武田薬品工業が実践するVUCA時代の人材育成

本記事は、先日グロービス経営大学院東京校で行われたセミナー「ゲームチェンジの時代に求められる組織改革とリーダー育成」の内容を書き起こしたものです。第1話は、武田薬品工業のグローバルHR 人材・組織開発(日本)ヘッドの赤津恵美子氏に育成事例を語っていただきました。(全4回)

タケダはなぜシャイアーを買収したのか?

昨年、武田薬品工業(以下、タケダ)は日本のM&A史上最高金額と言われる6兆円強を投じてシャイアー社を買収し、今年1月に買収を完了しました。自社とほぼ同じ規模の会社を買うことで規模は2倍になり、それまで19位だった製薬グローバルランキングもトップ10入りします。

実は私がタケダに入社したのは昨年3月で社歴は短いのですが、これまでGE、ノバルティスファーマ、オラクルと、人事のキャリアは25年以上歩んで参りました。GEもオラクルもM&Aを世界規模で積極的に行ってきた企業なので、M&Aにはどんなチャレンジがあって、どんなオポチュニティがあるのか、今日は主に人材育成や組織開発の立場からお話ししたいと思います。

まずはタケダという会社についてお話させてください。創業は1781年。江戸時代中盤に、近江屋長兵衛が創業し、2014年4月からはクリストフ・ウェバー社長が、グローバルタケダの舵取りを行っています。また、グローバル化は、1993年に就任した武田國男社長の時代から加速し、「日本発の、高度に統合された、研究開発型の、世界的製薬企業」を目指して25年以上やってきています。

約240年にわたって培われたタケダの価値観は何か。製薬企業にはいくつかユニークな点があります。まず、薬は非常に専門性が高いので、効果や副作用について、提供する側の誠実さが求められます。そのため、「誠実」「公正」「正直」は昔から重要な、会社の根本をなす価値観になっています。これが創業時から今に至るまで脈々と生き続けているタケダの価値観です。

それともう1つ、私がタケダに入社してユニークだと思った価値観が「不屈」です。昨今はイノベーションやアジリティを掲げる会社が多いですが、江戸時代の創業以来、幾度となく天災や飢饉、火事、市場の変化などを乗り越え、現在も成長を続けている。まさに、不屈を身をもって実践している会社です。

そのうえで、常に患者さんを中心に考える。今回、多額の負債を抱えてシャイアーを買収したことについては、結論に至るまで、喧々諤々の議論があったと聞いています。しかし、最終的にボードメンバーや経営陣が「この買収は最終的に患者さんのためになる」と納得し、決断したということです。このように「患者さん中心」の精神が根付いています。

グローバル市場におけるタケダの戦略とは?

さて、グローバル化が進む世界の製薬市場は、今後どのように進展していくのか。1994年時点では、アメリカ、欧州、日本、そして新興国の市場はほぼ同じ大きさでした。しかし、2017年時点になるとかなり差が開いています。アメリカと新興国の市場はそれぞれ全体の約40%ずつを占め、残り20%が欧州と日本。なかでも日本は7%ほどのシェアとなっています。

日本市場は今後どうなっていくのか。他の市場は右肩上がりで、製薬市場全体は毎年5%ずつ拡大しますが、残念ながら日本はマイナス1%。人口減もありますし、薬価改定もあるためです。そのため、タケダはグローバル進出を加速して、より多くの患者さんに薬を届けていくことが重要になると、ここ25年以上も言い続け、布石を打ってきました。

どんな戦略でやってきたのか。製薬会社は大きく分けると2つあります。後発薬を製造販売する会社と、いわゆる「ピカ新」と呼ばれる新薬を開発し、それを製品化し、製造販売する会社の2種類です。タケダは後者です。患者さんのまだ満たされないニーズに創薬でお応えするというのが私たちのミッションであり、強みでもあります。ですから、創薬のための研究開発力を強化することが重要です。また、より多くの患者さんに薬を届けるためには販売網の強化も必要です。ですからM&Aを加速してきたこの25年は、薬のパイプラインを増やし、多くの国や地域の患者さんに販売網を拡げてきた歴史でもあります。

