相手の本音を聴くには、コミュニケーション環境を耕すー篠田真貴子氏インタビュー後編

ベストセラー『LISTEN』の監訳者篠田真貴子氏へのインタビュー後編。なぜ本書が日本で読まれるのか、なぜ我々は聴けないのかを聞いた前編に続き、今回は日本とアメリカの違い、相手に話してもらうためにはどうしたらいいのかを聞いた。(聴き手=太田昂志 )全2回、前編(後編はこちら)

日本特有のLISTEN

太田:『LISTEN』は、米ジャーナリストのケイト・マーフィさんが書かれた書籍ですが、内容は日本にそのまま通じます。もし「聴く」にまつわることで日本独特なものがあるとすると、それは何でしょうか。

篠田:日本独特とまで言えるか分からないですが、少なくともアメリカと違うだろうなと思うのは2つぐらいありますね。1つは、これは学術研究でもう分かっていることですけれど、韓国と日本は30数カ国のなかで一番ヒエラルキー意識が強い。

いっぽう、聴くことは、自分と相手がほぼフラットであるということをシグナリングする態度なんですね。ですの     で、「上司たるもの、部下の話を聴くなんて間違っている」という意識に、     日本企業のほうが傾きやすいだろうなということは感じますね。

私自身も経験があるんですけれど、「聴こう」と思ってメンバーに自由に話してもらうと、様々な要望も出てくる。でも、全員の要望は現実的には通せないですよね。しかし、上司たるものメンバーの要望に応えなければ失望させてしまうと思い込んでいたために     、     どうするかというと「聴かない方が安全」となる。聴くのが大事だと頭では分かっていても、そこでブレーキがかかりやすいんじゃないかなと思います。

これとちょっと似て非なる面として2つ目があるのですが、「話す」「聴く」でコミュニケーションが成立する場面で「なんか通じていないな」というときに、傾向として、アメリカだと「話し手の話し方が悪いんだ」という合意が形成されやすい。

一方、日本だと「聞き手の理解力が追い付かないのが悪いんだ」という合意が形成されやすい。この本を日本で割と気にかけてくださる方が多い理由として、“聴き手責任”があるから、心情的に「自分がもっとよく聴けたらいいのかな」と思いやすいのかもしれません。

太田:なるほど。それはおもしろいですね。

『LISTEN』、篠田真貴子

篠田:アメリカは日本よりはるかに「話す」ことを重視し「聴く」ことを軽視します。だから、逆にアメリカで『LISTEN』が出版されたのもすごいことだと思っています。

本の中で「政治的な見解が違う者同士のコミュニケーションをどうしたらいいのか」というテーマに紙幅を割いてますが、今のアメリカで、多くの人が日常的な現実問題として感じている課題みたいですね。

ちょうど先週(2021/11/25)サンクスギビングデーでしたけれど、アメリカでは日本のお正月みたいな感じで、実家に帰ってお祝いする。でも自分は民主党支持だけど、親は相変わらずトランプ氏を応援していて一緒にいるのも辛いという悩みを抱える人が、普通にいる。最近でいくと「コロナのワクチン接種がいいのか悪いのか」みたいな論点が、日本ではなかなか起きないぐらい、ものすごい分断を生んでしまっていて、「そこの橋渡しをどうしたらいいのか」という問題意識もあって     この本が出版されたように思います。

 今の日本では、そこまで日常に分断が入り込んでいる状況ではないなという感じはしますね。

インクルージョンのための聴く力

太田:今後は、日本でも起こるかもしれませんね。ダイバーシティ&インクルージョンで多様性を重視する動きがあります。その流れの中で、分断は起きやすくなるというのは、さっきのお話を聴いて感じました。だからこそアメリカは、「聴く」とか「話す」といった唯一つながるツールとしてのコミュニケーションを重要視するんでしょうけれど、日本は「大事だ」って言うわりに、そこまで、まだ、みんな大事だと思っていない節があるように思うんです。

篠田:そうですね(笑)

太田:だからこれから、こういう聴くスキルは、非常に重要度が増してくるかもしれませんよね。

篠田:おっしゃるとおりだと思います。特にインクルージョンのところですよね。ダイバーシティは数の話なので「女性管理職30%」など、数をそろえればダイバーシティになる。

でも、それじゃインクルージョンにならない。インクルージョンは、お互いの価値観が違うかもしれないという前提をもちつつも、コミュニケーションをとることからしか始まらないので、実現しようと思ったら、聴くスキル抜きには絶対無理なんですよね。

たとえば、従来の社会通念では女性であり管理職であることが、相反する2つの役割を同時に行うと受け取られやすい。その影響はいまもあって、女性管理職は葛藤に陥りやすい構造があります。その心情を周りがちゃんと聴くことなしに「いいから管理職になれ」といっても、女性管理職は増えないと思うんです。

