前回に続き、先日グロービス経営大学院東京校で行われたセミナー「ゲームチェンジの時代に求められる組織改革とリーダー育成」の内容をお伝えします。第2話は、丸紅の人事部長、鹿島浩二氏に育成事例を語っていただきました。(全4回)
丸紅が取り組んだ組織改革
本日は、当社の概要、新たな取り組みを実施した背景、そして具体的な施策と、大きくは3つの構成でお話をさせてください。
まず当社の概要ですが、創業は1858年で、およそ160年の歴史があります。近江商人という点ではタケダさんと同じです。近江の伊藤忠兵衛が始めた麻布の持下り(行商)が創業の原点で、伊藤忠商事さんとは同根の会社です。資料には「67カ国・地域にわたって展開」とありますが、事業会社等を加えると海外にはさらに多くの拠点があります。従業員数はおよそ4500名で、グループ全体ではおよそ4万1000名。また、本社従業員4500名のうち3500名強が総合職であり、そのうち4人に1人が常時海外に駐在しています。当社に新卒で入社して定年まで働くと、2~3回は海外に駐在することになります。
私自身は入社以来長いあいだ人事業務に携わってきまして、海外駐在はニューヨークで5年半、北京で2年経験しました。ただ、人事部長となる前の4年間は本社の人事から離れておりました。北京に2年間、その後2年間は素材グループという営業グループのグループ企画部副部長という立場を経て、昨年4月に人事部長となりました。
当社の組織についても簡単にご紹介させてください。2019年度の新しい組織図でご説明しますが、中心になるのは営業の本部で計14あります。「ライフスタイル」「食料」「電力」「プラント」「金融・リース事業」等々、すごくバラエティに富んだビジネスラインが1社のなかにあるというのが特徴です。
今年4月には大きな組織変更を実施します。もともとは営業本部の上にグループが、下に部があって、部の下に課があるという4階層でしたが、営業本部を強くする目的で、本部長が社長に直接レポートする形にしました。14人の本部長が社長の直下になり、かなりフラット化しています。我々は営業本部のことを、よく「タテ」と呼んでいます。そのタテを進化させて強くするため、社長直轄にして階層の数を減らしたというのが今年4月の組織変更です。
もう1つの特徴が、今年から「次世代事業開発本部」という新しい営業本部をつくった点です。こちらは先ほどのタテに対して「ヨコ」。我々のビジネスを横に拡張していく役割を担った本部です。このほか、営業グループとは別に管理部門もあり、人事部はその1つで、企画、グローバル、労務以下、すべてのことをやっています。
続きまして当社の人員と業績の推移をご紹介します。2000年から2017年までで連結純利益の推移を見てみると、当社は2001年度、非常に大きな損を出して株価は当時58円まで落ちてしまい、まさに会社存亡の危機に陥りました。そこから復活したのち、リーマンショックや資源価格の暴落といった試練を経て現在に至っています。おかげさまで2017年度は史上最高益を更新しました。一方、総合職の人数を見てみると、バブルの頃にかなり多かった人数を減らしまして、現在はそこから微増している状況です。
ちなみに、各営業部長らに弊社の従業員数推移を説明する際には、私の入社年である1989年の従業員数を資料に加えています。当時の従業員数は7500名、うち総合職が5500名、一般職が約2000名。それが今は従業員数4500名、うち総合職は3000名強、一般職は半分以下の800名です。特に一般職はPCやE-Mailの浸透等によってここまで減ったのですが、部長達は私の同期前後なので、この数字を見せて、「そうしたインパクトのある変化が、今も起ころうとしています」と伝えると、効くんです。
大いなる危機感 ⇒ 変革の必要性
続いて当社の新しい取り組みのお話をしたいと思いますが、まずはその背景からご説明します。弊社社長は社内報で「時代は大きな転換点を迎えている。デジタルトランスフォーメションに代表される事業環境の激変よって、私たちは生き残りをかけた変革を迫られている」と伝えています。そもそも商社のビジネスとは、モノをつくるのではなく、世の中で必要とされているものを探し出し、それを価値として提供することで対価をいただくビジネスです。
したがって、時代が変わる(ことによってその価値も変わる)ことも織り込み済みではあります。ただ、今来ている変化の波は今までのものと比べて桁違いに大きいと、特に経営層がそう感じはじめて、「今のままで、10年後、本当に当社はあるのか」といったことを投げかける機会が増えてきました。そこで、「既存の枠組みを超える」というスローガンを掲げ、自己変革に取り組むようになりました。
