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完全性と過激さに磨かれた不屈のセンス —八面六臂・松田雅也氏【後編】

投稿日:2014/07/10更新日:2021/11/29

松田 雅也/マツダ マサナリ

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八面六臂 代表取締役社長

1980年大阪府生まれ。2004年に京都大学法学部卒業後、UFJ銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て05年、独立系ベンチャーキャピタルに転職。07年電力購買代理業のエナジーエージェント(現八面六臂)を設立し、社長に就任するも事業は振るわず、エナジーエージェントは休眠状態に。09年、総合物流ホールディングスの新規事業立ち上げに参画。取締役に就任し事業拡大に貢献する。物流やデジタル通信分野の動きを体得する中で「鮮魚×IT」に大きな可能性を見いだし、10年9月同社取締役を辞任。2011年4月、鮮魚に特化した物流×ITサービス事業「八面六臂サービス」で再スタートを切る。

■年表
2004年 UFJ銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。京都支店法人営業部に配属
2005年 独立系ベンチャーキャピタルに転職
2007年 電力事業者と需要家を仲介するエナジーエージェント(現八面六臂)を設立、社長に就任
2009年 物流会社グループでIT子会社の立ち上げに参画
2011年 八面六臂のサービスを開始

需要者と供給者を情報システムで結び付け、効率的に鮮魚を届けるプラットフォームサービスを提供する八面六臂。松田雅也社長は「最先端のシステムを駆使して鮮魚情報を処理するITカンパニーを目指す」と語る。その視線の先にあるのはどんな世界か。「圧倒的なユニークネス」と「多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン」という一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第6回後編。

計算づくというより成り行きだった起業

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「社会に出るまで、起業家になるつもりなど毛頭ありませんでした。する時にはするもの、それが起業。他人にけしかられてどうこうというものじゃない。そんなことをしたら間違いなく失敗します」。いつ頃から起業を志したのかという問いに対して、松田はこう答えた。

弁護士になりたいと漠然と思ったことはあったが、具体的な行動には至らなかった。大学時代はミュージシャンに憧れ、プロの講師につくほど音楽に没頭した。いよいよ就職という段階で官僚を目指し、公務員試験を受けるも不合格。最終的に大手銀行に就職したが、出世コースだった京都支店法人営業部に配属されるも「仕事がつまらない」とわずか1年半で退職する。

東京に移って転職したのだが、そこは創業したてのベンチャーキャピタルだった。スピード感が性に合った。寝る間も惜しんで働くうち実績が認められ半年後には取締役パートナーになっていた。面白かった。「やっているうちに、自分の会社を作って、自分の思い通りに経営してみたくなった」と松田は振り返る。

2007年5月、26歳で、電力事業者と需要家を仲介する「エナジーエージェント」(2011年に八面六臂に社名変更)を事業目的が明確でないまま設立する。再生可能エネルギーの普及機運が追い風になると読んだものの、時期尚早だった。顧客開拓がままならず低迷し、日銭稼ぎで始めた携帯電話などの販売代理事業で何とか食いつなぐ。そんなとき、銀行時代の縁で物流会社の知り合いにIT子会社の立ち上げを依頼され、2008年から事業責任者として参画する。事業の拡大に伴い、2009年6月には取締役に就任した。この間、エナジーエージェントは事実上の休眠となる。

そのIT会社では、「物流×IT」という切り口で何かできるのではと新事業を模索した。松田にとっては2度目の創業。議論の結果、ITで物流を効率化するソリューションを法人向けに販売することになった。大手住宅メーカーとのプロジェクトが当たり、会社は急成長。中心メンバーだった松田は「物流IT化」の専門家として名前を知られる存在となり、講演に呼ばれるまでになった。

しかし成功の一方で、再び「どうせやるなら子会社の責任者ではなく、やはり自分の会社でやりたい」という思いが頭をもたげるようになる。その思いは、2010年7月に結婚し8月に30歳になったことで急速に膨れ上がり、2010年9月にはIT会社を退職。休眠状態にあったエナジーエージェントを再起動させた。

