「人生100年時代」を迎え、学び続けることへの注目が高まっています。またテクノロジーの進化により、学び方自体にも大きな変化が起こっています。このような時代に「学び方改革」を推進している先進的な企業の事例をご紹介する本企画。第1回は、笑顔を磨く「笑顔講座」に「笑顔アプリ」を組み合わせた「スマイルプログラム」を展開する、資生堂の取り組みをお伝えします。
「笑顔アプリ」は、タブレット端末のカメラ機能で笑顔を撮影・認証し、数値化や印象判定するアプリで、笑顔講座の学びを継続させることに役立ちます。サービス業界を中心に、「表情で社員のコミュニケーション能力を磨きたい」という多くの企業から注目されています。この「笑顔アプリ」を立ち上げた経営戦略部の石川智子氏と、その普及に取り組むビューティークリエイションセンターの志村侑紀氏にお話を伺いました。
「笑顔」を数値化する
知見録:「笑顔講座」の方はずいぶん前から取り組んでいらっしゃるようですが、どのようなことが学べるのでしょうか?
石川:資生堂が化粧品開発を通じて蓄積してきた「顔・表情の印象研究」の知見に基づいて、「コミュニケーションにおける笑顔の重要性」や「笑顔の度合いで受ける印象の違い」について学ぶことができます。2008年から企業や学校で開催していました。講師は、全国の資生堂のビューティーコンサルタントのトップである、資生堂ビューティースペシャリストが務めています。
知見録:そして、2016年に「笑顔アプリ」をローンチ。どんなことができるのでしょう?
石川:1つ目の機能が「きもち日記」。笑顔に反応して笑い返してくれるアニメーションを楽しんだり、その日の気持ちを0〜120までの「笑顔レベル」でカレンダーに記録してくれるというものです。資生堂では、真顔が0、満面の笑顔が120というように、20刻みの数値で笑顔度合いを定義しています。
知見録:「笑顔」という一般的に数値化が難しそうなものを数値化してコンテンツにされている点が、新しいですね。
志村:笑顔が得意になるための「トレーニング」という機能もあります。モデルと同じ表情を10秒間続けることで、笑顔ができているか確認しながら、表情筋を鍛えるエクササイズができます。
石川:他に、笑顔度合いとそれぞれの印象を一目で客観的に確認できる「ライブエガオ」や様々な笑顔にチャレンジできる「ゲーム」機能もあります。
知見録:ターゲットとしては、やはり女性がメインなのでしょうか?
石川:いえ、ぜひ男性にもぜひご利用いただければと思っています。というのも、こんな企業様の声が寄せられたんです。男性社員が就活フェアで会社説明をしていた際、「おじさんたちの顔が怖かった」という学生からのフィードバックがあったというのです。本人たちはにこやかに対応していたつもりだったので、大変ショックを受けていた、ということでした。
男性の場合、鏡を見る機会がない方が多いんですよね。あっても、ヒゲを剃るときぐらい。本人たちは笑ったり喜んだりしているつもりでも、険しい表情に見えてしまうこともある。そういう気づきも得られるようなアプリなので、男性にもぜひ使っていただきたいと思います。
「笑顔」で人の魅力を開花させたい
知見録:「笑顔アプリ」開発の経緯を教えてください。
石川:2014年に「新規事業を作る」というミッションを与えられたのがそもそもの始まりでした。いろいろ調べていく中で、資生堂の中に蓄積されていたある研究を見つけました。
その研究によると、メイクをせずに笑っている人の方が、メイクをして無表情の人よりも美しく見えるというものです。。
それを見たときに、笑顔の力を感じました。人の持つ潜在的な魅力を、自分の持っている力で開花できるもの、それが笑顔なんじゃないかと考えたんです。
また、当時、インターネットが発達して、人と会う機会が減っていることに危機感を感じていました。人と対面することがなくなれば、皆様がメイクもおしゃれもしなくなってしまうのではないか、と危惧していたんです。
一方で、私自身も人に直接会うことでインスピレーションを受けた経験があるので、人に直接会ってコミュニケーションする環境を残したい、と考えたんです。そんな新規事業を作れないかと思いました。
知見録:笑顔がスムーズな人間関係構築の促進になるのではないか、ということでしょうか。
石川:そうです。人間関係が良ければ人に会いたい、と自然に思うようになりますよね。「人と刺激しあって、良いものを産み出したい」と前向きに思い続けられるようなお手伝いをしたかったんです。
「笑顔で人間の魅力を開花」するためにどうしたら良いか。色々な方法を検討した結果、アプリ化がその実現に一役買ってくれるのではないか、という考えに行き着きました。アプリを利用すれば、対面で講義をする「笑顔講座」よりもさらに多くの方に伝えられるのではないかと考えたのです。
ソロプロジェクトが事業化
知見録:アプリの開発するうえで、社内の協力はスムーズでしたか?
