あの「危険タックル問題」から1年7か月。日本大学アメリカンフットボール部フェニックス(以下、日大アメフト部)は2019年12月、大学1部上位リーグ「TOP8」に再昇格しました。長きにわたる公式戦出場資格停止を経て、1部下位リーグ「BIG8」のリーグ戦を全勝してのTOP8返り咲きでした。
再昇格までの道のりが平たんなものではなかったことは、想像に難くないでしょう。「危険タックル問題」の後、内田正人前監督やコーチ陣は日大アメフト部を去り、部の再建は橋詰功新監督に託されました。
当初、橋詰新監督の指揮にメンバーは戸惑いを隠せなかったことが数々の取材で明らかにされています。深夜に及んでも監督が納得するまで続けられていた練習は21:15終了になり、あるはずの指示・命令は一切無し。その代わり、練習内容やプレーについて話し合うミーティングが開かれ、自主性を重んじる指導スタイルです。
贄田時矢主将は、取材記事の中で橋詰新監督について語っています。
「大枠だけをつくってもらって、細かいところは自分たちで考えてみなさいと言われても、できませんでした……。それまでは練習メニューもあってないようなものでしたし、次にやることも練習時間も、監督やコーチの気分次第という感じでしたから」(NumberWeb「日大アメフト部の真実、その光と影(後編)」より)
メンバーが戸惑いを覚えた新監督と前監督の違いは何なのでしょうか。そして橋詰新監督は、なぜ前監督と指導方針を変えたのでしょうか。「パス・ゴール理論」で考えてみましょう。
パス・ゴール理論とは?
パス・ゴール理論とは、部下が目標(ゴール)を達成するまでの道筋(パス)を示し、部下が必要とする支援を与えるリーダーシップの考え方です。
この理論によると、環境要因(市場環境や組織体制)、および部下の要因(自立性・経験・能力)の2つの要因によって最適なリーダー行動は異なるとされています。そのリーダー行動は以下の4タイプに分類されます。
・指示型:ゴールの達成方法や具体的な行動まで指示をする
・参加型:決定を下す前に、部下の意見を取り入れようとする
・支援型:部下の状態を気遣い、配慮を示す
・達成志向型:高い目標を示し、その達成に向けた努力を求める
内田前監督の指導スタイルは、上記のうち指示型であったと言えます。練習メニュー、練習時間は監督がすべて指示し、選手は指示通りに練習を積み重ねていました。
その一方で、橋詰新監督は主に「参加型」の指導をしていると言えるでしょう。細かい指示を監督自ら出すことは稀であり、メンバーに意見を求める姿勢を取っています。
なぜ橋詰新監督はこのような指導スタイルを取ったのでしょうか。「危険タックル問題」で反則行為をした選手は、監督から指示されたと発言しています。前監督・コーチの証言と選手の主張は食い違いがあるままですが、いずれにせよ、選手が「監督の指示を受け取ったままに動いた」結果、招いた事態です。
この状況を踏まえて橋詰新監督は、チームの再出発にあたり、これまでと同じ指示型の指導では以前と何も変わらないと考えたのでしょう。
しかしながら、「参加型」の指導が機能しないリスクも大いにあったはずです。それまでの日大アメフト部は、指示されたことを徹底的にやりきる風土が根付いており、自分で考え判断する自立性とは縁遠かったチームです。一方で参加型のリーダーシップは、「部下の能力や自立性が高く、自己解決意欲がある場合」に機能するのです。
橋詰新監督は、選手の豊富な経験や能力の高さに賭けたのでしょう。パス・ゴール理論における部下の要因は、「自立性・経験・能力」とされています。日大アメフト部は、経験・能力が豊富なスター選手揃いのチームです。あとは自立性さえ伴えば、あのような問題は二度と起こさない、真の意味で強いチームになれると考えたのではないでしょうか。それゆえに、最初は混乱が起きることは承知の上で、「参加型」の指導スタイルを貫いたのだと考えます。
これからTOP8での厳しい戦いが始まります。日大アメフト部のチームづくりはまだ道半ばです。これからも橋詰新監督のリーダーシップに注目が集まりそうです。
【参考動画】
パス・ゴール理論についてもっと知りたい方は「組織行動とリーダーシップ」の動画をご覧ください