事業テーマを「鮮魚×IT」に定めたのは、物流IT化の事業に取り組んでいたとき、鮮魚流通関係者と話をしたことがきっかけ。複雑で非効率な流通形態にビジネスチャンスを感じていた。いよいよ鮮魚流通サービスを開始したのは2011年4月のことだ。

松田の起業は計算づくというよりも成り行きだった。だが、そんな紆余曲折が結果的に今の事業に生きていると松田は感じている。

銀行で金融、ベンチャーキャピタルで起業を学び、IT子会社で事業家としての経験値を高め、物流やデジタル通信分野の最先端の動きを把握した。「今の事業をやれと言われても5年前の自分ではできなかった。必要なことを少しずつ実地でかじってきたからこそ、ここまで来られた」と松田は話す。

「事業をする上でITは必須だが、それだけで商売の規模を大きくできるわけではない。“IT“と“何か”を組み合わせ、掛け合わせていかないと事業は立ち上がらない」。現代の起業はいわば総合格闘技。得意技が1つだけではライバルと戦っていけない。

5年の準備期間で、失敗の経験も積んだ。「2007年頃、売り上げゼロが半年続いたときはしんどかった。食事はずっとカップラーメンで、当時付き合っていた彼女は離れていきました」。

「取引先から入金されるはずの800万円が入ってこなかったという経験がありますか。立ち上げたばかりの企業にはきついですよ。訴訟を起こして裁判に勝って差し押さえても、今度は銀行との戦いが待っている。でも、人間はこけると自ずと本気になれるのです」。

次は「鮮魚流通のアマゾン+料理人のクックパッド」

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流通の難易度が高く、需要が多い鮮魚で国内料理人市場を席巻する。これが八面六臂の現在の立ち位置だが、そこにずっと止まっているつもりはない。

次なる目標は、鮮魚流通のアマゾン+料理人のクックパッドだ。旬の素材の情報だけでは十分ではない。「その魚をどう調理したらいいか」「どんなメニューが流行っているのか」「5点盛りであれば、どういう組み合わせなら飽きられないか」といったノウハウや写真にまで突っ込んで情報を提供する。

さらに、飲食店が必要とするあらゆる食材をそろえた「食材流通のプラットフォーム」の構築を狙う。魚、米、酒、肉、野菜、果物・・・。2015年から取り扱い商材を一気に拡大する計画だ。「鮮魚の流通は難易度が高い。アマゾンもできていない。そんな難しいシステムを構築できたのだから、決して難しくはない」。松田は言い切る。「魚には天然と養殖がある。天然に比べたら養殖の取り扱いは簡単。米や酒などは僕らからしたらみんな“養殖”。飲食店からの鮮魚以外の食品への要望も高い。少しでも早く実現したい」。

最終的には、システムに金融機能を搭載することを松田は考えている。毎日の購買を通じて蓄積される与信データをもとに、決裁サービスや出店支援などの融資サービスを飲食店向けに開始しようというのだ。

一般的な飲食店では客の40%程度がクレジットカードで支払う。カードを切られると入金は決済から45〜50日後になってしまう。一方で仕入れ業者への支払い期日は早い。その結果、多くの飲食業者は運転資金が潤沢とは言えない状況にある。より飲食店の立場に立った融資サービスがあれば、資金繰りは楽になる。日々の資金繰りのみならず、資金さえあればもっと店を出したいと考える飲食店経営者は多い。金融サービスは、そうした新規出店などの支援も視野に入れる。

「将来的には、海外に出店しようという人たちのサポートもしたい」と松田は話す。支援は、資金面のみならず、料理人の派遣やノウハウの提供まで手掛ける構想だ。海外での和食のニーズは高く、すでにアジア各国やアラブ首長国連邦のドバイなどから申し出があるという。グローバル化に関してもここ数年の間に形にしていく考えだ。

現在の関東中心の物流網を日本全国へ、さらにアジア圏やその先の世界へと広げていく。まずは2018年までにIPO(新規株式公開)を目指す。そして2020年までに国内3兆円市場の1割に当たる年商3000億円、営業利益率20%を目指す。

