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成功体験を壊す勇気——サントリーザ・プレミアム・モルツの場合

投稿日:2013/03/29更新日:2019/04/09

不振のビール市場で、サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」が気を吐き続けている。2012年ビール類総市場の伸長率が対前年比99%と前年割れを見せた中、ザ・プレミアム・モルツは110%の二桁増。同年の年間国内ビール販売量ではキリン「ラガー」を抜き、シェア4位につけた。この快進撃を率いたのが2012年春の商品刷新だった。

1人の顧客の中でも進んでいた二極化、そこに潜在市場の大きさを読み取った

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サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」の歴史は意外に古く、前身となる「モルツ・スーパープレミアム」を出した1989年に遡る。モルツ・スーパープレミアムは「知る人ぞ知るビール」として東京・多摩地区のみでスタートし、約10年間、限定販売として温められた後、全国販売に至った。しかし、モルツ・スーパープレミアムの販売実績は当初、想定通りには伸びなかったという。とは言え、赤字続きのサントリー・ビール事業において、大きな投資を伴って立ち上げた新ブランドを潰すわけにはいかない。

思考錯誤が繰り返される中、2005年、転機が訪れた。2003年に「ザ・プレミアム・モルツ」(以下、プレモル)に商品名を改め、2005年、ベルギーに本拠を置く国際的な品質評価機関モンドセレクションに出展したところ、ビール部門で日本勢初の「最高金賞」を受賞したのである。2007年まで3年連続で同賞を獲得し続けた実績は、広告戦略にも存分に活かされ、プレモルは衆目とともに一気にブレイクする。

その後も堅調な伸びを示す中、事業部はしかし、2011年に大きな決断を下す。「味とパッケージを変更する」。

もともと、「3年連続モンドセレクション最高金賞受賞」を看板に実績を上げてきた商品。味に手を加えるということは、しかし、その文言を広告宣伝やパッケージから降ろして戦っていくことを意味する。また、新しい味が既存ファン層に受け入れられなければ離反を招き、逆に売り上げ減を招く可能性もある。

ビール類に限らず、多くの飲料は、こうした既存ファン層の離反リスクを避けるため、ブランドの本体の商品には手を加えず、ブランドエクステンション、即ち、派生商品の発売を行うのが常だ。しかし、プレモルはあえて、リスクを取った。

「もっと行けるはず。まだプロダクトライフサイクルは成熟期ではなく成長期の入口であり、余地はあるはずとの想いがあった」と、サントリー酒類株式会社ビール事業部プレミアム戦略部・安達考俊課長は振り返る。「もっと多くの人に手に取って飲んでもらいたい」という社内の想い。それは「サントリーのビール事業のフラッグシップブランドであり元気の素であるプレモルでやらなければという全社一丸のコンセンサスがあった」(安達氏)と言う。

もっと大きなパイが存在するはず、という確信は、「完全な二極化が進んでいた」という市場の環境変化にもあった。ビール類総市場自体は2000年代以降伸びていない。同市場は一人あたりGDPと連動しているといわれているが、バブル崩壊以降の景気の低迷が市場に重くのしかかってきている。しかし伸びを見せているジャンルもあった。一つは、「第3のビール」だ。安いものが求められるのは不景気の常である。しかし、もう一方で高付加価値の「プレミアムビール」類にも伸長の萌芽があった。

富裕層と一般とに顧客層が二極化する傍ら、さらに顕著な変化として、利用シーンにおいても「一人の顧客の中でも『普段のビール』と、週末など『特別な時に飲むビール』といった使い分けが進んで」いたのである。マスとなる一般層から安いものばかりが求められるのであれば、プレモルがこれ以上に躍進する目はない。しかし、一般層の中にも利用シーンにおける二極化があり、そこにはプレミアムニーズが確実に潜在している。それをいかにより顕在化させて掴み取るか——。

サントリーの場合、その解は、「Valueformoneyに応える」(安達氏)というごく当たり前の形で結実した。

ただ「もっと飲みたくなるおいしいもの」を愚直につくり、顧客のValueformoneyに応える

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プレモルには、「手間隙を惜しまず、お客様にとって価値あるもの、つまり本当においしいもの、世界最高峰のビールをつくりたいという開発者の思いが、(モルツ・スーパープレミアム時代から)連綿と生き続けている」と、安達氏は話す。そのおいしさのキーワードは、「ヴァイタートリンケン」。ドイツ語で「飲み飽きない。もっと飲みたくなる。」との意味だ。

リニューアルにおいても開発当初からのそのコンセプトは踏襲された。「ヴァイタートリンケン」とは、単なる飲みやすさではなく、もう1杯が飲みたくなるうまさ。すなわち「しっかりしたコク・うま味」を意味する。「たとえるなら、飽きることなく後を引く、料亭のお吸い物の出汁のようなもの」だと安達氏は言う。そのコンセプトをさらに実現した味を開発するのが、プレモルのステージアップには欠かせないと判断されたのである。

味の確定までには幾度も試作が重ねられ、社長に至るまでのチェックが繰り返し行われた。これは本当に「世界最高峰のうまさ」と言っていいのか——。試作は発売ギリギリまで繰り返され、発売自体も悩みに悩んだ末、最後はサントリーらしく「やってみなはれ」の精神で、ようやく決定されたという。

その後の快進撃は冒頭、触れたとおりである。

成功体験。それは時に危険な罠になる。成功体験に縛られて先に進めなくなり、やがて没落していくことを「成功の復讐」ともいう。プレモルの好調のヒミツは、過去の栄光を捨て、顧客離反のリスクを取ってまで、新たな成長を目指した点にあるといえる。しかし、そこには単なる売り手の理論だけでなく、顧客の「Valueformoney」に応えるという視点も忘れられていない点も見逃せない。現在の、プレモルの製品メッセージは、「コクのプレミアム。」。プレモルが目指す、世界最高峰のおいしさ「ヴァイタートリンケン」、即ち「しっかりとしたコク・うまみ」を体現しているか。是非、皆さんも商品開発背景のことになど想いを馳せながら、一度、飲んでみられたい。

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