■公文の理念
われわれは
個々の人間に与えられている
可能性を発見し
その能力を最大限に伸ばすことにより
健全にして有能な人材の育成をはかり
地球社会に貢献する
「生きる力」を学ぶ
全世界でおよそ2万5千の教室と400万人超の学習者を誇る“KUMON”。読者の中にも、自分自身がかつて利用者だったり、現在お子さんが利用されていたり、という方は多いはずだ。近年、サービス内容や対象者の年代は広がりつつあるが、その中心を占めるのは、公文式教室における「算数・数学」「国語」「英語」(日本の場合)の児童教育であることはよく知られているところだ。
公文のユニークな点はいろいろあるが、その中でもまず指摘できるのが、いわゆる「受験教育」を優先してはいない点であろう。同社が学習者に身に付けてほしいと考えているのは、「(将来の)生きる力」だ。そのベースとなるのが、基本的な学力(読解力、論理思考力など)であり、自己肯定感、自発的に学ぶ姿勢である。こうした心のあり方、能力、態度を育むために、「公文式(KUMONMethod)」と呼ばれる独自の教材や教育方法を採用している。
「一人ひとりに合わせて」「楽しい」「励ます」「自信がつく」「自分からやる気になる」——公文式を表すキーワードは多々あるが、先述した基本学力、自己肯定感、そして自発的に学ぶ姿勢を高め、最終的には「生きる力」を高めようとする姿勢は一貫している。
公文の創始者である公文公(くもん・とおる)氏は、もともと高校の数学の教師であった。彼が、小学生の自分の子どものために独自の教材を作るところからスタートしたのが公文式であり、50年以上の歳月をかけてブラッシュアップされてきた。
途中で、「もっと受験に適した教材にしてほしい」という要望も数多く寄せられたようだが、公文氏は断固としてそうした要請を受け入れなかったという。長い目で見た子どもの生きる力を伸ばすことに強いこだわり、信念を持っていたからだ。そうした信念が、強固なメソッドのベースにあるのは間違いない。
どうしてこれだけ広まったのか。これもよく知られている話だが、公文はフランチャイズ方式をとっている。成功するフランチャイズにはいくつかの条件があるが、その一つは、ノウハウやメソッドが確立しており、確実性高く再現できることだ。だが、それだけでは十分ではない。
「やる気」が「やる気」を生む
もう一つの重要な必要条件となるのが、加盟者や関係者の強力なモチベーション(やる気)である。モチベーションがあるからこそ、苦境も乗り切れるし、前向きなアイデアが出てくる。これはあらゆるビジネスに共通する話だが、特に教育ビジネスにおいては、加盟者や関係者(特に先生)のモチベーションの高さは、それ以上の意味を持つ。
第一に、モチベーションが顧客に伝播していくという要素がある。皆さんも、過去を振り返ると、やる気のある教師や講師の授業の方が、そうでない授業に比べ、はるかに面白く、学びも大きかったはずだ(もちろん、相応のスキルを伴っているという前提条件は付く)。
特に、公文の場合、対象者の多くは子どもだ。子どもは、大人が思っている以上に敏感に、大人の姿勢を感じ取り、良くも悪くも見本にする。自発的に学ぶ姿勢や、自己肯定感を植えつけることを目的とする公文の場合、加盟者や先生(兼任が多い)が高いモチベーションを持たずして、子どもにやる気が伝播していくわけがない。
第二に、教育ビジネスにおいては、加盟者や先生などのモチベーションの高さは、メソッドの向上を強く促す。特に、メソッドが未成熟な初期や、規模化を図る成長期において、有効なフィードバックが多く集まることは、非常に重要な意味を持つ。ちなみに、公文が本格的にフランチャイズを展開し始めたのは、1960年代から70年代にかけてであるが、当時、公文の教育を最前線で担ったのは、高い教育を受けているにもかかわらず、職業選択が制約されがちであった優秀な女性たちである。
彼女たちは職業選択に恵まれないだけではなく、同時に、自分の子どもに良い教育を提供したいという動機も持っていた。そうしたポテンシャルを持つ女性に着目し、加盟者兼先生として取り込んでいったことが、公文の教育メソッドの向上にもつながり、子どもたちのやる気をさらに刺激するという相乗効果を生み、公文の初期の成長を支えたのである。
「良い教育」「良い仕事」に携われる幸せ
では、加盟者や関係者のモチベーションを高める方法論として、他にどのようなものがあるだろうか。組織行動学の知識をお持ちの方であれば、代表的なインセンティブとして、金銭的報奨、他者との良好な関係、社会的評価、自己実現の場の提供などがあることをご存知だろう。
人によって何が最も効いてくるかには差があるが、一般に、良き企業文化を維持しながら人々を長期にわたってモチベートするには、自己実現の場の提供が有効である場合が多い。世の中に価値を提供しつつ、自分が成長しているという実感を持てるからだ。
その際に重要なのは、提供している場や機会に積極的にポジティブな意味づけをし、それを発信し続けることである。
元総理大臣の田中角栄氏は、なぜ若い頃土建業という仕事を志したかを聞かれて、「土建業は、『大地の彫刻家』だからさ」と答えたといわれている。その話を事実とすると、彼は土木工事という一見地味な仕事に、「大地の彫刻家」という意味づけを行ったと解釈できる。それが彼自身のモチベーションとなり、また従業員のモチベーションともなったのであろう(もちろん、彼の場合、利益も大いに重視したわけだが)。
筆者も教育に携わる人間なのだが、実は教育という仕事は、そもそも、無条件に人に誇れる仕事だという特性がある。「人を育てる」「未来を担う人材を作る」「可能性を開花させる」——言い方はいろいろあるだろうが、よほど内容がプアなケースでもない限り、それを聞いて「しょーもない仕事だね」と言う天邪鬼はそうはいない。ただでもそうした特性を持つ教育という仕事に、さらに積極的な意味づけがされたとき、人は大きく動機付けられるはずだ。
■公文の理念
われわれは
個々の人間に与えられている
可能性を発見し
その能力を最大限に伸ばすことにより
健全にして有能な人材の育成をはかり
地球社会に貢献する
冒頭にも示した公文の理念だが、公文が提供しているサービスと併せて見てみると、実に壮大でチャレンジングかつ人に対する愛情が込められていることが分かる。実際、創業者の公文公氏は、究極的には、「教育による世界平和」を最終目標にしていたという。
世界中の子どもたちが、教育を通して成長し、自己実現し、繁栄し、平和に貢献する——多くの戦争の原因が無知と貧困に起因することを考えると、公文公氏の目標がいかに理に適ったものであるかがよく分かる。
公文が世界中の国々で受け入れられているのは、その学習者に対する実利的なメリットや日本での実績だけが理由ではない。加盟者や先生を始めとする関係者が、人に誇れる「良い教育」ひいては「良い仕事」に携われる幸せを感じられるからと言っても過言ではないはずだ。