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企業をビジネススクールと捉える —ジーユー・柚木治社長【解説編】

投稿日:2014/01/28更新日:2021/11/30

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野菜事業で26億円の赤字を出し敢え無く撤退。出した辞表はオーナーの柳井正から“金を返せ”と突き返された。あれから10余年。その柚木治氏率いるファッション衣料ブランド「GU(ジーユー)」が気を吐いている。オンシーズンに低価格でトレンドを身に着けられるというコンセプトが若者を魅了したのだ——。孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第3回解説編(前編はこちら、後編はこちらから)。

よく「失敗は成功の母」と言う。成功した経営者に話を聞けば、必ず失敗談の1つや2つは聞けるだろう。世の中、全ての出来事が成功で終えられることはない。何か新しいバリューを生み出そうとする以上、失敗は必然。そして失敗から学ぶことはもっと大事。そんなことは誰もが分かっている。

しかし、我々の失敗は何かにつながっているのだろうか?失敗には意味のある失敗とそうでないものはあるのだろうか?失敗にはどう向き合うべきなのだろうか…?

今回のコラムにおいては、かつて野菜事業で26億円の損失を出して事業を畳むという辛い経験を経て、再びジーユーの社長として事業を成長軌道に載せている柚木さんのストーリーから、世の中に新たなバリューを生み出していくためのキャリアの積み重ね方を深めていきたい。

「企業はビジネススクールである」というマッコールのコンセプト

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ビジネスパーソンが成長をしていくためには、Off-JTと呼ばれる研修や外部のスクールも重要であるが、効果的なOJT(業務を通じたトレーニング)の存在が大前提である、ということに異論を挟む人はいないだろう。OJTというリアルな成長機会が機能しているからこそ、業務とは離れたOff-JTの意味合いが増していくわけだ。

しかし、ビジネススクールにおいて数多くのビジネスパーソンに接している立場として、成長の本丸であるOJTの場が効果的に機能しているのか、と聞かれれば、あまりに心許ない現実があると言わざるを得ない。示唆に富む貴重な業務経験抱えている人は多いが、多忙さの中にそれらの経験が粗末に扱われているように思えてならない。「経験は豊富だが、成長実感はあまりない」という人は少なからずいるのではないだろうか。

もちろん、そのようなOJTの機能不全の責任の一端は、その育成を担う会社や上司側にもある。しかし、本人側にも業務経験を通じてどのように学びを積み重ねていくか、ということは、実際にあまり多くの人に理解されていないように思う。

OJT、つまり業務を通じた経験から学びを深める、という考え方については、モーガン・マッコールが書いた『ハイ・フライヤー—次世代リーダーの育成法』という書籍に、参考になるコンセプトが提唱されている。そのコンセプトとは、「企業活動そのものをビジネススクールとして認識せよ」ということである。

企業は当然ながらある目的を達成するためにあるわけであるが、同時にその課程で人材育成の機能を担う存在でもある。つまり、その企業が取り組む数多くのチャレンジの機会が「カリキュラム」、上司や場合によってはクライアントなどが「講師」という存在となり、あたかもスクールのように社員を日々鍛えているというと受け取ることができるということだ。その観点で言えば、当然ながら、企業それぞれがどのような「看板」を持ったスクールなのか、ということの色合いが出てくる。代表的なところで言えば、たとえばP&Gという企業は「マーケティングのビジネススクール」、リクルートは「営業のビジネススクール」、マッキンゼーは、「経営課題解決のビジネススクール」、と言えるのかも知れない。これがマッコールの提唱した「企業=ビジネススクール」というコンセプトである。

冷静に考えればこのコンセプトは、OJTの意味を強調しているだけに過ぎず、特段目新しいことは言っていない。しかし、敢えて企業活動そのものをスクールという比喩的な表現に置き換えることにより、ややもすれば単に“従業員を放置していることを格好良くいうだけ”のOJTを見直す機会を与えてくれる。「スクール」と銘打った瞬間に、「履修科目は何があるのか?」「必修科目は何で、選択科目はどれくらいのオプションがあるのか?」「どういう講師が存在するのか?」「講師はどのような基準で選ばれているのか?」ということを企業側に問いかけるからである。

個人ベースで履修科目を具体的に考える

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しかし、この理論は「企業全体の組織能力を育てる」という視点で見ると意味があるが、個人々々に落とし込んだミクロな視点で見るとそうではない部分も多く見られるのも事実だ。「あの人は〜社のOBなので、〜力は備わっているはずだ」という前評判がどれくらい現場で悲劇を生んできたかを考えると、その限界に気付くだろう。

確かに優秀な社員は、「スクール」をうまく活用して科目を履修し、看板のスキルを習得して卒業していくかも知れない。だがOff-JTの機会と異なり、OJTの「スクール」は概してそれほど緻密に設計がなされていない。したがって、個人の視点で見れば、「スクール」の趣旨通りの科目を修了していく人もいる一方で、全く想定外の科目を履修する人や、履修していても不合格判定で修了できず終わってしまうような人も多い。つまり個人ごとの環境や意思に委ねられる部分は大きいのだ。

