■P&GのPVP(Purpose、Values、Principles)
企業目的(PURPOSE)
私たちは、現在そして未来の、世界の消費者の生活を向上させる、優れた品質と価値をもつP&Gブランドの製品とサービスを提供します。その結果、消費者は私たちにトップクラスの売上と利益、価値の創造をもたらし、ひいては社員、株主、そして私たちがそこに住み働いている地域社会も繁栄することを可能にします。
共有する価値観(VALUES)
P&Gは、社員とその生き方を導く価値観(バリュー)とから成ります。
私たちは、世界中で最も優秀な人材を引きつけ、採用します。
私たちは、組織の構築を内部からの昇進によって行い、個々人の業績のみに基づき社員を昇進させ、報奨します。
私たちは、社員が常に会社にとって最も重要な資産であるという信念に基づき、行動します。
誠実さ
リーダーシップ
オーナーシップ
勝利への情熱
信頼
行動原則(PRINCIPLES)
以下は、企業目的および共有する価値観から派生する、社員の行動原則です。
・私たちはすべての個人を尊重します。
・会社と個人の利害は分かちがたいものです。
・私たちは、戦略的に重要な仕事を重点的に行います。
・革新は、私たちの成功の鍵です。
・私たちは、社外の状況を重視します。
・私たちは、個人の専門能力に価値をおきます。
・私たちは、最高を目指します。
・相互協力を信条とします
エクセレントカンパニー:P&G
アメリカのシンシナティに本拠を置く家庭用品メーカーのP&Gは、特にマーケティング分野で名高い。たとえば、1930年代、同社は社内競争による活性化を促すためにブランド・マネジメント組織を導入し、大きな成功を収めた。ブランド・マネジャーは「結果重視、社内昇進のみを前提にした人事評価制度」の下に、開発、製造、広告、販売などの機能部門を調整して、自ら立案したマーケティング計画を実行し、成果を競うのである。その後、幾多の組織変更はあったものの、このブランド・マネジャー制度はいまでもP&Gの強さの根源となっている。
1980年代にいち早くITを活用し、ECR(EfficientConsumerResponse)に取り組んだのもP&Gである。同時に、カテゴリーマネジメント(POSデータをベースに、どうすれば顧客である小売業者の棚あたりの売上げが最大化するかを考えた売場づくりの提案)にも取り組んだ。特に小売りの巨人ウォルマートとの戦略的な協業は、さまざまな企業からベンチマークの対象とされた。
近年では、自社のみの経営資源で商品開発を行うのではなく、「Connect&Develop」の方針を打ち出し、外部リソースを積極的に活用し、新商品に活かす試みでも大きな成果を上げている。
このように「マーケティングと言えばP&G」と言われるほどマーケティングで著名なP&Gだが、ゼネラル・エレクトリック(GE)と並んで、多くの経営者を世に送り出したことでも有名である。そしてその多くは、P&Gのマーケティング部門でブランド・マネジメントに携わっている。同社の「卒業生」には、GEのジェフリー・イメルト会長、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEO、ボーイングのジェームズ・マックナーニ会長、社長兼CEOなどがいる(いずれも2010年5月時点)。そのため、アメリカには「P&Gで学び、他の会社で稼げ」という言葉まであるほどだ。
グローバル企業への取り組みとしてPVP
さて、冒頭に掲げたP&GのPVPだが、これらの作成の直接の契機になったのは、80年代に盛んに進めた海外展開や、吸収、合併による拡大である。
一般に消費財においては、生産財に比べ、海外展開に当たって、消費者の嗜好や商習慣、購買行動などに大きく影響を受けやすい。そのため、そうした現地事情に理解のある人材を現地採用しなければならない場面が増える。その際、彼らに表層的なマーケティングの手法だけを伝授しても、なかなか成果は上がらない。その背景にあるP&Gの理念を伝え、組織文化をしっかり伝承してこそ、手法に魂が宿るからである。そして、そのためのツールとして考案されたのがPVPであった。
