■ファーストリテイリングのステートメントとミッション
◆ステートメント(Statement)
服を変え、常識を変え、世界を変えていく
◆ミッション(Mission)
ファーストリテイリンググループは─
・本当に良い服、今までにない新しい価値を持つ服を創造し、世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します
・独自の企業活動を通じて人々の暮らしの充実に貢献し、社会との調和ある発展を目指します
ファーストリテイリングの歩み
ファーストリテイリング(以下、FR)は、言わずとしれた「ユニクロ(UNIQLO)」を展開する国内最大のアパレルSPA(製造小売業)である。
FRはよく知られるように、もともとは山口県を地盤とする、地方のアパレル小売会社にすぎなかった(当初の会社名は小郡商事。FRに改称したのは1991年)。現社長の柳井正氏が家業を継いで以来、若者をターゲットとした安価で売れ筋を見据えた品揃えや、積極的な事業展開で地元でこそ有名ではあったが、関西以東でその名を知る人は、90年代になっても多くはなかった。
そのFRが一般に広く知られるようになったのは、SPAに特化し、独自ブランドのみを扱うようになり、成長を加速させてからだ。特に関東地方でユニクロの名前が広がったのは、フラッグシップ店として1998年に原宿店をオープンさせ、さらに「フリース攻勢」をかけてからだろう。三層吹き抜けの斬新なデザインの原宿店は、休日に行列ができるほどの大成功をおさめ、ユニクロの認知度を劇的に向上させた。
「SPA」や「中国での生産」、「ノンエイジ、ユニセックス、ベーシックカジュアル」といった、安さ実現の仕組みを好意的に取り上げる新聞や経済誌も増え、「ユニクロブーム」と呼ばれるほど社会的認知が進んだ。2000年にはフリース2600万枚を売り上げ、2001年8月期の経常利益は1032億円にも上った。
しかし、そのFRも、急成長の反動もあってか、2002、03年8月期決算ではそれぞれ大きく減収となる。04、05年度もほとんど現状維持であった。「ユニクロ神話も終わった」と言う声も一部にはあった。そうした中、一時期、社長の座を若手に譲っていた柳井氏が再び社長として復活したのが05年のことであった。
もともと積極的なM&Aや海外展開を仕掛けていたFRは、柳井社長の下、さらにこれを推進。そしてユニクロ復活の象徴となったのが、東レと共同開発した素材を用いた「ヒートテック」の大ヒットである。07年には2000万枚が売れ、翌08年冬には、グローバル化のための重要な世界戦略商品と位置付けられた。その価値を世界中に提供するグローバル・プロモーションが行われ、世界各都市で話題となり、前年の4割増の2800万枚が完売となったのである。最近では、1100坪の中国での旗艦店を上海に開店する計画を発表した。
服を変え、常識を変え、世界を変えていく
FRの経営理念は、FASTRETAILINGWAY(FRグループ企業理念)の中に、「ステートメント(Statement)」、「FRグループのミッション(Mission)」、「私たちの価値観(Values)」、「私の行動規範(Principle)」の四つがあるという構造になっている(注:行動規範は、「私たちの」ではなく「私の」となっている。ただし英語版では価値観と同じくOurという表現を用いている)。冒頭に示したのは、その最初の二つだ。
まず、ステートメントから見ていこう。この中でやはり注目されるのは、「常識を変え、世界を変えていく」の部分だろう。ちなみに、このステートメントの英語版は、「Changingclothes,Changingconventionalwisdom,Changetheworld」となっている。つまり、あくまで世界を変えることが彼らの主眼であり、そのために、常識を変え、服を変えているというように読める。
世界というのは、次のミッションを見てもわかるように、世の中と言う意味ではなく、文字通りの「世界」である。ではなぜ「世界」なのか。もちろん、単純に国内市場だけでは飽和してしまうとか、世界と謳ったほうが、従業員をモチベートできるという要素もあろう。インディテクス(ZARA)やH&Mの日本攻勢を受けて、彼らの土俵に攻め入ると言う意味合いも当然ある。
しかし、あえて「世界で戦う」などではなく、「世界を変える」とした点に、柳井社長の想いを感じる。もちろん、語呂の点からも「変える」で統一する方が分かりやすいという面はある。しかし、それ以上に、「変える」と明言することで、会社としてさらなる高みを目指そうという意気を感じるのだ。
これは採用活動などにも当然反映してくる。「一緒に世界で戦おう」と言われるのと、「一緒に世界を変えよう」と言われるので、どちらがより優秀な人材を引き付けうるか。どちらがより一緒にやりたいと思うか。おそらく後者だ。「変える」はすでに戦うことを含意し、その上でさらにイノベーションを起こそうという気概が込められているからだ。かつて、南海ホークス時代の野村克也監督は、江夏豊投手をリリーフ専門に起用するに当たって、渋る江夏投手に対し、「一緒に野球を変えようや」と説得したと言われる。「(一緒に)世界を変えよう」にはそうした言葉の魔法がある。
GAPにもインディテクスにもH&Mにも出来なかったことに、常識を変えながら挑戦するという気概を持つ人材を多く集めることこそが、創造と変革を促す第一歩となる、という信念がこのステートメントには感じられるのだ。事実、FRは特に中途採用を軸に、極めて人材獲得に熱心な会社としても有名である。
本当に良い服、今までにない新しい価値を持つ服を創造する
ミッションのパートは二つに分かれているが、メインと思われるのは一つ目の方だ。ここは、まさにファーストリテイリングの商品作りの思いと、世界に対する価値貢献の願いが表出している。
まず、「本当に良い」は、「安かろう悪かろう」とは一線を画していることの自負が感じられる。事実、メインブランドのユニクロの服は、競合の同様の価格帯の服に比べても品質は非常によく、また最近では高いプライスラインのものを積極的に提案している。一見、薄利多売と思われがちだが、粗利率は50%を超える。
「今までにない新しい価値を持つ服」もFRらしい。それなくしては、成長、すなわち価値創造がないことを柳井社長は強烈に訴えているのだ。彼は昨年、インタビューに答えてこう述べている。「新しい需要をつくりだし、自分たちで努力して開発することだ。フリースもカシミアのセーターも、需要は最初からあったわけではない。例えば洗ったら10分ですぐに乾く服、水洗いで全部きれいに洗える服。これがあれば、旅行は着替えを持たずに済む。『あったらいいな』をつくりだすこと。それが大事だ」。まさに社長自身が先頭に立って、ミッション実現の重要性を具体例を出しながら訴えかけているのである。
そして最後に、「世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します」。おそらく、ここでは単にワールドワイドというだけではなく、いわゆるBOP(貧困層)なども意識されているのであろう。実際、世の中には、満足に服を買って着ることの出来ない人も多い。そうした人も含め、世界70億人には、70億通りのニーズがある。すべてに応えることはできないにせよ、「衣」を通じてより多くの人を幸せにしたいという想いが溢れている。この想いは、従業員を初め、多くのステークホルダーに強く訴えかけるはずだ。
こうして見てみると、経営理念や戦略との整合性ともあわせ、トータルとして、非常に良く練られたミッションと感じられる(ただし、だからこそ、ミッションの二つ目がやや茫洋として掴み所がない点が気にはなる。ここはもう一工夫できるのではないのだろうか)。
FRは現在、5兆円企業を目指して邁進中だ(現在はおよそ7000億円)。その結果として、GAPやインディテクス、H&Mを抜き去り、世界一のアパレルSPAとなることを目指している。世界を見据えて価値創出を行い、幸せ、満足を提供しようとするFRの次の打ち手に今後も注目したい。
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