そこで、マッコールの「スクール」のコンセプトをミクロレベル(=個人ベース)に適用しようとするのであれば、個人ごとに今までの経験を具体的に棚卸しして、「どのような科目をどのような成績で修了したのか」、ということを具体的に考えなくてはならない。

ここで一つ注意しなくてはならないのは、「成績」とは、必ずしも「その事業で成功したから優秀な成績を獲得した」、ということにならないことである。たとえばある企業内での新規事業の立ち上げの機会があり、その立ち上げをやり遂げた経験があったとしよう。しかし、「企業内新規事業のスタートアップ」という科目の「成績」は、結果的にその人が「どれくらいの深い学びを得たか」によってのみ決まる。成功したからといっても、たとえば幸運にも周囲の環境の追い風を得て何となく成功した場合と、苦しみ抜いた結果失敗し、その失敗に向き合い自問自答しながら意味合いを見出そうとしてきた場合とでは、その「成績」は大きく変わってくる。前者は極端な話、科目は履修したとしても修了判定は出ないかもしれない。一方で、後者は優良な評価になる可能性は高い。

つまり、「成績」を考える上において大事なことは、成功か失敗か、ではなく、どれくらいしっかり総括をしたか、ということだ。

柚木さんが取得した科目は何か?

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さて、その観点で柚木さんのストーリーを見ると何が見えてくるだろうか?柚木さんが過去を振り返る言葉を伺うと、以下の3つの科目の姿が浮き彫りになってくる。
順を追って見てみよう。

履修科目その1:顧客起点のビジネスの組み立て方
まず挙げられるのは、「顧客起点のビジネスの組み立て方」という科目である。

誰も顧客が大事だと思っている。「あなたは顧客を大事に考えているか?」という問いかけを受けて、それに面と向かって否定する人は少ないだろう。しかし、「顧客基点でビジネスを組み立てる」ということの奥はかなり深い。より高い視点で、大雑把にどのあたりがターゲット顧客となるか、どれくらい顧客が伸びているか、どのようなニーズを抱えているか、ということは一通り考えるだろう。しかし、そのように大雑把に捉えることと、実際に顧客一人ひとりがどういうニーズを持っているのか、その裏側に顧客それぞれがどういうストーリーを持って商品やサービスに向き合っているのか、ということの洞察を深めることは次元が全く違う。

実はインタビューの上で、柚木さんが野菜事業からの学びとして最初に語った言葉がこの顧客起点の考え方だった。「主婦がどのような生活をしているのかを想像し抜くよりも、ビジネスモデルという抽象度の高いところに力を入れてしまった」という趣旨のことを仰っていたが、このことはまさにこの「顧客起点」ということの重要性を語ったのだと理解できる。一度仕組みが仕上がって安定的に流れている事業に所属している人にとって、「顧客起点」という科目を履修することは実は相当難しいのかも知れない。ジーユーに移ってからは、「絶えずご近所さんや若いスタッフの声に耳を傾けることから始めている」、と実感を込めて語る話の裏側には、「スクール」での「顧客起点のビジネスの組み立て方」という科目の存在があるのではないだろうか。

履修科目その2:多角化新規事業マネジメント
メインの本業がある企業が、多角化のために新規事業を立ち上げるということはよくある話である。しかし、この多角化のための新規事業というのは至る所に落とし穴が存在する。「市場機会が存在するから…」とだけいって参入したところで、多くのケースでは無数の落とし穴にはまって失敗する。

ビジャイ・ゴビンダラジャンの近著『ストラテジック・イノベーション戦略的イノベーターに捧げる10の提言』にそのマネジメントの難しさと考えるポイントが非常に分かりやすくまとまっている。多角化での新規事業を考えるにあたって彼の提示するフレームワークは、至ってシンプルだ。「忘れる」「借りる」「学ぶ」の3つ。

「新規事業」は、当たり前だが既存の事業とは環境が異なる訳であるから、既存事業の成功要素を「忘れる」必要がある。環境に即した戦い方、環境に即した組織やDNAがあり、そして評価基準というものがあるべきだ。しかし、多くの新規事業の失敗は、既存事業の記憶をぬぐい去れず、新規事業の環境とは関係ないはずの遺産を引きずることに起因する。

しかし、それと同時に、全てを忘れ去ってしまっては、グループ事業としての強みを生かすことができない。それこそ単なる駆け出しのベンチャー企業と同じになってしまう。そこで成功を確実にするためには、既存事業の経営資源を効果的に「借りる」必要がある。どのレベルの人材交流を持つのか、どの組織は共有をするのか、そこを緻密に設計する必要がある(言うまでもなく、「借り過ぎ」には要注意だ)。

