前回に続き、先日グロービス経営大学院東京校で行われたセミナー「ゲームチェンジの時代に求められる組織改革とリーダー育成」のパネルディスカッションの内容をお伝えします。(全4回)
若手のポテンシャルをどう見る?
西:お話を伺って改めて感じたのは、2社とも想像以上に「個に向き合う経営」というものをなさっている点でした。最近は「モチベーションではなくエンゲージメント」といったこともよく言われますし、その意味でも、関係性というものに着目した経営を今後はしなければいけないと実感した次第です。では、会場からご質問を受けたいと思います。
会場:「9ボックス」の横軸には「ポテンシャル」とありましたが、30歳前後の方のポテンシャルはどのように見ていらっしゃるんでしょうか。
赤津:当社では、キャリアの幅が広いか、深いか、という点でポテンシャルを見ています。「深い」は、エキスパートとして活躍する人材、「幅広い」は、現在の部門以外に異動しても活躍できる組織のリーダー人材です。しかし、評価者によって基準が違うので、あとはなぜそう評価したのか、理由を説明してもらいつつ、他のマネージャーからの見解を入れ、調整しています。
会場:クリストフさんご自身は、比較的ドメスティックだった日本企業にどんなモチベーションで入られたのでしょうか。創業家との関係、そして社内での求心力という点でどのようにバランスを取っていこうと考えていらっしゃるのかを含めて教えてください。
赤津:クリストフは前職でアジア太平洋地域担当上級副社長としてシンガポールで統括をしていましたから、アジアの視点は持っていたと思います。また、生物と薬理学の博士号を持ちその分野で非常に高い見識を持っている。それに加え、クリストフの人間性や軸という部分だと思うんですね。社長として最終的に選ばれたのは、育った境遇に関連もあるのでしょうが、患者さん中心という軸が本当に徹底しているということだと思います。
また、人間的な魅力があると、私自身も近くで見ていて感じます。国籍等に関わらず従業員のことを本当に考えていますし、話をしているなかで彼のファンになる人はすごく多いんですね。なぜか。大胆にリスクを取るし、そのリスクを取る裏にはきちんとした計算もあります。単に無謀なことはしない。そのうえで、「こうすれば患者さんにもっともっと価値を届けることができる」というピュアな思いがある。最終的に、その人がどれだけ本気かという部分を皆は見ていると思うんです。そのうえで「この人と一緒に進めばより成長できる、よい経験ができる」ということで付いていくのだと思います。
評価の仕組みをどうするか?
会場:営業は業種や業態が異なる人まで把握しても、会社を越えて活用するのが難しいと感じています。GEでは、それでも業種や業態を越えて人材を把握していたのでしょうか。
赤津:私が勤務していた当時、GEはグループで30万人いましたが、全員を9ボックスで評価していました。それの何が良かったのか。もちろん、トップタレントを発掘できる良さもありますが、もう1つ、マネジメントの目線が揃うんですね。具体的には評価者会議というものを行って、1次評価がついた人材について皆でキャリブレーションをしていました。そこで「なぜAさんは『Top Talent』なのですか?」と質問があれば、Aさんの上司であるマネージャーが理由を説明しないといけない。数字や客観的な事実に基づくエビデンスを出し合いながらディスカッションを重ねることで、マネージャーの目線が揃っていきます。
社内の魅力的なポジションやチャレンジングな仕事は限られています。部門を越えて、誰をそのポジションに抜擢するか、ある程度納得性を持って決めるためにはキャリブレーションが必須だと思いますし、それでマネージャーの目線が揃ってくるという教育効果もすごく大きいんですね。
最初の頃は「なぜこの評価?」と社長に聞かれても答えられなかったマネージャーが、そうした会議を2~3回重ねていくうち、「こういう理由だからです」と言えるようになってきます。発掘または異動のためだけのツールとして捉えるなら、該当しそうな人だけを対象にする考えもあると思います。しかし、どうやって評価し、育成し、フィードバックするかというマネジメントの教育として、マネージャーが自分の下した評価について、これでよかった、ここが足りなかったと知って改善していくためにも大きな意味があったと思います。
西:グループで4万人の丸紅さんはどこまで見ていくんでしょうか。
鹿島:今はほぼ本社の人材しか管理できていなくて、どこまで見ていくのかをちょうど議論しているところです。「把握して、それでどう活用するの?」ということは常に営業から投げかけられたりします。本社が事業会社にガバナンスを効かせるという観点で、そのコントロールに資するレベルまでは把握しておいたほうがいいと考えています。その意味では、たとえば事業会社の、ある一定レベル以上とか、そのあたりが落とし所としてはいいのかな、と。ただ、国境を越えると法律規制もややこしくなったりしますから、そこは今もいろいろと議論が続いている状態です。
会場:丸紅の「トライアングル・メンター」では、具体的に何をしていらっしゃるのでしょうか。
鹿島:「トライアングル・メンター」は昨年4月に入社した新人からはじめた制度ですが、まずは制度の趣旨を伝えたうえでメンター(新人本人以外)を社内で募りました。ただ、物理的に会って話をするのが大事だと考えたので、今のところ社内というのは東京勤務者だけです。ですから母数は全社員ではありません。そこで手が挙がった人間をリストにして、世代と組織、そして性格テストの結果を見ながら、それができるだけバラバラになるよう3人を組み合わせました。およそ120組×3で、360人ぐらいが参加した状態です。
具体的に何をやっていただくかというと、「その3人で四半期に1回、必ず会って話をしてください」と。それだけです。トピックは任せています。仕事の相談でも、極論すれば雑談でもいいので、とにかくそこでしっかり接点をつくってもらう。それで、結果的には、四半期に1度どころか毎月飲んでいる(笑)なんていう話も聞こえてくるので「良かったかな」と思います。また、期間は1年間で区切っていますが、その後も3人で集まっていただくのは自由としています。
理念をグローバルにどう浸透させるか?