石川:実は、アプリ開発からは私1人で進めるソロプロジェクトだったんですよ。協力会社さんやエンジニアさんも自分で探しました。でも、部門を越えて手伝ってくれたり、情報提供をしてくれたりする社員も多く本当に助けられました。もちろん部全体でのバックアップも大きかったです。
知見録:2016年にアプリが完成して、日本航空の客室乗務員5000名を対象に、3ヶ月間の試験運用をされましたね。反響はいかがでしたか。
石川:「アプリを使ってから笑顔をより意識するようになった」というお声が多かったですね。同時に、資生堂の知見など、「笑顔に関する多角的な情報」をお話した方が、納得感が得られ、その後アプリを使おうという気持ちが高まることもわかりました。
こうした試験運用の結果をもとに、「笑顔講座」と「笑顔アプリ」を組み合わせて、「スマイルプログラム」として事業化したんです。接客業の企業様を中心に、現在多くのお問い合わせをいただいています。
知見録:どういう反応があったのでしょうか。
石川:羽田エアポートエンタープライズ様は、すごく熱心に講座も聞いてくださいました。端末を店舗に置いて笑顔ができているかチェックしてくださっているそうです。沖縄の日本トランスオーシャン航空様も、客室乗務員様向けに導入してくださいました。講座もすごく盛り上がって、アプリを楽しんでご利用いただいています。
「ストレス」分野に広がる笑顔アプリ
知見録:これから新機能も追加されますか?
石川:今後は人間関係構築のための新機能も増やしていきたいと思っています。具体的には、笑顔が増えるような機能とストレス負荷度を計測できるような機能です。ストレスについていうと、資生堂は2016年から、JAXA様と一緒にストレスについて研究させていただいています。JAXA様は、長年人間が宇宙に行くときのストレス管理についての研究のなかで様々なストレス指標を検討されています。
一般的には唾液でストレス負荷度を測るのですが、今回JAXA様との共同研究で、表情もストレスの指標になることが示唆されたんです。
今後は笑顔アプリにもストレス計測機能を追加していければと考えています。熱っぽいときに体温を測るのと同じような感覚で、「最近疲れたな」と思ったら表情でストレスがたまっているかどうか判断できるようにしたいですね。本人が疲れていることを周囲に理解してもらいやすいような、そんな環境を作っていきたいです。
知見録:「笑顔アプリ」をどういった方々に導入していただきたいですか?
志村:まずは接客業の方々の笑顔力向上にむけてお役に立ちたい、という想いで取り組んでいます。さらには接客業に限らず様々な業種の方に社内のコミュニケーションを良くするという目的でも活用いただけるのではないかと考えています。
笑顔ができるようになると、人と話す機会が増えたり、コミュニケーションが円滑になったりするという効果が期待できます。笑顔アプリを利用すれば、短時間でコミュニケーションが図れ、より良いアイデアが生まれたりと、チームで動く仕事がよりスムーズに進む可能性もあるのです。何よりも楽しく仕事に取り組めます。そういう意味で、幅広い業界の企業様にご提案していきたいです。
生活文化に寄り添いながら、笑顔に向き合う
知見録:最後に、お2人の今後の展望をお伺いできますか。
石川:まずは、ストレス計測機能と笑顔が増えるような機能を搭載した「笑顔アプリネクストモデル」の開発を進めます。一家に一台ある体温計のような感覚でつかえたらいいなと思います。
体温と同じように、ストレスも自分で測ったり、遠隔で他者と状況を共有することができるようにしたいですね。もっと人を笑顔にして、「もっと人に会いたい、コミュニケーションを取りたい」と思っていただけるようにしたいと考えています。
志村:人を笑顔で美しくする、というテーマで笑顔アプリを活用していきたいと考えています。笑顔の人が増えるきっかけになれば嬉しいです。中国語や英語など、アプリの多言語化にも挑戦してみたいですね。実際に外国語版バージョンのご要望もいただいています。例えば、海外に進出している日系企業に笑顔アプリを導入して、笑顔を通して日本のおもてなしを実現することができたらいいなと考えています。
石川:資生堂グループのミッションは「美しい生活文化の創造」。ですので、装うだけではなく、コミュニケーションでの美しさ、内側から溢れ出す美しさを作り出すお手伝いになれば良いと考えています。
志村:今はインターネットで何でも購入できる時代ですよね。でも、店頭にわざわざご来店いただくお客様が何を求めているかというと、やっぱり人とのふれあいや質の高いサービスなんですよね。「笑顔アプリ」は人と人とのコミュニケーション力を高める、これからの時代に不可欠なツールではないかと感じます。
知見録:笑顔からコミュニケーションが生まれ、最終的にはチームでの業務が円滑に進んだり、良いサービスや製品を生み出したりすることにつながるということですね。そのためのツールとしてアプリのようなデバイスも大いに活用していこうと。今日はありがとうございました。