壮大過ぎるチャレンジ。その下地を来年までに完成させるのはいくらなんでも無茶なのではと思う人もいるはずだ。だが、松田は話す。「30年かけてやるのではなく、3年とか5年でやるから企業価値が上がるんですよ」。松田が描く夢は大きく、到底1人の力では実現できない。だから採用活動を最も重視している。松田の自宅マンションで机一つから始まった八面六臂だが、今では社員も40人まで増え、幹部層の獲得も進んでいる。今後もさらなる成長のため増員の予定で、松田自ら、社長業の時間の半分を採用に費やす。

社員に求める採用基準は「若さ」、「正直さ」、「貪欲さ」。八面六臂の仕事をこなすには肉体的にも精神的にもタフであることが求められる。例えば、社員になればこんな1日を過ごす。朝5時に出社し、築地近くにある物流センターへ移動して、鮮魚の買い付け、梱包などの作業をする。11時頃にオフィスに戻った後はスーツに着替え、午後は飲食店回りをする——。

現在在籍している社員には無類の魚好き、釣り好きが多いが、松田が「そうでないとうちの会社には入れない」というほど仕事はきつい。それでもやりたいという人間が八面六臂に集まってくる。「広告営業マン、居酒屋、証券マン、自衛官、ベンチャー出身などの社員の経歴は様々。大手企業の第一線で活躍していた人も少なくない。きっとこの会社でなら世の中にインパクトを与える面白いことができると感じてくれたのでしょう」。

ロジックとセンス、一倉定とメタリカ

だが、仕事に対しては自分にも他人にも人一倍厳しい。「戦争なんですよ、商売って」。顧客に対して何か欺瞞に満ちた態度を取った場合は完膚なきまでに叩きのめすという。「自分でも強く言い過ぎたかなと思うことはある。家内が経理を担当しているのですが、彼女に対しても容赦ない。僕は社員から好かれようと思っていない。好かれて会社が潰れるよりも、嫌われて会社が成長するほうがいい。友達ごっこをしているわけじゃないから。傷を癒してくれるのは売上と利益だけです」。

松田が日ごろ業務をこなす社長室には2枚の額が掛かっている。1枚は「社長の教祖」と呼ばれる経営コンサルタント、故・一倉定の教えだ。

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「よい業績、よく売れる商品、喜ばれる仕事というのは、必ず面倒臭く、能率が悪いものである。楽をしたらダメである。(中略)コスト、生産性、効率、回転率とは無縁の世界である。それがお客様に喜ばれ、信頼されて、他社が及ばぬ好収益を生み出し、反映をもたらすのである」(一倉定『社長の販売学』より)

松田は商売を戦争と捉え、一倉をはじめとする先人や過去の事例から戦い方を学んできた。その中で経営には「ロジック」と「センス」の2つが重要であると気付く。

エレキベースに始まり、高校時代からはジャズ、大学ではジャズのビッグバンドを組み、よく聴くのはメタルという松田はそれを音楽になぞらえてこう説明する。「音楽とは極めてロジカルな世界で、西洋音楽のバッハの音階が基本。音楽はそれに基づき作られていて、いいミュージシャンほどクラッシックへの傾倒がある。ただその順番に従えばいい音楽ができるかというと必ずしもそうでなくて、時代背景などを踏まえなければいけない。ビジネスにも音楽と近いものがある」。松田にとって、八面六臂の強靭で精緻なビジネスモデルを完成させることは芸術作品をつくることと同義なのだ。

社長室に掲げられたもう1枚の額には、米国のヘヴィメタル・バンド、メタリカの「ダメージ・インク」の歌詞が書かれている。松田曰く「八面六臂の社歌」なのだという。

「内なる苦悶を始末し死ぬ気で事を為し決して音を上げない権力に跪き安楽の中に生きるか己に忠誠を誓い立ったまま死ぬか俺達の出す答えは決まっている血ダルマになっても決して降伏しない流行りではなく己の本能に従い最期まで世の流れに逆らって歩むんだ」——。
クラシックの「完全性」とヘヴィメタの「過激さ」がぶつかり合い、混ざり合うところに、松田の経営者としての「センス」が宿っているのかもしれない。

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