「既存の枠組みを超える」には様々な意味が込められています。たとえば当社では営業の縦割り体制がすごく強いため、タテを超えた事業の創造がなかなか難しい状態でしたが、それを変えていこうと。あるいは人材面でも、それまでの同質性の高い集団思考を脱して、多様な見方や価値観を取り込む集団にならなければいけない。また、一人ひとりのマインドセットも、より挑戦に積極的にならなければいけない。そんな意味合いが込められた「既存の枠組みを超える」をスローガンにして、変革に取り組んでいこうとしています。
昨年6月には、「丸紅グループの在り姿」を打ち出しました。当グループがどこに向かっていくのかを示し、それを社内外で共有して進もうというものです。タイトルは「Global crossvalue platform」。crossvalueは造語で、「機能、顧客、事業等、プラットフォーム上の社内外のさまざまなものをクロスさせて、新たな価値を創出する」という意味です。その中身は「時代が求める社会課題を先取りし、事業間、社内外、国境、あらゆる壁を突き破るタテの進化とヨコの拡張により、社会・顧客に向けてソリューションを創出します」と「丸紅グループを一つのプラットフォームとして捉え、グループの強み、社内外の知、ひとり1人の夢と夢、志と志、さまざまなものを縦横無尽にクロスさせて新たな価値を創造します」。つまり、先ほど申し上げたタテの進化とヨコの拡張です。
ポイントは2つ。1つは社会課題を先取りすること。もともと総合商社のビジネスモデルとは社会における課題を解決して、その対価をいただくというものです。でも、営業本部があまりにも強くなると、社会課題の解決よりも自分たちが持っている商材を優先させて売りに行ってしまう、そんな危機感がありました。我々が今持っているリソースを使って社会課題を解決する考え方に立ち返らなければいけない、というのが1つのポイントです。もう1つはプラットフォームであるということ。人材を含めて、いろいろなものをプラットフォーム上でクロスさせ、それらの掛け合わせによって新しい価値を生んでいくイメージです。
既存の枠組みを超えるための具体的施策もご紹介します。まず組織について、2017年度、デジタルに集中して営業活動をサポートしていこうという組織である「IoT・ビッグデータ戦略室」を新設しました。そこが発展した形で、CFOやCAOと並ぶCDIO(Chief Digital Innovation Officer)というポストを2018年度新設し、そこに常務取締役執行役員がつきました。
また、CDIO直下に「デジタル・イノベーション部」という部をつくりました。デジタルまたはイノベーションを管轄する部であり、デジタルによってイノベーションを起こすとは限らないというのがポイントです。2019年4月に、CDIOは管理部門から営業本部へ移り、その下に「次世代事業開発本部」を設置します。一営業本部としてヨコの拡張を推進していこうということです。現在はシリコンバレー、テルアビブ、深センに駐在員を派遣していて、今年はエストニアのタリンにも出張所を開設する予定です。
イノベーションを創出する「人材」づくり
このような組織をつくったうえで具体的に何をしてきたか。昨年4月から「人材」×「仕掛け」×「時間」という3つの側面で施策を打っています。
まず人材に関しては、「丸紅アカデミア」という、イノベーションを創出する場をつくりました。これは国内外の丸紅グループ全社員4万人から25名を選抜して、年間4回のセッションを、東京、シンガポール、そして中国で開催するものです。会社としてはアカデミア自体がイノベーションを生み出し、さらにはイノベーションの考え方を伝播する場であり、「研修ではない」という位置づけにしています。したがって、人事部は完全に黒子で、デジタル・イノベーション部が主体になってやっています。このアカデミアについてはグロービスさんにも手伝っていただいています。
それから「社外人材交流プログラム」。これまでも社外での人材交流は営業主体でやっていましたが、さらに拡大・強化しました。主に30~40歳前後を対象とし、当社から提携先企業へ1~2年派遣し、提携先企業からも人材を受け入れるというプログラムです。当社は新卒で入社した生え抜き人材が多いので、当社の考え方しか分からないことが多いのですが、そうした人材が他社で働くと多様な価値観に触れることができます。仕事の進め方をはじめ、会議の進め方、ものの考え方や見方などを学んで帰ってきます。その学びは、個人はもちろん組織の成長にもつながります。さらに先方から来ていただいている方々も、当社に新しい風を吹き込む役割を担ってくださるわけです。