そのなかで2つ、タケダにとってはエポックメイキングな買収がありました。1つは2008年に買収した、ボストンに本社を置くミレニアム社です。従業員数は1000名ほどで規模はそれほど大きくないのですが、がん領域に強みを持つ会社です。製薬企業は今、低分子化合物から高分子のバイオ技術を使った製薬のほうに軸足を移しています。バイオテクノロジーは、遺伝子組み換えやクローニングなどが知られていますが、こうした技術を使って生産される医薬品は、より長い時間と高度な技術が必要になります。ミレニアム社の買収は、当社がそうした領域へ踏み出すきっかけとなりました。

もう1つが、販売網拡大のためのナイコメッド社買収です。この会社は、1万2000人の従業員を擁しており、大規模な買収でした。タケダの従業員数は昨年12月時点で約3万人ですが、その3分の1強の規模ということで、かなりのインパクトだったことがご想像いただけると思います。その甲斐あって、製品も28か国から70か国以上に供給できるようになりました。そして今年1月にはシャイアー社の買収を完了したわけですが、今後私たちはどこに向かおうとしているのか。それは、「誠実」「公正」「正直」「不屈」という経営の基本精神に基づき、患者さんを中心に考える、研究開発型の、グローバルなバイオ医薬品のリーディングカンパニーになるということです。

この買収の結果、2018年3月期の売上高は1.8兆円でしたが、今回の買収で3.3兆円の規模になりました。これを世界4拠点の売上および従業員の内訳でみると、昨年12月まで売上高の約3割は日本でしたが、シャイアーの統合によってアメリカが約5割になり、日本は2割弱となりました。また、従業員数に占める日本の割合は、12%になりました。

これを大きいと見るか、小さいと見るか。売上高3兆円以上のグローバルの製薬企業の場合、日本が占める割合は3~5%程度です。それがタケダは10~20%ということで、やはり日本発の企業としてのユニークさや日本を大事にしていると感じていただけるのではないかと思います。そのうえで、現在はグローバル本社を東京、研究開発拠点のハブをボストンに置いて、80の国と地域でオペレーションを行い、患者さんに薬を届けています。

一般的には、今回の買収は非常に魅力的である反面、リスクも非常に大きいと考えられています。今まで売上が1.8兆円の会社が、同規模の会社を買収するということで、機会は分かるが負債やリスクはどう軽減していくのか、と。どのように負債を返済し、さらに成長していくのか。それに対して、私たちはこうした戦略を実行していきます。

まず重要な原則は、患者さん中心ということ。今はまだ、患者さんに有効な薬を提供できていない分野が多くあります。そうしたアンメットニーズをひとつひとつ満たしていくこと。2つ目は機動性とシンプルさ。チャンスの時期に、機敏に機動的に動くこと。そして3つ目は効率性と集中です。タケダとシャイアーの強みである領域、現在売上の75%以上を占めている、がん、消化器系疾患ニューロサイエンス、希少疾患、そして血漿分画製剤という5つの領域に集中していくことです。

R&Dで新薬を数多く生み出していくには、莫大な投資が必要です。一般的に薬の基礎研究から上市には10年かかり、シードから薬になる確率は1万分の1とも言われています。それゆえに、得意な領域に絞り込んで成功確率を高める戦略をとっています。そのうえ、コアでない資産、たとえば不動産を売却することで負債の返済を早めるなど、経費効率を高めつつ、成長エンジンを回しています。

タレントマネジメントに必要なことは?

まず、こうした戦略を立てた経営陣について少し説明させてください。社長の下には「タケダ・エグゼクティブチーム(TET)」があります。この20名の経営陣のなかで日本人は4名。買収前は14名のうち3名でした。TETは、国籍や属性、経験の幅が広く非常に多様なチームです。シャイアーの買収についてもTETで喧々諤々の議論を行い、さまざまな視点でリスクを分析した結果、「リスクはあるが勝算はある」という結論に至り、最終的に実行することになりました。

多様な視点からオープンで建設的な議論のできる経営陣は、タケダの大きな強みだと思います。そして、今後も日本から一定数の人材をTETに輩出したいと思っています。そのため、日本のタレント育成は、私が入社した際に与えられたミッションの1つでもあります。

次に、人材育成の課題と現在の取り組みについてお話ししたいと思います。人を育てるうえで大切なことが3つあります。それは、有能なタレントを発掘し、育成して、抜擢すること。では、そこで何がチャレンジになるか。タレントは、今与えられている仕事よりも難しい仕事、広範な仕事に対して健全な野心を持っています。今の仕事でいっぱいいっぱいで、「これ以上は無理です」というのではなく、「次の時代、タケダはこういうことをすべきでは?」と、自分の職務を越えて経営目線で考える、そのためにエクストラマイルを走ることができるような人です。そういう野心と、実行力がある人財を発掘することが最初のチャレンジです。

