と無関係に延命治療が拡大することを抑える効果が期待できるわけだ。

もちろん、人間の死という価値観に関わる重大なテーマであり、国民的な議論が必要なことは論を待たないが、あえて、付記しておきたいと思う。

【今回のまとめ】
◆データの複合的収集・蓄積・活用が、予防ビジネスの立ち上げにつながる。
◆データに基づくベスト・プラクティスの公表・共有を推進せよ。
◆医療費の30%自己負担を全保険加入者に広げた上で、民間保険の参入を。

 

< 「100の行動」「G1政策研究所」とは? >
「100の行動」とは、日本のビジョンを「100の行動計画」というカタチで、国民的政策論議を喚起しながら描くプロジェクト。一般社団法人G1サミット 代表理事、グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーである堀義人が、2011年7月に開始した。どんな会社でもやるべきことを10やれば再生できる、閉塞感あるこの国も100ぐらいやれば明るい未来が開けるという信念に基づく「静かな革命」である。堀義人による4年をかけた執筆は2015年7月に完了した。

 

G1政策研究所」は2014年8月に一般社団法人G1サミットによって創設されたシンクタンク機能。日本を良くするための具体的なビジョンと方法論を「100の行動」として提示し、行動していくことを目的としている。アドバイザリーボードの構成は以下の通り。

 

 

【顧問】
竹中 平蔵 慶應義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所 所長

 

 

【アドバイザリーボード】
秋山 咲恵 株式会社サキコーポレーション 代表取締役社長
翁 百合 株式会社日本総合研究所 副理事長
神保 謙 慶應義塾大学 総合政策学部准教授
御立 尚資   ボストン コンサルティング グループ 日本代表
柳川 範之   東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
堀 義人    グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー

 

 

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