太田:ちゃんと一体になってやっていくということが、経営上も今後重要になってくるでしょうね。

篠田:そうだと思います。特に数的にマイノリティとされる側が、自分の感じている違和感を「これは違和感である」と気がついて、それを表明するのは、結構難しい     道のりなんですよね。誰しも人間は群れで平穏に生きていたい     動物ですから、自分がちょっと感じた違和感とかも、半ばなかったことにして、周りに合わせるのが普通の態度ですよね。

だから、「その違和感を違和感として持っていいのだ」ということを、まず、周りから背中を押してもらわないと、違和感を感じていいのかすら分からないわけですよ。ましてや、 少数派が「ちょっと待ってください」と言って、その違和感を多数派に分かるように説明しなくてはならない。ここまでを「頑張って違和感を表明するようになってください」というのが今のインクルージョンの姿で、すごくマイノリティ側に負荷をかけていると思っています。

太田:そこですごく聴いてみたいのは、違和感を表明してもらう、人に話してもらうために何ができるのでしょうか。

篠田:『LISTEN』に書かれている、CIAの捜査官がアルカイダに関与している人物を尋問する例を紹介しましょう。容疑者に機密情報を話してほしい、という状況です。

でも、この捜査官はいきなりは本題に入らない。捕まった方も全然そんな話はしなくて、アメリカの自由民権運動における黒人の立ち位置みたいな話を延々とする。それに対しCIAの捜査官は、何日もただただ聴くんです。そして最後に「いろいろあると思うけれど、あいつらより自分に話したいと思いませんか」と言ったら、そこで心のガードが解けて、いろいろ情報をしゃべったというエピソードが出ているんですよね。

そこから示唆されるのは、まず、「話させる」というマインドでは無理だということ。聴き手のタイミングと都合で、「この30分でこれを言わせよう」なんて本質的には無理である、と。

まあ、何か言うかもしれませんけど、それは、聴き手が聴きたいことを言っているだけで、話し手が本当に思っていることではないということを、まず、ちゃんと理解しないといけない。

『LISTEN』でも「我慢が大事」という章がありましたけれど、忍耐力でもってひたすら聴く。聴くという行為は、「あなたに関心がある。あなたのことを人としてすごく大切だと思っています」ということを、伝えることでもあるので、それを続けると、タイミングが合えば話してくれるかもしれない、という程度の期待値でいるのがいいのかもしれません。

太田:なるほど。期待しない、相手をコントロールしないという姿勢が大事なんですかね。

『LISTEN』

篠田:こういう話をすると、「それじゃ仕事が進まないじゃないですか」と言われるんですが、そりゃそうですよ。聴き方の使い分けをしましょう、という前提です。その使い分けのレパートリーとして、あんまり多くの人は持っていないけれど、持ったほうがいいというのが「期待しない、コントロールしない」聴き方、ということです。

話の流れをコントロールすべき時はあります。でも、そこで出てくる話は基本コントロール側の想定内。想定外のことは「それは今のアジェンダではない」と切っちゃうから、想定内のことしか出てこないんですよね。

でも、相手に話してほしいときには、想定外のことを聞きたいわけですよ。「その人の本心や全く違う角度の考えを自分は聴きたいのだ」ということをまず自身で確認をして、そのうえで、コミュニケーション環境を耕し続けるしかないんじゃないでしょうか。

コミュニケーション環境を耕す

太田:その「コミュニケーション環境」とは何でしょうか。

篠田:たとえば私を主語にすれば、私が直接話す、聴く、経験するものと、自分は関わっていないけれど、周りが話したり、聴いたり、経験するものがありますよね。たとえば職場でいつも声を荒げて怒っている一帯みたいなのがあると、もう、嫌じゃないですか。

もう一つの軸で、起きたことと、起きていないことがあります。職場でいつも怒っている人がいるというのは「起きた」こと。でも、「起きてほしいのに起きていない」コミュニケーションも大事です。

『LISTEN』には、「一番孤独を感じるのは、嬉しいことがあったときに、それを聴いてもらえないこと」とあります。私たちには、起きてほしいコミュニケーションというものがあって、それが起きなかったときのガッカリ感はすごいんですよ。

「自分が関わる/(自分は直接関わっていないけれど)周り関わっている」というのと、「起きた/起きていないけれど希望していた」という、このマトリクスの総体がコミュニケーション環境だと私は思っています。

たとえば「この人に話してほしい」と思ったら、その人との間にあるこの環境を可能な範囲で、なんていうんですかね、整えておく、としか言いようがないですよね。

太田:本来、双方に起きてほしいセグメントをどんどん広げていくっていうことが結構大事だということですよね。

篠田:そうです、そうです。

太田:そのベースには、心理的安全性やお互いに「聴く」という心持ちも大事だし、今日の話のなかだと、相手の背景や思いにも、常に思いをはせることが大事でしょうし。このあたりが整ってこないと、コミュニケーションがちゃんとされないということですよね。

篠田:多分されないんだと思いますね。

太田:わかりました。あっという間に時間がきてしまいました、本日はどうもありがとうございました。

LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
著者:ケイト・マーフィ 監訳:篠田真貴子 翻訳:松丸さとみ 発行日:2021年8月5日 価格:2,420円 発行元:日経BP

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