昨シーズンまで所属していたマイアミ・マーリンズからフリー・エージェント(FA)となって去就が注目されていたイチロー選手が、今シーズンはシアトル・マリナーズでプレーすることになりました。マリナーズは、イチローがメジャー・リーグ(MLB)に移籍した2001年から12年間所属し、シーズン最多安打記録をはじめ輝かしい実績を残した古巣です。この数年は、さすがに全盛期のような活躍は望めなくなり、毎年のように引退か、はたまた日本球界入りかと取沙汰されていたイチローでしたが,数々の伝説を残した“ホームタウン”に復帰したことで一層注目が集まるでしょう。
ところで、既にオープン戦も始まっているこの時期に、ようやく所属球団が決まるというのは、なかなか異例のことです。今シーズンのMLBは、FA選手の次の所属が決まるのが特に遅れる傾向にあると言われており、実際、上原浩治投手も現時点でまだ契約に至っていません。
さて、「交渉ごと」がまとまるか決裂するか、また、まとまるとしたらどんな条件かを予測したり判断したりする際にカギとなる概念が、BATNA(バトナ)とZOPA(ゾーパ)と呼ばれるものです。BATNAとは、Best Alternative to Negotiated Agreementの略で、直訳すると「交渉された合意事項に対する別の選択肢として最善のもの」、言いかえると「この交渉で相手と妥結する以外で、最も望ましい代替案」といった意味です。ZOPAとは、Zone of Possible Agreement、交渉が妥結する可能性がある範囲のことです。
■ZOPAとBATNA とは(視聴時間:53秒)
今回の例で言うと、MLBの球団(ここではマリナーズ)にとっては、あるFA選手(イチロー)との入団交渉がまとまらなかったとき、その選手に当て込んでいたポジションを代わりに誰が埋めるか、それがBATNAとなります。マリナーズにとってBATNAが魅力的、つまり俊足巧打タイプの良い外野手候補が他にもいるという状況だと、イチローと契約する条件は上がる、つまりZOPAは狭くなります。逆に、イチロー以外に目ぼしい外野手候補がいない(BATNAが魅力的でない)状況だと、イチローと契約する条件は下がる、すなわちZOPAが広くなるというわけです。
報道によれば、最近のMLBでは下部リーグからの若手育成が重視され、実績面では劣っていても若手の起用を優先する傾向があるようです。それが各球団のBATNAを高め、FA選手の次の所属が決まりにくい状況を作っていたと言えます。そんな中マリナーズは、レギュラー候補の外野手がケガで出遅れることとなり、いわばBATNAが下がったので、イチローとの契約の余地が生じた(ZOPAができた)と見られます。
ここから分かることは、何がBATNAかというのは交渉者の主観によるところがあり、必ずしも客観的な数値だけでは決まらない、従って交渉相手のBATNAを推測するときは相手の視点に立って考える必要があるということです。また、BATNAは状況の変化によって大きく動くことがあり、交渉者はそうした機会を機敏に活かすことが大切だということでしょう。シアトルでのイチローの活躍が楽しみですね。
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