タケダには、たとえば課長になるには何歳以上であること、とか、ひとつの職務等級は何年以上経験しなければいけない、といったルールはありません。しかし、タレントの評価をする上司から、「まだ若い」「(抜擢するのは)ちょっと早い」「順番的にはこの人を先にしたいのだが」といった声を聞くことがあります。でも、グローバルではそうした逸材を早期に発掘し、育成することが当たり前です。たとえば、クリストフ・ウェバーは40代半ばで社長になっています。

では、40代半ばで5万人規模のグローバル・カンパニーの社長になるための育成モデルを考えてみましょう。例えば、社長になるには、出身国以外に複数の国で職務を経験していなければなりません。また、ファンクションについても営業だけ、研究開発だけ、ではなく複数の部門を経験していないとやはり束ねるのは難しいと思います。加えて、「1つのポジションで3年程度の経験」といったことを考えると、10年はそういう幅を広げる経験が必要になります。ですから、30代前半までにはタレントを発掘し、そうした経験を積んでもらうことが必要、というのが私たちの考えです。

あとは、どの部門でも、どの層でも必ずタレントレビューを徹底して行うこと。今は部門によって浸透度に差があり、きちんと下のレベルまで行っている部門もあれば、リーダー層まででとどまっている部門もあります。ですから、それを全部門、すべての階層でしっかりと行って、トップタレントを発掘することが重要と考えています。

2つ目の「育成」については、十把一絡げではない個別育成が重要になります。個人によって経験や能力は違います。学生時代にアメリカに留学して英語が堪能だったり、すでにMBAを取得し、経営理論の基礎は理解していたりと、人によって強み、あるいは補わなければいけないものは異なるわけです。そうした違いを踏まえて、個別の育成プランを立て、経験を積んでもらうことが重要になります。また、若手であれば、まだ管理職になっていないケースもありますから、そうした人たちに業務に割り振り、育成する上司側のスキル向上も必要だと考えています。

あとは「抜擢」すること。次世代のTET候補である若手タレントを思い切ってチャレンジングなポジションに抜擢することです。その人が抜けるとチームの業績が下がるとか、上司に反対されることもあります。しかし、長く一箇所に留め置くことで彼らのモチベーションが落ち、魅力的な仕事を求めて退職する可能性もあります。そこで、マネージャーがいかに次の人材を育て、組織の力を落とさずにトップタレントを自部署の外に出せるかが肝になります。また、部門や国を越えて会社全体でトップタレントの次の仕事を決める仕組みも重要です。さらに、抜擢されたタレントが、新たな環境や業務に早く慣れて力を発揮できるよう、送り出し側と受け側のサポートが重要になります。このあたりが現在のチャレンジだと思っています。

VUCA時代に必要な人材とは?

続いては、これから求められる人物像について。いわゆるVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代にグローバルなリーダーとしてビジネスを牽引していくため、私たちが大事だと考えていることをお話します。1つ目は会社に依存せず、個人の魅力やビジョンで引っ張っていくこと。2つ目はリスクを避けるのではなく、うまくマネージして、勝算を持って進めること。そして3つ目は、幅広く全体を俯瞰し、戦略的に考えることです。

5万人規模になると、全体を見ることが難しく、つい部門最適に陥りがちですが、全社最適を考える広い視野、未来を見すえて会社の方向性を決めることが出来る高い視座が非常に大事になります。また、多様な国籍やバックグラウンドを持つTETやグローバルのメンバーを巻き込み、支援を得てしっかりと成果を出せるリーダーシップや人間力が重要になります。

育成の仕組は、次のようなキャリアパスに基づいて設計しています。まず、リーダーにはビジネスリーダー、部門のリーダー、そして専門家として活躍していくエキスパートと、大きく3つのキャリアがあります。そのなかでも特にビジネスリーダー育成のモデルについてお話しします。

例えば、40代半ばで社長になり、このVUCAの時代にも持続的に事業を成長させ、変革を実行していくためには、30代前半でマネージャーになり、チームをリードし、チームで成果を出す力をつけることが必要です。また、会社として解決すべき課題、whatを見つけて解決する力も重要です。こうしたことができる機会を効果的に与え、30代後半から40代前半までには部長・本部長といったポストを経験してもらう、というスピードが必要だと考えています。

