分断されたアメリカで格闘する頑固親父とルッキズム「コブラ会」―海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#3

「分断された社会」が前提の21世紀

「社会の分断」についてのまなざしを持つこと――特に、英米の指導層はビジネス界も含めてこの事について関心が高いと思われます。一方、日本ではまだそれほどでも無いようです。この関心度の差は、それぞれの社会の実際の格差の程度を反映[1]しているのでしょう。

堅苦しくスタートしてしまいましたが、今回紹介したいのは、この「社会の分断」を背景にしつつ、昭和の週刊少年ジャンプ世代[2]から10代までが熱狂できる、最高に熱い空手コメディ快作「コブラ会」(Netflixで配信中/シーズン1・2はYoutubeでも視聴可)です。

TVシリーズ「コブラ会」のなりたち

コブラ会は、1984年の映画「ベスト・キッド」の続編として2018年からシリーズが開始されています。

まずは出発点となった映画「ベスト・キッド」の紹介をしましょう。主人公は、LAの高校のいじめられっ子・ダニエルです。ダニエルは、日本人の師匠から沖縄空手を習うことより、最終的には、いじめっ子で空手サークル「コブラ会」の主将であるジョニーに勝利する。こんな話です。映画は大ヒットし、続編やリメイク作品も作られました。

今回の主題であるコブラ会は、その34年後、50代の中高年になったダニエルとジョニーが宿命のライバルとして再び対決する、というドラマです。どちらの役もオリジナルの役者がそのまま起用され、そのリアリティの高さから昔からのファンにも熱狂的に迎えられました。

キャラクター造形に隠された現代社会

さて、2018年になった、コブラ会の物語時点におけるダニエルとジョニーの状況を簡単に紹介しておきましょう。

ダニエル(イタリア系のルーツを持つ設定)は、高校時代は母と二人でLAでの暮らしに苦労しました。しかし、のちに、自動車販売業で成功。ビジネスオーナーに成り上がっており、豪邸で家族と暮らす日々です。子どもたちに対して物分かりよく接し、穏やかで進歩的な価値観を持っています。

一方で、ジョニーは白人で高校時代は裕福に見えたものの、今は、便利屋稼業。家族は離散し、一人暮らしでアルコール依存気味。移民には悪態をつき、男らしさ、強さを信じています。若造の口答えは聞きたくない。口癖は「Quiet!(黙れ!)」いわゆるパワハラ親父です。生活は崖っぷちです。

単純化したキャラクター作りにみえて、よく考えられた設定です。勝ち組であるダニエルは、仕事、富、家庭など全てを手に入れ、進歩的な価値観を持っている。一方で、負け組に転落したジョニーは、全てにおいて苦境に立たされている。少し極端に描いていますが、2010年代後半の社会状況を映しています。

また、ドラマ内では明示的にはまったく触れられていませんが、この対比は、アメリカの民主党支持層と共和党支持層のある部分を戯画化していると考えられます。本作の企画は古くからあったようですが、トランプ大統領時代に制作がスタートしています。作り手達が価値観と所得で分断された社会を舞台事情として意識しているのは明白です。こういった背景への目線を少し持っておくことが、楽しみと学習を並行させるコツです。

分断を単純な善悪では論じないコブラ会

アメリカのエンターテイメント産業は進歩的な側と強く結びついています。2010年代を通じてその傾向はさらに顕著になりました。ともすると「”進んだ側”からの正論」と受け取れなくもない作品が多く作られている状況です。

そうした中にあって、この作品は、変わらぬ頑固親父、ジョニーの側の目線に立ってその奮闘を描いています。一方で、ダニエルの側を間違った悪役として描いているわけでもありません。キャラクター造形はシンプル、そして描き方はコメディ漫画的な一方で、二人の絡ませ方は複雑で繊細です。私がこのドラマを愛する理由です。

ルッキズムをめぐる理想と現実の現在地

読者の皆さんにとって、オリジナル映画「ベスト・キッド」の作られた1984年はどのように感じられる昔でしょうか?生まれる前の方もいれば、学生だった、という方もいることでしょう。個人も社会も価値観も、30年もあれば大きく変わります。このドラマは意識的にその変化を描きながら、エンターテイメントに昇華しています。

時代とともに変わった価値観は多くありますが、今回はその一つ「ルッキズム」について取り上げます。

ルッキズムとは、容姿(見た目)で人を差別的に扱うこと、を意味します。これは大昔から、さまざまな形で社会に存在してきました。そもそもアメリカ、エンターテイメント界は長く、ルッキズムを強く実践してきたとも言われています。これを「正しくないこと」として克服していこう、とする動きが、欧米では最近とみに強まっています。

コブラ会の中でもルッキズムは大きなポイントになっています。興味深いのは、ドラマにおける高校(2018年の時点でのカリフォルニア)では、「容貌差別はいけない」という考え方が、すでに圧倒的な前提として浸透しているものとして描かれていることです。日本とはかなり違う前提状況自体が印象的です。しかし、アメリカでも、現実は綺麗事ではないようです。

劇中、ジョニーが開いたカラテ道場(コブラ会)には、太っている、顔に傷がある、などの理由で学校でいじめられている学生達が集まってきます。この学生達は、ルッキズムはいけない、という教えを学校で受け、それを信じています。そんな彼・彼女らに、ジョニーはストレートに言い放ちます。「世の中、学校で教えられている通りになるか?心も体も強くなけりゃ生きていけないんだ」。格差社会の下層で苦闘するジョニーの発言だけに、説得力があります。理想(建前)を重視する進歩派に対する、人間の本性を重んじる保守からのひとこと、とも言えるでしょう。

ルッキズムは、エンターテイメント・広告・ファッション・メディアなどの分野では特に意識したい概念です。しかし、本件と関係のない職場はないとも言えます。昔は許されたかもしれない「○○さん、今日は一段とかわいいね」といった容姿に関する発言が徐々に社会通念的にNGになってきています。ポジティブにもネガティブにも容貌を「いじらない」のがポイントです。

最近では、私が教えるグロービス経営大学院の「人材マネジメント」のクラスの会話で「ルッキズム」という言葉がチラホラ聞こえるようになりました。欧米から数年遅れる形ではありますが、日本のビジネスパーソンにも徐々に浸透してきていることがわかります。

頑固親父は時代とどう折り合っていくか?

このドラマは完結しておらず現在進行形です。30数年の間に大きく変化した社会の価値観と格闘するジョニーの心は、話が進む中で徐々に変化を見せています。このあと、彼の変化を製作者たちはどのように描いていくのか?時代に併せた人間へと変化させていくのか?自らの信念のどこを残し、どこを変えるように描いていくのか?2020年代のベテラン層へのヒントを見せてくれるのではないかと期待しています。

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映画「ベスト・キッド」

コブラ会を見る前にこの映画を見ておけば、コブラ会を3倍くらい楽しむことができます。1980年代前半は、いじめもパワハラもかなりやりたい放題だったのだなぁ、と歴史的資料としても面白いものです。なお、この映画を見ないでコブラ会に突入しても特に問題ありません。

<参考>
[1] 先進国における所得格差については、次の資料に詳しいです。
 「日本の所得格差の動向と政策対応の在り方について』独立行政法人経済産業研究所(RIETI)上席研究員井上誠一郎
[2] お笑い芸人の伊集院光氏(1967年生)が、ラジオで「あまりに面白くて一気に全エピソードを見た」と語っていました。

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