第1回~第4回まで、日本的大企業でイノベーションを実行してきたミドルの人財要件・資質について探り、彼ら、彼女らが「NINJA」という共通した資質を持っていること、この資質をキャリアの中でどう醸成し、活かしてきたのかを紹介してきました。
【NINJA】
N=Network(社内外の人脈、ネットワーク)
I=Insight(課題抽出力、本質を見抜く力)
N=Nemawashi(根回し力、巻き込む力)
J=Joy(自分の仕事も、困難も楽しむ力)
A=Ambition(圧倒的当事者意識、大志)
では、NINJAの資質・要件を持ったミドルがいれば本当にイノベーションは可能なのでしょうか。最終回となる本コラムでは、半年間の研究プロジェクトと我々の中で今なお残る課題感、それでも我々が未来を向いて歩いていくための展望を、ミドルたちの証言とともに紹介します。
漢方薬か?外科手術か?
我々が感じている課題感の1つは、「ミドルから始めるイノベーションはスピード感もなく、インパクトにも欠ける。本来のイノベーションのあるべき姿から遠いのではないか?」ということでした。
実際、講師の1人からは「ミドルから始めるイノベーションは、いわば漢方薬みたいなもの。トップであれば外科手術ができるが、ミドルにはジワジワ効果が出る(かもしれない)漢方薬のような働きしかできない。投資対効果も見えにくい」「課題やイノベーションのタネを見つけても、根回しをして、人脈を築いて…なんてやっていると、スピードの速い海外企業やベンチャーには負けてしまう」といった指摘を受けました。
そこで、「トップでなければできないのか?」と質問を投げかけたところ、以下のような回答がありました。
■接客サービス会社で新規事業を立ち上げたKさん
「イノベーションや社内変革はトップじゃないと難しいよ」と話すのは接客サービス会社で新規事業を立ち上げたKさん。Kさん自身は、トップではなかったときに新規事業を立ち上げ、その後、その事業を子会社化し、自身がトップに就いています。
「トップであれば、投資にしろ、組織形態を変えるにしろ、すぐに手を付けられるが、トップでない立場だと根回しや周りを巻き込みながらじっくり進めるしかない。だから時間がかかる。自分が社長になったとき、『こんなに早く手が付けられるのか?!』と驚いた」と話します。
Kさんが立ち上げた新規事業は、当時本流の事業ではなかったので、経営陣からは猛反対されたそう。Kさんはトップの権限がなければ進められないということをいち早く気づき、事業立ち上げのスピードを上げるためにミドル時代は、経営陣をどう説得するか、どういう働きかけをするかに力点を置いたといいます。
例えば、外部の識者をトップに会わせたり、外部セミナーに一緒に参加するなどして、自社にはない考え方や外の世界の知識をどんどん取り込むようにして“洗脳”していったそう。
「今から考えると新規事業は不確実要素が多いし、トップといえども判断に迷うもの。だからこそトップがすぐに判断できるように、外部環境の変化を進言したり、外部のセミナーを一緒に受けたりして、トップが判断するための材料を揃えるようにしていた」
■電気機器メーカーでイノベーションに取り
現在、海外赴任しイノベーションに取り組んでいるミドルのSさんからはこんな話が聞けました。
「イノベーションが必要だということはみんな分かっている。でもこうしたら成功するということはわからず、参考にする事例や書籍もほとんどない。でも何もしないでいると船は沈んでしまう。それなりの立場を得た5~10年後にやろうではなく、今すぐ取り組まなければ間に合わない」
「ミドルがイノベーションを進めるのが難しいのは分かっている。だけどトップダウンではなく、ミドルアップ型の経営が日本企業の特徴。だからミドルだけで進めようと考えるのではなく、トップをうまく巻き込んで、ミドルアップ&トップダウンの形を作り込むことが大事。その際、現場や外部の関係者とトップの結節点になるのがミドルの役目だと思う」
ミドルから始める
このように、インタビューをしたミドルたちは、「自分たちから始めても無駄」と考えるのではなく、「自分たちから始める!」「自分たちがやらなければ」という気概をもって、トップをうまく操縦していることが見えてきます。また、決して自社だけに閉じこもっているのではなく、外部との連携や外部の知識を貪欲に取り込んでいることも見えてきました。
イノベーションや事業構造変革は痛みを伴うことも多く、トップダウンでやり切る方がスピード感もあり、成功確率が高いことはわかります。それに比べるとミドルから始めるイノベーションは確かにスピード感はないし、効果も出にくいと思います。イノベーションのあるべき姿からは遠いということも課題感としては理解しています。
しかし、だからといってミドルである我々が何もしないでいるのではなく、たとえゆっくりとしか進まなくとも、まずは打席に立つ、始めてみることが大事なのではないか。ミドルからトップを巻き込み、タテ・ヨコ・ナナメをつないだ、いわばチーム戦のようなミドル発のイノベーションも1つのあり方なのではないかーーというのが我々のいったんの結論です。
イノベーションの結果はすぐに出ない。でも諦めてもいいの?
もう1つ残る課題は、「イノベーションの結果はすぐに出ないし、これをやれば成功するという方程式もない」ということです。これはトップダウンであっても、ミドルアップであっても同じです。
イノベーションは、結果とプロセスの因果関係を明らかにするのが難しく、「こうやれば成功する」という要諦を完全に証明するのは不可能といえます。また結果が出るまでに時間がかかるため、今回紹介したインタビューや取り組み事例も、本当の意味で結果が明らかになるのは5~20年後だろうと思われます。
つまり、「NINJA」が本当にイノベーション人財に必要な資質なのか、「NINJA」より大事な要件はないのか、については引き続き追いかけて、それぞれの事例の経緯を見届ける必要があるということです。
今回は研究としては不完全な部分が残っていることを認識しつつ、今後も継続調査及び、自分たち自身のイノベーションへの挑戦も課題として残っているということを認識し、本稿がイノベーションを必ず成功させるためのHOW TOや絶対要件ではないことをお許しいただきたいと思っています。
最後に
本稿は、研究プロジェクトを通じて多くのミドルたちからのアンケート、インタビューなどで語っていただいたことを元にまとめました。
イノベーションは結果が出るまで時間がかかるうえ、「これをすれば成功する!」という要諦がなく、それでも同時進行で自社内でのイノベーション、自社の変革を進めなければいけないのがミドルだと我々は考えています。だからこそ、いまミドルである自分たちのやるべきこと、自分たちミドルでもできることを明らかにしたいという思いで卒業後も研究を続けてきました。
トップダウンであっても、ミドルアップであっても、イノベーションは難しく、成功の要諦が無いのであればまずは打席に立ち、早回しで失敗して自らを研鑽させながら次の一手にチャレンジしていこうというのが我々研究プロジェクトチームの考えです。
自社でできること、自分たちができることにこだわるわけではなく、「外に出る=転職」という決断をする前に、まずは「今ここにいる自分たちが始める!」ことが最初の一歩なのだと考え、自分たち自身も実行していくことを誓い、連載を終了したいと思います。
本稿が、ミドルだけでなく読者の方々のイノベーションに対する取り組みの一助になれば幸いです。