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Apple TV+『セヴェランス』ー「最新型ハイテク社畜」か「ワークライフバランス」か 海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#7

投稿日:2022/06/15

2022年リリース。絶賛されるSF企業ドラマ

現代社会において巨大企業の影響力は大きい。ときに、国よりも強い影響を人々に及ぼす。しかし、その意思決定プロセスやめざすところには秘密が多い。巨大企業は、技術や法律を使って情報開示を拒みながら、多くの社員を巧みに組織して莫大な利益をあげる。

「セヴェランス」は、現代巨大企業のありかたと、そこではたらく労働者を問う最新SFドラマである。2022年2月にAppleTV+オリジナルとして発表され、今年を代表する一作として批評家筋から高く評価[1]されている。

SFは、現実世界に存在している問題を暗にたとえて作られていることが多い。このドラマも現実とは異なる世界が設定されている。作品内で描かれているのは何のたとえなのか、受け手が想像力を主体的に働かせれば、何倍も楽しむことができる。

究極のスマートな働き方=ハイテク社畜?

基本設定を紹介しよう。主人公のマークはバイオテクノロジー巨大企業、ルーモンインダストリー社のマクロデータ改良部ではたらいている。この部署で働く社員はみな、脳に手術を受け、会社人格(作中では「インニー」という)と家庭人格(「アウティ」)を完全に分離し、自身のなかで、公私の記憶を相互に参照できない状態になっている。タイトルのセヴェランスは、「分離」「切断」を意味している。

これは、会社からすると、機密保持と生産性を高めるための処置だ。一方、主人公は、会社は会社、家庭は家庭とそれぞれに最適化された人生を送ることを望んだ。これは究極にスマートなワークライフバランスの最新型なのか、それとも最新型の「社畜」なのか。ある事件から始まる主人公の葛藤がストーリーの推進力となっている。

現代巨大企業の闇をパロディする設定

大企業(あるいは、大きな官僚制組織)の特徴の一つは、効率を高めるための高度な分業だ。役割は部署ごとに細分化されている。労働者は、全体の中での自分の仕事の意味や位置づけを理解することが難しい

また、社内には徹底して合理的な仕組みが導入される。全てが標準化、マニュアル化され、管理される。社員の個性を尊重する、と言いつつ、その個性も実は会社が管理する。さらに現代の特徴はこれらの管理に先端的なテクノロジーがフル活用されることだ。

この作品は、こうした現代の巨大企業の特徴を極端に誇張して、それをクールな映像として表現している。主人公マークの勤務する部署、マクロデータ改良部の仕事の内容の意味は視聴者には説明されない。それどころか、働いている当事者もよく分かっていないようだ。ルーモンインダストリーの社内は、外の世界と隔離され、オシャレなのだが、細部まで徹底して人工的な雰囲気の絶妙なテイストだ。上司は、表面上はなごやかな雰囲気をまといつつ、部下の業務遂行にはマニュアル通りを要求し、逸脱は許さない。社員の行動は全て監視されている。

ドラマの中ではこれらの理由が説明されず、ただ単にそういうもの、として話が進んでいく。ビジュアルや撮影は素晴らしい一方、これらの描写がかなりしつこく、何より説明が少なく意味が分からないので、一見、退屈に感じられる。

セヴェランス

(出典:Apple TV+)

しかし「作り手は描写を通じて、現実に存在する巨大企業のあり方を批評しているのだ」という目線でドラマを能動的に「読む」と緻密な作り込みに驚かされる。

他にも、無意味なコンプライアンスルール、茶番劇めいた成績優秀者表彰、など「今の大企業、こうなっていませんか?」という静かな問題提起が散りばめられている。笑えつつも背筋が寒くなるブラックコメディのあじわいだ。

筆者自身、このドラマで描かれる企業内部の様子と、日本の大企業の、特に本社の社屋内で感じる雰囲気との間に、かなりの類似を感じた。大企業の本質は、国を超えて似通ってくるのだろう。

この作品が、超巨大テック企業の代表格であるApple社のオリジナル作品として発表されていること自体が大いなる皮肉だ。ちなみに、ルーモン本社の印象的な無機的オフィスは、ニュージャージー州の旧ベル研究所[2]の建物で撮影されている。テック大企業を批評する意図は明白だ。

ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)への問題提起

本作の背景にあると思われる概念も紹介しておこう。2010年代半ばから欧米で議論されてきた「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」という概念だ。

暫定的定義=ブルシット・ジョブとは被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある雇用の形態である。

 デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店(2020)P.19より引用

文化人類学者デヴィッド・グレーバーが2013年に発表したブルシット・ジョブについての小論は大きなセンセーションを巻き起こした。グレーバーは、こうした仕事に従事する人たちが、やりがいや尊厳を感じられず、心をすり減らしていることを問題視した。

この問題提起は多くの反響をよび「自分もブルシット・ジョブに従事している。心がおかしくなりそうだ」という声が著者に殺到したそうだ。

同氏の書籍は2018年、邦訳は2020年に出版されている。2018年ごろから動き出したと思われる「セヴェランス」の製作アイデアとグレーバーの概念の関係は直接は示されていない。製作者達も直接、ブルシット・ジョブに言及しているわけではない。

しかし、主人公マーク達が従事しているマクロデータ改良部の仕事は、「ブルシット・ジョブ」の定義に見事に当てはまる。何をしているのか本人達も分かってないが、給与はそれなりにもらえているようだ。PCの端末に向き合って数字をいじっているが、単調にみえる作業である。

彼らはときおり、自らの仕事が最終的な価値として何につながっているのかを考える。しかし、結局は深く考えないようにしてはたらき続けている。普通であれば、心を病んでしまうような仕事であるものの、主人公達は手術を受けているので疑問をもたずに作業に集中できるのだ。

技術に管理された社畜=私たち?の物語

 作中、ある事件をきっかけに、最新技術にコントロールされたスマートな「社畜」であったはずの彼らは、自我に目覚めていく。シーズン前半は、あまり話が動かず、退屈に感じられる場面も多い。しかし、シーズン終盤はストーリーが躍動する。最後の2話には息を飲む。

現代企業で働く私たちも、手術こそ受けていないものの、少なからず「技術にコントロールされた社畜」ではないだろうか。

今している仕事が何に繋がっているのかあなたは理解できているか、人間的な心を持って日々はたらけているか、このドラマは問いかけている。

<参考>
[1] 著名批評サイトRotten Tomato において2022年の新作ドラマのなかでトップクラスの評点を得ている。https://www.rottentomatoes.com/tv/severance/s01
[2] アメリカを代表する情報通信産業の基礎研究所として有名

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