その他にも「Self-Biz」「トライアングル・メンター」「どこでもワーク」といった施策があります。「Self-Biz」は、服装についてはドレスコードも決めず自身で判断してもらうものです。不適切であれば上司から注意する前提で、たとえば「何時から何時まではネクタイを」というのは一切なくしました。当社が手掛ける多様なビジネスモデルのなかには、お客さまが皆ジーンズという業界もあれば、必ず白シャツにネクタイという業界もありますので、会社で統一し押し付けることはやめようということで、自律的にやってもらっています。
「トライアングル・メンター」について、もともと新人にメンター制を導入したいなとは思っていました。ただ、同じ組織のなかでメンターとメンティの関係になっても、成長につながることはあまりありません。それなら世代も組織も越えてメンターとメンティの関係をつくろうと、また、1対1の2人だと少し行き詰まることもあるということで、3人で行う形にしました。したがって、1人だけ新人で、残りの2人は部署も世代も違うメンターになります。実は性格テストも行っていて、できるだけ性格が異なる2人をメンターとして組み合わせています。この施策は初年度なのでどういう効果が出るかまだ分かりませんが、タテを越えた掛け合わせが、仕組みというよりは個人的関係からも起きれば面白いのではないかなと考えています。「どこでもワーク」というのは現在トライアル中のテレワークになります。
イノベーション創出を促進する「仕掛け」
続いては「仕掛け」について。最も大きな仕掛けは「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」という仕組みです。当社ではビジネスモデルの数が非常に多いため、正直、社員同士で互いが何をしているか分からないこともあります。しかし、「自分が今やっているビジネスを超えて新しいビジネスを考えるように」と、今はこれほど言っているわけですから「分からない」ということがないようにビジネスモデルを可視化しようという取り組みがBMCになります。
具体的には、当社イントラネット上でアクセスできるBMCのトップページに、約300のキューブが表示されています。その1つひとつがビジネスモデルで、各キューブをクリックすると「○○部の○○ビジネス」と、そのビジネスについての説明が表示されます。収益の源泉、取引先、どのエリアでビジネスを行っているか等々、9つぐらいの要素を同じフレームで見ることができるので、理解しやすいです。かつ、今はそれを理解するための研修も積極的に行っています。社内にいろいろなビジネスがあっても、今まではそれらを掛け合わせる、あるいは自分のビジネスのヒントにするといったことがあまり行われていませんでした。それをデジタルで促進する取り組みです。
それから「アイディアボックス」。当社では今まで、新しいビジネスのアイディアや、業務改善の提案を、タテの組織を超えてなかなか出しにくい状態でした。そこで「アイディアボックス」という目安箱のようなものをイントラ上に設け、そこへアイディアを投稿できるようにしました。デジタル・イノベーション部がそれを取り上げ、投稿された相手の部署に内容を伝えたり、「このビジネスは面白いから、ちょっとブラッシュアップしよう」ということで並走したりします。
また、イノベーションを生み出すための「イノベーションサロン」「イノベーションセッション」という仕掛けもあります。こちらは研修のようなもので、有識者の最新の話を聞いたり、「イノベーションを生み出すにはどうしたらいいのか」といったワークショップを開催したりしています。
さらには「ビジネスプランコンテスト」もあります。これは、自分の担当ビジネスに関わらずアイディアをビジネス化したいという思いを実現させるための仕組みです。本社だけでなく国内外の丸紅グループ全社員を対象に新しい事業企画を募集したところ、計160のアイディアが集まりました。
1次・2次選考ののち、最終審査は外部の会場を貸し切って行いました。300~400人の観覧者の前で、12組のファイナリストによる発表が行われ、VC・広告代理店の社外専門家を含む審査員5名と観覧者投票による審査を経て、4組に「事業化挑戦チケット」が授与されました。チケットを獲得した者は、事業化へのテストマーケティングの環境や研究開発費用が支援されます。今はそこから事業化に向けて進めていくという段階になっています。
イノベーションを生み出す「時間」づくり
ただ、こうした新しい仕掛けをいろいろと講じるにしても、時間がないとできません。そこで、「15%ルール」を導入しました。社員個人の意思で自分の担当以外の、丸紅グループの価値向上につながることに取り組むため、就業時間の15%を目安として使ってもいいというルールにしています。しかし、会社として何もせず「15%ルール」を入れてしまうと「115%ルール」になってしまって今の時代にそぐわない。そこで、併せて「業務改善プロジェクト」も進めています。