人材をレビューし、発掘するためのタレントレビューは、シンプルな「9ボックス」で行っています。縦軸はパフォーマンス、つまり業績で、横軸はポテンシャル。幅広いエリアで活躍できる可能性を秘めた人材なのか、それとも専門的な領域で活躍していく人材なのかを見極めます。この9ボックスでは、経営リーダーは幅広い分野で活躍できるポテンシャルを持ち、しかもパフォーマンスが高い人材になります。この層を”トップタレント”として、トレーニングのプログラムや新たなアサインメントによる育成を実施しています。

その育成プログラムは、キャリア形成早期の層、マネージャー層、そして上級マネージャー層の3つに分けて、グローバルで各種育成プログラムを展開しています。そして、そこで成功するためには、日本として強化すべきスキルがあると考えています。多くの日本の人材の強みは、結果を出すために邁進する、協調・連携するということです。ただ、ビジネスリーダーとなるためには、ほかにも強みが必要です。

まずは「チェンジ」。変化をマネージし、リードする。2つ目は「エンゲージ」。人をワクワクさせて、やる気にさせる。黙って背中を見せる、あるいは細かくマネージをするというのではなく、ビジョンを語り、それを達成するために一緒にやりたいと思ってもらうこと。ゆくゆく100人、1000人単位の人たちをリードして結果を出すためには、そうしたエンゲージする力が大変重要です。3つ目は「戦略」。ある程度のスピード感と限られた情報の中で勝つための戦略を立てる。現状はグローバル側に得意な人が多い。そして最後が「セルフアセスメント」。自己認識です。グローバルは有言実行ですが、日本ではまだ無言実行タイプが多いのではないでしょうか。そうでなく、「これをやります」と言ったうえでコミットメントをもって遂行するのが、グローバルにおけるリーダーシップのあり方です。自分の言葉できちんと語り、それを行動と一致させることが大事なのです。今はこの4つを強化しようと考えています。

日本のリーダー育成体系には「挑(いどむ)」「拓(ひらく)」というプログラムがあります。「挑」は、日本で言うと係長くらいの層が対象で、30人ほどを集めて半年間の研修を行います。一方、「拓」のほうは課長くらいの層を30人ほど集めて、こちらも半年間の研修を行います。何をしているかというと「知」と「軸」の強化です。「知」は知識。いわゆるMBA的な、経営者に必要とされるファイナンスやマーケティングなどの知識ですね。そして「軸」は、どのようにリーダーシップを発揮するかといったマインドで、こちらも非常に重要です。

座学とアクションラーニングの両面で6ヶ月間行っていますが、やはり初回と最終回ではずいぶん変わります。最終回は経営陣を前に英語でプレゼンテーションをしてもらうのですが、マインドについてもスキルについても大きく成長します。今後このプログラムの卒業生がグローバルの舞台で、他の国の人たちと丁々発止できるのか。しっかりとスピークアップして、英語で周囲の人に影響力を与えてリーダーシップを発揮できるのか。今後はそういうところを見て育成プランを進化させていきたいと思っています。

最後に、タケダがリーダーシップ育成で最近重視していることを紹介させてください。人が新しいスキルを身につけるためには何が大事か。ローミンガー社の「7:2:1の法則」(経験7割、薫陶2割、研修1割)がよく知られています。研修による体系的な学びは有効ですが、それができるようになるには、実行してみてうまくいかない部分を修正する、いわば場数を踏むことと、上司にその意味や信念を学んだり、周囲からフィードバックを得たりすること。そして、これらを繰り返すことが重要です。

今、VUCAの時代は、変化の速度が上がり、それらに俊敏に対応しなければなりません。実務で効果的に目標を達成するためには、上司や同僚など周囲から頻繁なフィードバックや情報をもらうことが不可欠です。そのため、タケダでは、フィードバックの割合を4割に拡大した「5:4:1」を育成モデルとして推進しています。

今後の取り組みとして、これからも「発掘」「育成」「抜擢」のサイクルを回していきます。これは、1年回したら成果が出るというものではありません。人が育つためには5年10年かかります。なので、このサイクルを回し続けるために経営のコミットメントが引き続き重要です。また、発掘者、そして育成者としてマネージャーのスキルも重要です。さらには、私たち人事が、リーダー像、および、運用していく仕組みを明確に示し、浸透させていく。このように経営とマネージャー、そして人事が三位一体となって進めていくことが今後不可欠であると考えています。ありがとうございました(会場拍手)。

RELATED CONTENTS