MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している(受賞者の一覧はこちら)。
今回は2022年「ソーシャル部門」の受賞者、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)事務総長の山本康太氏にインタビュー。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会において、サッカーに出場した日本代表3チームによる同一デザインのユニフォーム着用の初実現や、新たな資金調達による事業型非営利組織を確立して話題となった障がい者サッカー。D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に関わる非営利団体という組織の中で気づいた、変革を進める上での要諦を聞いた。(前後編、前編)(インタビュアー:西村 美也子)
7つの障がい者サッカーの競技団体を持つ、JIFFとは
西村:このたびは受賞、おめでとうございます。まずは率直な感想をお聞かせください。
山本:2013年に参加した「あすか会議」※1でアルムナイ・アワードの授賞式を見て、「すごいな」と感動したことを覚えています。ですから自分が受賞するとなって嬉しかったですし、気持ちが引き締まりました。また、自分だけではなく、一緒に学んでいた方々も含め周りの方も喜んでくれたので、とても良かったです。
※1 グロービス経営大学院の在校生・卒業生を集めるカンファレンスイベント。毎年京都で開催され、アルムナイ・アワードの表彰式が行われる。
西村:山本さんの今回の受賞は、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)、日本ブラインドサッカー協会でのご活躍をもとに決定されました。まずはJIFFという組織の概要や、その中で具体的に担われている役割を教えてください。
山本:JIFFは、日本に障がい種別ごとにある7つの障がい者サッカー※2の競技団体を統括する中間支援組織です。日本サッカー協会(JFA)と連携をしながら各競技団体を支援し、共生社会実現に向けて活動しています。
私はもともと2013年にその中の視覚障がい者のサッカーを統括する日本ブラインドサッカー協会に入職し、2019年からは障がい者サッカー全体を統括するJIFFの事務総長として事業開発、資金調達、組織づくりなどに取り組んでいます。日々7つの障がい者サッカー競技団体、JFAをはじめとするサッカーファミリー、企業、自治体などとコミュニケーションをとり、幅広い仕事を担っています。
※2 アンプティサッカー(切断障がい)、CPサッカー(脳性麻痺)、ソーシャルフットボール(精神障がい)、知的障がい者サッカー(知的障がい)、電動車椅子サッカー(重度障がい等)、ブラインドサッカー(視覚障がい)、ろう者サッカー(聴覚障がい)の7種類。
同一日本代表ユニフォーム着用にあたり、重要だったプロセスとタイミング
西村:選考においてポイントになった、JIFFでの取り組みについて伺っていければと思います。はじめに、共生社会実現に向け大きなメッセージとなった、東京2020オリンピック・パラリンピックでのサッカーに出場した日本代表3チーム(U-24日本代表、なでしこジャパン、ブラインドサッカー男子日本代表)の同一ユニフォーム着用への取り組みについて伺えますでしょうか。
山本:もともと各障がい者サッカーの日本代表選手から「<SAMURAI BLUE>や<なでしこジャパン>と同じユニフォームを着用したい」という声はずっと上がっていました。ですが、各障がい者サッカーはそれらの代表チームを組織するJFAとは組織が異なるため、当然ながら異なるユニフォームを着用していました。もちろん同一ユニフォームの着用は目指すゴールのひとつでしたが、前提としてサッカーファミリー全体が「障がい者サッカーも同じサッカーであることが当たり前」との意識改革が必要であると考えていました。そこで尽力したのは「教育を通じたインクルーシブな場づくり」と「組織づくり」です。
西村:障がい者サッカーを横断的に管轄する都道府県内の組織を、スポーツ庁と連携し、当初ほぼゼロだったところから31の都道府県での設立まで果たされました。
山本:「教育を通じたインクルーシブな場づくり」では、場づくりのキーマンとなるJFAの8万人を超えるサッカー有資格指導者たちに向けて、障がい者サッカーについて学んでもらうプログラムをJFAと一緒につくって提供開始しました。「組織づくり」では、一般のサッカーと障がい者サッカーが同じようにプレーできる環境を、いつでもどこでも実現できるよう、JFAの傘下にある47都道府県サッカー協会や、Jリーグクラブ、地域の障がい者サッカーチームに働きかけていきました。インクルーシブな場をつくるとともに、その活動が継続的に行われていく仕組みづくりを並行して地域から変革に取り組み、同じサッカーであることが当たり前になってこそ、同一ユニフォームの着用が実現された時に応援してもらえる存在になると考えました。
ただ、サッカー界は東京2020オリンピック・パラリンピックの前にビックイベントであるFIFAワールドカップロシア大会を控えていました。そのため、ワールドカップへ向けた機運醸成の期間は場づくりと組織づくりに専念し、大会以降東京2020オリンピック・パラリンピックに向け本格的に動いていきました。
西村:まず土壌づくりから始め、機運が高まってきた時に効率的に働きかけていく戦略的なアプローチをとったと。組織づくりを経て一気に全国で連携組織が増えたかと思いますが、どのように進めていったのでしょうか。
山本:全国には既に素晴らしい取り組みをしている団体や活動は多くありました。それらの情報を丁寧に拾いあげ、ナレッジを共有できる場をつくっていきました。そして、各地域に活動を推進していけるキーマンを見つけ、その方々を中心に連携しながら進めました。
また、地域を動かすにはトップダウンのメッセージがポイントになります。2014年、サッカー界では「誰もが、いつでも、どこでもサッカーを楽しめる環境をつくっていく」という主旨の「JFAグラスルーツ宣言」が行われていました。JIFFとしてもスポーツ庁と連携した上で事業を進めることで、スポーツ界全体としての方向性を開示して共有しながら進めていきました。
非営利ならではの組織運営
西村:次にポイントになったのが、日本ブラインドサッカー協会での事業型非営利組織の確立で、財源を確保し代表強化活動の環境や体制を大きく改善された点です。中でも資金調達に向けた取り組みについて、あらためてどのように動いていたのか教えてください。
山本:障がい者スポーツの競技団体のほとんどは、資金の9割を国からの助成金で、残り1割程度を寄付金で賄っています。日本ブラインドサッカー協会は、助成金以外に早くからパートナー企業からの収入によって活動していましたが、もうひとつの柱として、障がい者サッカーを活用した体験型研修を事業にし、企業に販売することで資金調達をしたのです。
具体的には視覚を閉じた状態でプレーする=見えない中でコミュニケーションを取る必要のあるブラインドサッカーを使った研修です。チームビルディングや組織の円滑なコミュニケーション、部門/職掌/職種を超えたチームワークの活性化をはかったりするなどの研修があります。
西村:非営利団体が事業化によって資金調達を行う、というのは今では広がりつつありますが、当時は例がほとんどなかった取り組みかと思います。苦労や何か意識した点はありましたか。
山本:非営利団体は人員が限られ、正規職員も少なくボランティア人材も多く関わる組織です。そのため、全体として資金調達の方向性の合意形成はできたとしても、実際のアクションの段階で、各自の負担が増えることで時に停滞してしまったりする点には苦労しました。仕事を任せる時は属人化しないよう、分解して部分的にお願いしたり、広く共有したりすることを意識しました。
また、非営利の組織はそれぞれが強い想いを持って団体の業務に関わっています。貢献意欲高く、「やりたくてやっている」からこそ、フィードバックには工夫が必要になります。そこで、選手との接点を積極的につくり直接感謝を伝えてもらったり、あるいは携わっていただいているものがメディアを通じて本人に届くよう広報活動にも注力し、モチベーションや良いサイクルを生み出せるように意識しましたね。
(後編に続く)