この「15%ルール」では、実はあまり細かい管理はしていません。「実際何%使っているのか」といったことを管理しはじめると、管理の仕事がまた生まれてしまいますので。目的に適っているのであれば、「上司はできるだけNoと言わずにやらせてあげてください」と伝えており、その内容を細かく吟味することもしていません。とはいえ、まだ10~20%ぐらいの人しか使っておらず、「ルーティンが忙しい」「やりたいことが見つからない」といった理由で、なかなか活用できていないという声も聞きますが、コンセプト自体は賛成という意見が多いので、今後少しずつ浸透するのではないかと考えています。
以上、既存の枠組みを超えるための取り組みを3つご紹介しましたが、「丸紅アカデミア」については、もう少し細かくご説明したいと思います。先ほど申し上げた通り研修とは言っていませんが、実際には研修の要素を多く含むプログラムです。およそ1年をかけて進められますが、その間にセッションが4つあり、1回のセッションが1週間ほどになります。すでに6月にはじめていて、9~10月、11月~12月のセッションを経て、次回は3月のセッションを予定しています。
こちらは世界中から25名を集めていますが、半分強が本社の社員で、ほとんど日本人です。残りは海外を含めたグループ会社の社員です。また、資料には「自薦・他薦でメンバーを選抜」と書いていますが、グループ会社員については、4万人強であまりにも多すぎるため、他薦で選びました。本社からのメンバーは自薦と他薦で半々ぐらいです。ただ、「15%ルール」「ビジネスプランコンテスト」「社外人材交流プログラム」でも同じことが言えますが、基本的に、こうしたプログラムで貫いているのは自主的に手を挙げた人を対象にしている点です。とにかく、やる気のある人に場を与えるという考え方です。
アカデミアの校長は、シンガポールの経済開発庁や国際企業庁で同国経済発展に長年携わってきたチュア・テックヒムさんという方に務めていただいています。メンバーは全セッションを通じて英語を使います。丸紅グループというものをよく知ってもらったうえで、グループのプラットフォーム上でどのようにイノベーションを起こすのかを考えて欲しいと思っています。アカデミアでイノベーションが実現すればうれしいですし、仮に実現しなくても、次は自分の職場に持ち帰って「こういう考え方でやってはどうか」という風に伝承する、イノベーションをリードするエバンジェリスト人材になって欲しいと思っています。
言うは易しで、かなり大変なプロジェクトをはじめてしまったという感じですが、それでも今後は毎年やっていきたいと思います。現時点でもかなり良い効果は出ています。世界各地でも似たようなことをやってみたいという声が挙がっていて、今年1月には中国のアジアスタッフを中心に、中国におけるイノベーション研修といったことも行われました。こちらもグロービスさんにお願いしています。
以上が当社の現在の取り組みになりますが、「ビジネスプランコンテスト」のインパクトは、個人的には想定以上でした。「会社の本気度が分かった」「参加している人たちの熱意が伝わった」といった声も相まって、今度は新しい組織もつくっていくということで、とにかく新しいことをやっていく雰囲気が会社のなかで相当大きくなったと思っています。ある営業部長は「正直、それまでは『15%ルール』や『Self-Biz』を冷めた目で見ていた部分がある」と言っていました。けれども「ビジネスプランコンテスト」を観覧し、「自分たちも乗っからないと置いていかれる」という考え方に変わった、という話を聞きました。そんな風にしてだんだん変わってきていると感じています。
今回お話ししたいろいろな取り組みは、実は人事部だけでやってきたことではありません。社長が中心となって経営陣がリーダーとなり、それに対して経営企画部やデジタル・イノベーション部、そして人事部や広報部がチームを組んで進めてきた取り組みです。ですから、よく「人事制度改革ですか?」と聞かれますが、人事制度改革ではなくイノベーションを生み出す改革であり、弊社の在り姿を目指すために、あるいは既存の枠組みを超えるためにどうしたらいいかを関係者一同で考えて進めてきた取り組みです。
これは私にとっても非常に新しいチャレンジでしたし、すごく良かったと思っています。人事部の役割というと、これまでは資格制度をつくったり、評価や人事異動を行ったりすることだと思っていました。しかし、今回ご紹介したような「場」をつくったり、チームの一員として経営がやりたいことに貢献したりすることもすごく大事だと、改めて気づかされた次第です。ご清聴ありがとうございました(会場拍手)。