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陽明学の今日的意味

投稿日:2014/12/05更新日:2019/04/09

北京の孔子廟にて、新孔子派(Neo-Confucianism)に属する王陽明の「伝習録」を紐解き、ジャカルタにて書き上げた陽明学に関するコラムです。アジア全域を包み込むような王陽明(中国の明代の思想家、1472年-1518年)の壮大な思想をお楽しみください。陽明学の今日的意味を3 点にまとめてみました。

1 ) 個人のパワーの最大化、ただし、コミュニティへの配慮はなされる

王陽明は、「心即理」という考えの下、心に理(ことわり)があると唱えました。これは、朱子学がいうように経典に理があるのではなく、自らの心に理があるということです。結果として、人は、経典や教条から逃れて自由になりました。マニュアルや規則で一杯の現代で言えば、世間や先達が決めた他人のような生き方から、自らの心を拠り所に、自らの心の意思に基づき主観的な生き方をして良いということです。今までは、世間が求める効率を信じて、オートマチックの変速機を用いて、エンジン回転数が3000以下になるよう、綺麗にシフトチェンジをしていた行儀良い運転が模範であるとする認識でした。それを、自身で変速機を操り、エンジン音が鳴るまでアクセルペダルを踏むように、心が満足する運転の方が楽しいよねと説いたのです。こうすることによって、自ら信じていることと言っていること、行っていることが一致してきます。その結果として、心のパワーを余すところなく、言動や行動に活かしてゆくことができるのです。

しかし、王陽明は、心が想うことを無条件に肯定していた訳ではありません。人が生まれながらにして持つ道徳的な知能である「良知」を中心に据えて、「良知を致す」(良知を活用していくこと)を説いています。この状態は、ある意味主客が一体の中間的な状態といえ、自ら心の動きに基づいて主観的にありながらも、一方で、その心の状態が「良知」(周りにとって道徳的に正しい)に即しているかを客観的に把握している自分がもう一方で存在しているということです。このことを通じて、自身の意識は自らと他者を包含するものとなり、宇宙に存在する霊妙なエネルギーである氣は強く自身の中を流れるようになります。(万物一体の仁)

2 ) 良い人間になる方法論を提供する

良い人間になりたいというのは、人間だれしもが思うことです。しかしながら、人間には煩悩があり、悩みも苦しみが絶えません。王陽明は天才と言われながらも、科挙の試験に3度目で漸く合格し、官僚になるも、当時の権力者を批判したことから鞭打ちの刑を受け、地方に流されました。しかし、その流された龍城(現在の中国貴州省の貴陽付近)で悟りを開き、地元の教育を通じ民心を得て、中央に返り咲いて、地方官吏の不正を正し、暴動反乱などの取り締まりを行う検察庁長官を務め上げた苦労人です。従い、日常生活の中で心の陶冶に努める「事上磨錬(じじょうまれん)」を説きました。

王陽明は、良い人間になるには、「良知を致す」ことが重要で、良知を発揮するために自分なりの工夫修行に励むよう弟子に勧めました。具体的には、心の人欲を取り除き、日々掃除することを説うたのです。現代の法律では、法を犯さなければ罪は無いと定めています。しかしながら、「知行合一」(知は行の始めなり。行は知の成るなり)を唱えた王陽明は、法律を犯すようなことを考える自らの心の動きそのものを注視し、正していくことを求めました。

では、本当に、「良知を致す」ことで良い人間(聖人)になれるのでしょうか。「良知」(人が生まれながらにして持つ道徳的な知能)を中心に据えて、心の人欲を取り除き、日々掃除に励めば、少なくとも周りからはありがたがられる人間にはなれそうです。ここに、「心即理」でいう所の心から燃え立つような「志」が備われば、良い人間になれるように思います。先代若乃花は「横綱になりたい!そう強く願い続けた者しか横綱になれない」と言っています。

3 ) アジアの共通項、日中の懸け橋となる

民族と文化が多様なアジアの景色は一様ではありません。しかしながら、同じ、儒教文化に馴染み、仏教の伝来を受けたということで、中国と日本には共通点が多く存在します。陽明学は中国で生まれ、日本で更なる発展を遂げました。特に、日本の近代革命に当たる明治維新は西郷隆盛や、吉田松陰の松下村塾出身の高杉晋作、伊藤博文らの存在無しには語れません。日中の間には、領土問題、戦後認識、知的所有権等の課題は残りますが、中国で王陽明が生まれ、日本で陽明学が尊敬されて止まないということでは陽明学を通じて、両国の相互理解が深まることを祈っています。

また、アジアが欧米に対して存在感を示していく意味でも、東洋に根付いた思想を西洋社会において今日的意味合いにおいて説明していくことはグローバル社会への豊かさの一助となると考えます。

グロービスの英語MBAプログラムでは、2014年10月期より、林田明大先生の「眞説『陽明学』入門」を「経営道場」の教科書として使用することになりました。後輩のために「陽明学を英語で学ぶ機会を提供(英訳)したい」という志を実現した本学卒業生の長久文彦氏、井鍋一則氏、菊谷聡氏、間崎沙夜香氏、Darren Menabney氏、グロービススタッフのBrian Cathcart氏、Allan Wu氏(当時)、種々のご指導を賜った著者林田明大先生に深く御礼申し上げます。陽明学を英語で学んだ学生が、日中の懸け橋となり、東洋に根付いた思想を胸に抱いて自らの志を追求していき、グローバル社会に力強く貢献していくことを願っています。

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