会場:海外のさまざまな拠点に対してどのように理念を浸透していらっしゃるのか、教えていただけますか。
赤津:バリューはタケダの根幹を成すものですから、そのままの言葉で伝えています。ただ、「Fukutsu」と言っても海外では伝わらないので「Perseverance」と英訳はしますが。入社時に「タケダのバリュー」についてのビデオを見て、ワークショップで議論します。「利害が対立する場面で誠実に行動し、正直に振る舞うというのはどういうことか」「自分ならどうするか」「実際にはどうすべきか」といったことを考えます。
また、日常の会話や行動の中でも「これって患者さんのためになるんだっけ?」ということは常に問いかけないといけない。近年、上司との会話について「クオリティ・カンバセーション」というやり方を進めていますが、バリューについても積極的に話してもらうようにお願いしています。
今、研究開発や本社部門では、「ノーレイティング」という仕組みを取り入れているんですね。A/B/Cといった評価をしないという話ですが、だからといって指導をしないわけではありません。目標を掲げ、そこへ到達するために毎週、あるいは、毎月会話をする。「進捗はどうですか?」「どんなサポートができますか?」という風に、達成や成長の支援をするような質の高い会話をしてもらえるよう、働きかけています。ただ、そのやり取りがどれぐらい行われているかは数値化できていないので、その辺は今後の課題です。
西:ゲームチェンジといっても、実際にはピボットなんだと思っています。軸足がどこかにあって、その1つが理念ではないかな、と。タケダさんはそこを徹底していらっしゃると感じました。鹿島さんはいかがでしょう。
鹿島:当社も社是として「正・新・和」という精神があります。ただ、適宜説明はしていますが、ことあるごとに伝えているほどではないですね。特に海外では伝えきれていないこともあります。今感じている難しさは、ESG(環境・社会・ガバナンス)のほうで、いろいろと新しい指標も出てきているので、そうした概念との関係性です。その辺をきれいにまとめたうえで、ESGに関しても、当社の立ち位置をグループに向けて発信していきたいと考えています。
西:では、お時間も迫ってきましたのでまとめさせていただきたいと思いますが、まずタケダさんのお話を伺って改めて感じたのは、当たり前のことを徹底している点でした。グローバル企業というのはそこが本当に強いと感じます。「グローバル企業になるんだ」という高い目標を定め、それを本当にやり切るということで実際にスピードも出ているし、人材もついてきているし、成長もしているということなのだと思います。
一方、丸紅さんの場合は今までの枠組みを越えるため、内部から何を導き出すか、そして、どんな資産を持っているのかを今は考えていらっしゃると感じました。いろんな機能をいろいろな人が混ぜこぜにするなかで何かを生み出していく。そんな風にして、今持っているものを新しくつくり変えるということを、どう加速させていくのか。人事だからということでなく、誰かがやらなければいけない仕事を、経営を支えるためにいろいろな部署が連携をして進めていらっしゃるのだと感じます。
「変革とは起こすよりも起こされるほうが確率は高い」ということを踏まえつつ、何からでも良いので皆さまもまずはスタートを切っていただきたいと思いますし、それが大きな変化につながっていけばいいなと思いながら、今日はお話を伺っていました。では、改めて御二方に拍手をお願い致します。ありがとうございました(会場拍手)。