PVPは、当然、吸収や合併によって組織に加わった人々に、同社の価値観を伝えるうえでも非常に有効である。企業のダイバーシティが増す中で、求心力を高め、あらゆる従業員の意思決定や行動のよりどころとなるものを作る——それがPVPだったと言える。そうした考えに基づき、P&Gは、多くの従業員を集め、150年にわたる企業文化を成文化すべく、同社の企業目的、価値観そして行動原則をまとめさせた。
そうした経緯もあって、PVPには、「グローバル」という要素が色濃く反映されている。たとえば、企業目的にある、「…そして私たちがそこに住み働いている地域社会も繁栄することを可能にします」という言葉。これは明らかに、米国内の地域だけではなく、国外現地を意識したものだ。雇用なども含めて、地元に利益をもたらし、地元とともに歩まなければ、消費財ビジネスではなかなか勝てない、というビジネスのリアリティを反映したものと考えられよう。単なる願望ではなく、長年のビジネスで学んだことを積極的に盛り込む姿勢を感じる。
共有する価値観にある、「私たちは、世界中で最も優秀な人材を引きつけ、採用します」という言葉も、明らかに現地企業との競争を意識している。今でこそ「WarforTalent」という考え方も一般化したが、四半世紀前にグローバルレベルで意識していたというのは、非常に斬新だったと言えよう。その時代、国際展開している日本企業の多くの現地マネジャーが日本人であったのとは非常に対照的である。P&Gのそうした先進性は、決してマーケティング分野だけに限定されていないのである。
P&GのPVPでもう1つ言えるのは、個人の持つ潜在力重視の姿勢だ。これは3Mなどでも共通するのだが、良い会社の企業文化は、個人の可能性を最大の資産とみなし、その開発・強化を支援する文化となっている。そのために、権限委譲をし、コーチングを行う一方で、規律や高い目標はしっかり定め、そこからの逸脱や未達にはイエローカードが出る。
優秀な人を引き付け、高い目標を掲げ、さらに伸ばすことを支援する——これは、PVPに代表されるソフト要素と、人事や業務プロセスなどのハードな仕組みが合致した時に、非常に大きな効果をもたらす成功の方程式とも言えよう。
グローバル展開の難しさ
さて、こうして出来上がったPVPだが、内容の良さ(ビジネスのリアリティに即し、なおかつ人々のポテンシャルを引き出すことを意図する)にもかかわらず、現実には、グローバルにPVPを活用することは、困難を極めたという。
特に苦労したのが、文化の壁を乗り越えるという問題であり、より具体的には言語(翻訳)の問題であった。たとえば、日本語にする際、「Ownership」という英語に正確に一致する日本語はなかなかない。そこで、20年以上たった現在でも、日本では「オーナーシップ」という言葉がそのまま用いられている。言葉に込めた意味合いや微妙なニュアンスの共有には、現在も大きな苦労をしているという。
言葉はヒトを動かす最大の武器であり、また何かを考える際に、言葉抜きで考えることはできない。言葉は、人間が活動する上で、それだけ重要なツールなのだ。先進企業であるP&Gですら、いまだに試行錯誤を続けている。
振り返って日本企業はどうだろうか。近年、日本市場は少子化の進展で、ついに人口は減少に転じた。その中で成長するためには、グローバル展開が必須だ。しかし、それを日本人だけでやりきるのは不可能だ。特に消費財やサービスビジネスにおいては、先述したような理由から、ダイバーシティマネジメントが必須となっていく。そしてその鍵を握るのが、理念やミッション、行動規範の共有である。
ただでさえ、「阿吽の呼吸」でやってきた日本企業が、理念やミッション、行動規範、企業文化などを言語化し、それを現地の人々と共有できるのだろうか。グローバル企業として有名なP&Gですら苦労したことを、どれだけ真剣に取り組み克服できるか。これからの日本企業の国外での競争力はそうしたところに大きくかかってくるのではないだろうか。
(本コラムの執筆にあたっては、HBSケース「プロクター・アンド・ギャンブル・ブラジル(A):21/2のターンアラウンド施策」を参考にした)
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