そして、最後に新しい事業について「学ぶ」ということが求められる。実はここにも深い問題がある。一例を言えば、「こういう業績をあげなくてはならない」という思いが、予測や実績の認識を曲げ、正しく冷静な分析や学習を阻害する、という状況を作り上げる。いわゆる「学習障害」と呼ばれる症状だ。

これら「忘れる」「借りる」「学ぶ」という3つのハードルを適切に超えていかなくては、グループ内の新規事業はうまくはいかない。

これは2008年に遡るが、当時、グロービス経営大学院が主催したビジネスカンファレンス「あすか会議」で講演された際、柚木さんは野菜事業の失敗を振り返り、このようなコメント(http://globis.jp/554)を残している。

「ファーストリテイリングには新規事業は5年で売上規模1000億円にする、というような、途方もない基準があって、SKIP(※エフアール・フーズ野菜事業のブランド名)を始めた際にも、良くも悪くも立派な会社となることを前提に大きな本部を作ってしまったり、投資をしていった、というところがありました。商材が1個100円のトマトというような規模感であったにも関わらず、です」

これはまさに「忘れる」ということや「学ぶ」ということがいかに難しいことか、ということを体感された人の言葉に他ならない。ユニクロという既存事業の横で新規事業をやることの苦悩や難所を滲み出たコメントだ。

そして、この「多角化新規事業マネジメント」という科目の履修は、今のユニクロとジーユーの関係性に大きく生きているのではないかと思う。柚木さんはユニクロとジーユーの関係性について、「生徒会長のような優秀な兄と、奔放で可愛い妹」という表現をされていた。この何気ない比喩表現も、実は奥が深い。兄と妹なので「同じ家」に住んでいる訳であり、当然お互いに必要なリソースを「借りる」関係である。しかし、性別の異なる年頃の兄と妹。プライバシーの関係上もちろんしっかり部屋は分けられる(=「忘れる」)という状況でもあるだろう。そう考えると、実はこの表現の裏側にはこの科目からの学びをベースにした深い洞察が隠れていることに思い至るのだ。

履修科目3:他人の力を借りる力
最後の科目が「他人の力を借りる力」である。インタビューでは柚木さんは当時のことを振り返ってやや自嘲気味に「“Iam優秀”と顔に書いてあった」と言っていた。本当に当時の柚木さんが自身を過度に優秀と考えておられたかは置いておいて、注目度が高く失敗が許されないというプレッシャーの中で、「頼れるのは自分しかない」という思いは強くあったのだと思う。しかし、当たり前のことだが、どれだけのスーパーマンであっても個人が持てる力は限られている。大事なことは、いかに他人の力を借りることができるか、だ。もちろん、こんなことは誰もが分かっていることだろう。しかし、その概念を理解していることと、実際に日々のマネジメントにおいて、周囲を信頼して力を借りる行動ができる、ということは大きな違いがある。

柚木さんは、敢えて開き直り気味に「ファッションのことは実はよく分かっていない」と語る。おそらく野菜事業当時には口が裂けても語ることがなかった言葉だろう。いま柚木さんが語るこの言葉の意味は、「実際に自分自身がファッションビジネスを分かっていない」、ということではない。そうではなく、この言葉を通じて、「ファッションに向き合う若い社員たちの力こそ必要である。力を貸してほしい」、ということを社内に訴える意味合いがあるのだと思う。

このような言葉を、肩の力を抜いて語ることができることの裏側には、過去の「スクール」を通じた履修科目の存在があるのではないだろうか。

我々のこれからの履修科目は何だろうか?

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さて、そのようなジーユーも、今やグローバル化、そして1000億企業に向けて邁進している。しかし、ジーユーは果たしてこのまま順調に進んでいくだろうか?

ファッション業界という競争が激しい環境下で、このまま成功する保証はどこにもない。しかし、おそらくはこのジーユーという「スクール」の中で、柚木さんはまた多くの科目を修了され、その科目を土台に新たな経営のストーリーを築かれていくのだと思う。

最後に、このストーリーから、我々自身のことも考えておきたい。

このように経験を科目として捉えることの利点は、どのような苦境に陥っても、それを「難易度の高い科目を履修している」とポジティブに受け入れられることにある。柚木さんの事例に見られる通り、苦境を乗り越え、それをしっかり総括すれば、かけがえのない武器を手に入れられることになるのだ。

さて、皆さんは今までどんな科目を履修してきたのだろうか?中でも良い成績を残した科目は何だろうか?そして、今年1年、どのような科目に取り組むのだろう?その科目のシラバスには何が書かれているのだろうか?

この柚木さんのストーリーを通じて、これから皆さんが直面するであろう数多くの苦境をポジティブに考える契機にしていただき、よいキャリアを積み重ねる1年としていただければ幸いである。

参考書籍:
『ハイ・フライヤー—次世代リーダーの育成法』(モーガン・マッコール著、プレジデント社刊)
『ストラテジック・イノベーション戦略的イノベーターに捧げる10の提言』(ビジェイ・コビンダラジャン著、翔泳社刊)

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